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2017年5月2日

Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (3)見えない色

 呼び鈴を数回鳴らしたが、そのお屋敷から誰も出てこない。母のテニス友達は不在らしい。ナラの木ぞいの長いドライブウェイを友達とすすみ、バスケットボールのコートにたどり着く。
 太陽は厳しい。木陰はなく、白いコートがまるで熱い光で溢れるトレイのようだ。この日はいつもと違い、皆が最初のゲームからだるそうにたたかった。冗談を言ったり、シュートを外したのに笑ったりする友達もいて、真面目にやりたい僕はイライラしてしまった。
 3回目のゲームが始まった時だ。陰ったドライブウェイから知らない男がいきなり現れた。「何しているんだ」と大声が響いた。警察官だ。短髪で顔つきが険しい。コートまで来ると、まるで目で写真を撮っているかのように僕たち1人ひとりをゆっくり睨む。どうやら近所の誰かが警察署に電話したようだ。
 僕たちは明らかにバスケットをやっていたのだが、みんな立ちすくんで口をきかない。警察官は手を腰に当て、片方をホルスターにつけていた。僕の目が自然と拳銃に行く。脅迫しようとしているのだろうか?
 責任者は僕。ここは母の友達の家だし、僕が友達を呼んだ。「バスケをやっています」。やっと話す勇気が出た。「母の友達は―」
 「お前は後で」とさえぎる警察官。友達のラッシャンとホンドを指差して「お前とお前、身分証明書を出せ」と命令し、頭をこすった。ラッシャンは無言のまま自分のリュックサックの方へゆっくり歩きだす。警察官は彼のすぐそばにつき、2人でリュックサックを開け、ラッシャンの学生証を見つける。警察官が何かメモを取る。それからホンドに向かった。「お前は?」
 ホンドはゲーム中絶えず喋る。それも自画自賛と冗談ばかり。なのに下を向き、静かな声で礼儀正しく話している。警察官はまたメモを取る。終わると残りの6人にこう言った。「身分証があれば見せなさい。ゲームは終わりだ」。
 夕飯後、僕は家の裏庭に1人で座り、冷たいコーラを飲む。グラスの氷が溶けて味は薄い。日が沈んできてセミが歌い始めた。妙なことに風はない。穏やかな夕方。でもあの警察官のことが頭から離れない。彼は最初からラッシャンとホンドに過剰に注意を払っていた。ラッシャンは黒人、ホンドはインド系。帰り道に聞いてみると、2人ともああいう経験はたっぷりあるそうだ。この2人が初めてあのコートに来たその日に警察が呼ばれた。これは偶然じゃないだろう。「有色人種なら、警察が狙ってくるんだよ」とホンドはニコニコしながら説明した。
 僕がユダヤ人だと警察官は見ただけでは分からない。気づかれていれば、僕はどう扱われた? ラッシャンと同じ? しかし2人は僕と違い9割が白人のこの町では溶け込めない。僕みたいに自分がユダヤ人だと宣言する・しないの選択肢は彼らにはない。そして、警察は彼らを厳しく監視する。


文 ヘイムス・アーロン
 東京在住のユダヤ系アメリカ人。ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1643号 2017年5月1日)

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