MIN-IRENトピックス
2017年4月18日
社会と健康 その関係に目をこらす(11) どう動くか 「手遅れ死亡調査」自治体に示し国保短期証、留め置き件数とも大幅削減を実現 ―長野医療生協
昨年度から連載中の「社会と健康の関係」を考える月一回シリーズは今年度も続けます。昨年は人々の健康に貧困や地域の社会資源、環境などの社会的要素がどう影響しているかに主眼を置きました。こんごは健康を守るためにどう動くか、実践を中心に見ていきます。今回は、経済的困難や医療制度の不備が招いた「手遅れ死亡」事例を手に自治体に働きかけ、国民健康保険の運用を改善させた長野医療生協(長野市)の経験を聞きました。(木下直子記者)
全日本民医連は、正規の保険証がなかったり、お金がないため体調が悪くても受診できなかったり、治療中断して死亡した事例について、全国の事業所に報告を呼びかけ、毎年発表しています。日本で貧困と格差が大きく社会問題化し始めた二〇〇五年から開始。一病院二診療所を運営している長野医療生協も、全日本民医連の呼びかけに応えた法人でした。
「うちの事例が多すぎる!」
二〇〇八年一年間の手遅れ死亡事例を全日本民医連が発表した二〇〇九年三月のことです。全国で三一人にのぼったと報告されましたが、そのうち三人が長野中央病院の患者さんでした。
「調査結果は衝撃でした。『うちの事例が多すぎる』と話になって…」と、当時の法人企画教育部長・新津みさ子さん。四〇代前半~六〇歳、いずれも初診から死亡まで数カ月から一年足らず。体調不良や痛みに長期間耐え、来院した時には積極治療ができない重症でした。
しかも三人とも国民健康保険の「短期保険証」でした。手遅れ死亡事例調査では当初、国保の短期証や資格書※の患者に注目していました。
この結果に、新津さんたちは患者さんの保険証の実態をあらためてつかみ直すことに。窓口で保険証を扱う医事課が保険証の情報を集め、院内の職責者会議や社保委員会(社会保障問題にとりくむ委員会)での報告もていねいに行うように。医事課の作業は「短期証」の印がついた保険証を見つけ次第コピーして所定の場所に保管する、というシンプルなものにしました。
当時、長野中央病院の事務次長で中心的にとりくんだ竹内恵子さんは「短期証の患者さんを追跡してみると亡くなっていたと分かったり…。〇七年から病院で再開した『気になる患者訪問』ともリンクして、困難な事例を見ようという意識が職場で高まりました」と、振り返ります。
※国民健康保険では、保険料滞納の制裁として、正規保険証を取りあげ、有効期限が数日~数カ月間の「短期保険証=短期証」や、患者が窓口で医療費全額を負担し、後日還付される(事実上の無保険状態)「資格証明書=資格書」が発行できるルールを導入、受診抑制を強めている
「死者」と聞き、市の顔色が…
法人では毎年、地域の高齢者運動連絡会や地区社保協とともに長野市との懇談を行い、地域の課題や医療介護の問題を要請してきました。国民健康保険も柱の一つ。同市で国保に加入しているのは五万数千世帯。資格書は毎年一~数件程度の発行でしたが、短期証は〇八年に一六〇〇件余、配達証明郵便で送付して届かず役所に「留め置き」状態になっていたものが四百数十件にものぼりました。
〇九年の懇談は、三人の死亡事例を手に、短期証の人は、国保料が払えないだけでなく、窓口負担すら捻出できないと指摘し、市民の命がかかっていると訴えました。「市には毎回、国保の改善を要望していましたが、『事例の一人は、短期証が発行されたその日に病院に来られた』と話すと、表情が変わりました」と、当時、社保協を担当していた法人地域活動部長の石川徹さん。その後、市議会でも、医療や福祉に熱心にとりくむ共産党の市議が質問を行いました。結果、二〇一〇年一二月議会で、市は同年、短期証の交付も「留め置き」も減らした、と報告(資料)。〇九年九月に一九三八件だった短期証発行件数は一〇年同月五九件に、留め置きも前年の二八六件から一〇件になりました。
「気に患訪問」を続けて、人権のアンテナの感度が高まった
長野市はこれまで、短期証の発行を「国保保険料を滞納している加入者の納付相談とセットで行っている」という考え方ですすめていました。それを二〇一〇年度から、滞納整理とは切り離すことに変えました。保険料の軽減世帯(生活が厳しいため)は短期証発行の対象から除外しました。以後、発行数は増えていません。病院でも医事課が短期証を拾いあげることはほとんどなくなっています。
「市にはそれまでも、正規保険証の取り上げが受診抑制につながると訴えてきましたが、手遅れ死亡事例報告を出したことで、命にかかわることだとやっと認識されたのだと思います」と石川さん。
患者の背景見よう
法人では、いまも気になる患者訪問を毎月続けています。また、「気になる患者」を日常活動の中で見つけ出す力をつけるために、三年目の制度教育に「一職場一事例」の報告を行うことを盛り込み、地域の反貧困活動に参加するなど課題を出しています。人手が少なく、日常活動で地域を歩く体制が組めない職場のことを意識しました。
「病院に来る患者さんは、身なりを整え、生活背景が見えにくい。ですが、私たちがおうちに行けば、たいへんな世帯が見つかります」と、前出の新津さん。「こうした活動は、やればやるほど人権のアンテナが磨かれる」。また竹内さんは「訪問して留守でも、郵便物がたまっていないか、洗濯物が干しっぱなしではないか、家の周りをまわって情報を取ってくるようになります。留守宅に置いてくる手紙も『家に電話がないかもしれない』と考えて、投函するだけで良い返信用封筒をつけることを思いついたりも…」。
石川さんは「職場レベルで人権を守るとりくみをすすめると、それが職場づくりになります。みんなでとりくみたい」と話しました。
(民医連新聞 第1642号 2017年4月17日)
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