MIN-IRENトピックス

2017年2月28日

けんこう教室 健康で働くために

高知医療生協 産業医 岡田崇顧

高知医療生協 産業医
岡田崇顧

 「産業医」という制度を知っていますか。産業医とは、事業所で労働者の健康管理などのサポートをする医師のことです。労働安全衛生法により、従業員が50人以上の事業所では必ず産業医を選任します。
 私は普段、高知医療生協で主に産業医として働いています。担当している事業所は建設業や通信業、小売業、医療業、運送業など多岐にわたり、多い時には月に10事業所以上に出向いて、職場環境のチェックや過重労働になっている労働者と面談をしています。
 今回は労働者をサポートする産業医として、健康で働くために知っておいてほしいことをお話しします。

法律で定められている労働時間

 労働者の健康を考えるうえで、労働時間は大きなポイントです。政府は1月下旬、「働き方改革」と称して残業時間(時間外・休日労働)の上限を月平均60時間、年間720時間とする方向で検討を始めました。
 一般的に、月の残業時間が45時間を超えると、脳卒中や心疾患などさまざまな病気のリスクも増えます。これは睡眠時間との関係が大きいでしょう。残業時間が増えて睡眠時間が削られることで、高血圧などさまざまな病気を引き起こし、脳梗塞や心筋梗塞など命に関わる病気にもつながります。睡眠時間が6時間未満の状態が続くと脳・心疾患のリスクは2倍以上となり、4~5時間では心臓の機能が著しく低下すると言われています。
 労働基準法32条は、使用者に対し「1週間に40時間を超えて労働させてはならない」「1日について8時間を超えて労働させてはならない」と定めています。ただ、同法36条に基づいて労使が協定「36協定」を結ぶと、法律上の上限を超えた残業が認められています(資料1)。
 労働省(現厚生労働省)は1998年、「残業時間の限度に関する告示」(資料2)により、「月45時間以内」「年間360時間以内」と残業時間の上限を定めました。先ほど述べたように、月の残業時間が45時間を超えるとさまざまな病気のリスクが増えるからです。
 過労死を生む長時間労働、いわゆる「過労死ライン」は、労災認定基準として残業時間が「1カ月100時間」「2~6カ月間の月平均80時間」とされています。
 現在、政府の検討している月平均60時間、年720時間は「残業時間の限度に関する告示」を大きく上回るものです。繁忙期は「月100時間」「2カ月平均で80時間」の残業を認めるとしており、これは過労死ラインギリギリの内容です。

睡眠不足による病気のリスク

 1カ月の残業が100時間を越えた労働者が申し出た場合、法律で産業医が面談を行うことが義務づけられています。私が担当している事業所でも長時間残業が常態化し、毎月面談を行うことも少なくありません。残業100時間は、稼働日を20日と考えると1日5時間残業をしていることになります。
 1日8時間を基本労働時間として、昼休みが1時間、通勤や食事、風呂、余暇など労働以外の生活に必要な時間を5時間として計算すると、残りは10時間です。そのうち5時間残業をすると睡眠時間は5時間を切り、健康に著しく影響が出るラインを超えます(資料3)。産業医が面談をするのは、本当にギリギリな状況の中で働いている方々なのです。
 また、心の問題は一概に時間で計ることはできません。元気な人が月に20時間ほど残業をしても大きなストレスになることはないかもしれませんが、大きな悩みを抱えていたり、メンタルヘルスの病気がある人であれば20時間の残業でもかなり辛いと感じます。

過重労働に陥る2つのパターン

 産業医をしていて感じるのは、業種や職種によってまったく残業が無いか、すごく多いかがはっきり分かれるということです。工場などは1日8時間でラインを止めれば、仕事もそこで終わりにすることができます。ところが、お客さんを相手にしているサービス業や営業職などは、お客さんに合わせて8時間の仕事をして、その前後に社内で仕事をするため残業をしなければ仕事は終わりません。
 そもそも過重労働はなぜ起きてしまうのでしょうか。面談でよく聞く過重労働のパターンには2種類あります。1つは「納期が決まっている場合」、もう1つは「今まであったものがなくなってしまった場合」です。
 「納期が決まっている場合」は、さまざまな業種におよびます。納期に間に合わせるために期限が近づくと残業が増える、というのは想像しやすいでしょう。
 良いものを作るためには、それも仕方のないことかとは思いますが、今の日本で問題なのは、1つの納期が終わったらまたすぐに次の納期がやってくることです。1人の労働者が抱えきれないくらいの仕事をしている現状は変えなければいけません。
 もう1つの「今まであったものがなくなってしまった場合」というのは、お店や人を想像してみてください。例えば、元々複数人で働いていた職場で誰かが辞めると、過重労働に陥りやすくなります。辞めた人の分の仕事を残った人でしなければならなくなり、労働量が増えてしまうからです。
 あるケースを紹介します。高知のとある町ではスーパーが2つありましたが、1つが閉店してしまいます。閉店したスーパーで買い物をしていた人たちは、もう1つのスーパーに行かざるを得なくなりました。残ったスーパーはお客さんも売り上げも増えますが、来客のピークを迎える夕方には今までの倍の量の魚や肉を用意しなければいけません。結果として、従業員の仕事量が増えて残業もかなり増えてしまいました。
 こうなった時、すぐに新しい人を採用して増員できればいいのですが、そうはいかない場合も多くあります。「急いで人手が欲しいから」と、同じ業務内容で新しい人だけ高い給料で雇うことはできませんし、全員の給料を上げることも経営的に難しいとなると、「人手は増えないし過重労働は減らない」という悪循環に陥ってしまいます。

夜勤がある職場も要注意

 他にも、夜勤がある仕事は過重労働が常に問題になります。私も医師として病院の当直をしますが、その時は24時間働くことになります。比較的忙しくなければ休憩や仮眠を取ることも可能ですが、救急車や患者がひっきりなしに来る時はそれも難しく、1日に16時間の残業をしているような状態になります。
 人間は朝起きて暗くなったら眠るというのが基本的なサイクルで、これが崩れる夜間の勤務は非常に不健康です。夜勤をしていると、女性は乳がん、男性は前立腺がんのリスクが高まるという報告もあります。病院など夜勤が必要な職場でも、夜勤をした後はしっかり休むことが大切です。

「危ないな」と思ったら

 私が事業所で面談をしていて「危ないな」と思う人には、すぐに分かる特徴があります。それは表情が暗く、会話のテンポが遅いことです。話しかけても頭が回っていないので、返答のスピードが遅くなるのです。
 このような方はドクターストップをかけて仕事を休ませます。もし周囲にそのような状態の人がいたら、声を掛けてあげてください。従業員が50人以上の事業所であれば産業医に、50人未満の事業所であれば各都道府県にある「産業保健総合支援センター」に相談しましょう。
 会社によっては独自に相談窓口を設けている場合もあるでしょう。ここで気を付けたいのは、本人が相談がしやすい人を相談先に選定しなければいけないということです。「心の相談があれば○○部長へ」と決めていても、相談しにくい場合もあるでしょう。相談窓口は複数設置し、使用者側にも労働者側にも設け、産業医などの産業保健スタッフも配置することが大切です。
 相談窓口の開設を使用者側に申し出るには、労働組合が有効です。残念ながら、私が企業の安全衛生委員会に出てさまざまな事業所を見ていると、労働者の意見をまとめなかったり、使用者の言いなりになっている労働組合もあるようです。使用者と労働者双方が問題意識を持って話し合う形が健全です。

外からの目が重要に

 過重労働をしている人は、手一杯になっていて自力で解決することが難しい場合がほとんどです。だからこそ、外からの目が必要で、解決のために手助けすることが大切です。
 日本人はずっと仕事をしているので、もう少し休みと仕事にメリハリをつけてもいいのではないかと感じます。有給休暇は申請があった時だけ取得させるのではなく、月に1回は必ず取得させるなどの計画的な取得を進めましょう。職場で倒れそうになるほど働いている人がいたら、配置転換も必要でしょう。
 こうした過重労働を規制するため、「インターバル規制」を設けてはどうかという議論もあります。終業から始業までの間に一定の時間を設ける制度です。この制度を導入しているEU(欧州連合)では、原則24時間につき連続して11時間の休息期間を設けることが義務付けられています。
 納期が迫っている場合など、業種によってはこの規制の導入が難しいかもしれません。そのような場合は今より厳格に労働時間の上限規制をすることが必要です。繰り返しになりますが、忙しい時期が終わったら休暇を取りましょう。もちろん、休んだり仕事が変わっても、その人の立場や生活が保障されることが大前提です。
 また、自分で自分の身を守るためには、労働者側が権利意識を持つことも重要です。現状では労働基準法や36協定をきちんと理解して社会に出ている人は少ないと思います。高校や大学を卒業して働き出す前のタイミングで、学ぶ機会を設ける必要があるのではないでしょうか。

尊厳を保てる就労環境を

 「やりがい搾取」と言われる働き方も近年話題になっています。「やりたいことを仕事にできているのだから、給料が低くても、長時間働いてもいいじゃないか」との論理です。たしかにやりがいのある仕事はのめり込みやすく長時間労働にもなりやすいのですが、身体が壊れるまで働いては意味がありません。
 例えば、アニメの制作現場は「○日に放送があるから、○日までに完成しなければいけない」と、納期に追われて過重労働に陥りやすいパターンに当てはまります。
 テレビアニメはだいたい1つの作品を1クール3カ月間放送します。この1クールは、良い作品を作るために過重労働になってしまってもしかたのない部分もあるかと思います。しかし、1クールやったら次のクールは休みにするか、納期に追われない仕事をするといった働き方が必要です。
 私が考える理想の働き方はILO(国際労働機関)が提唱している「ディーセント・ワーク」です。日本語では「働きがいのある人間らしい仕事」と訳されます。全ての人が収入を得るのに十分な仕事があることを基本として、その仕事は権利、社会保障、社会対話が確保されていて、自由と平等が保障され、働く人々の生活が安定している――すなわち、人間としての尊厳を保てる生産的な仕事であることを意味しています。
 全ての人が安定した生活の中で、健康に就労できる社会になることが理想的でしょう。

いつでも元気 2017.3 No.305

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