いつでも元気

2004年8月1日

特集1 介護保険「見直し」現場の声を聞いて!軽度要介護者にヘルパーは不要?

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火曜日は外出の日。ヘルパーの川尾さんがくるのを楽しみにしている利用者さん

 「軽度要介護者を介護保険対象からはずす」「利用料を現行の一割から二、三割に引き上げる」「被保険者を二〇歳まで引き下げる」…介護保険の見直しとし て、厚労省や財務省などが出している論点です。介護保険は、施行時から五年後の抜本的制度見直しが予定されており、来年二月に見直し法案が国会にかけら れ、二〇〇六年四月から実施という予定です。

 しかし、厚労省や財務省などから出ているのは、財政困難を理由にした負担増・サービスカットの話ばかりです。

援助は自立を妨げる!?

 札幌市厚別区にあるヘルパーステーションかりぷ(アイヌ語で「人の輪」という意味)に、登録している五〇人ほどのヘルパーが集まりました。毎月二回行なっている研修会です。

 この日、ヘルパーたちがとりくんでいたのは利用者の食事調査です。自分たちが介護するお年寄りの食事について、五つのチームに分かれて細かく検討してい きます。「食に関わる行為調査」の表には、「買うものを決める」から始まって、食品管理、調理、後かたづけにいたるまで二四のチェック項目が並んでいま す。

 「介護保険の“見直し”では、調理の援助は自立を妨げ不要だから配食サービスなどに代えるという議論が出されています。でも、利用者のその日の気分・体 調や好みを無視した一律の味つけでいいんでしょうか」と語るのは、ヘルパーステーションかりぷ所長の笹原祐美さん。

 「ヘルパーが調理の援助に入るということは、その人の慣れ親しんだ食習慣や食文化を大切にし、体にあった季節感のある食事をとってもらうこと。食事を通 して生活動作を拡大し、意欲をもってもらうことを念頭に置いているんです」と。

 介護保険では「できない」ことが要介護度として評価されがちですが、ヘルパーの本当の目的は、利用者にわずかに残された「できる」能力をきちんととら え、できないことをできるように援助することだと、笹原さんはいいます。そのためにもヘルパーは、「ご飯の盛りつけだけならできる」「電子レンジのスイッ チは入れられる」といった、細かな日常動作にまで目配りしなければなりません。

 「ここでは全員が五つのチームに分かれ、よりよいケアがチームでできるよう、研修などの努力をしています」と。

 いま、半年ほどかけて、食事に関わる援助を中心に利用者の生活状況を一一〇項目にわたって調査し、ヘルパーの仕事の意義を確認して発表しようととりくんでいます。

利用者の意欲 引き出して

要介護認定者の推移(単位千人)
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 二〇〇〇年四月にスタートした介護保険。当初約二一八万人だった利用者は、昨年一二月末時点で三七六万人とほぼ七割増に。なかでも、要支援と要介護1の「軽度要介護者」がどちらも約二倍に増えています。介護事業所の在宅サービス利用も五~六割が「軽度要介護者」です。

 このような傾向を厚労省は「介護保険が国民に定着してきた証」としながら、このまま増えつづけたら介護財政が破たんしかねないといいだしました。軽度要 介護者は介護保険からはずし、給付制限する方向です。すでに、「要支援者の車いすや介護ベッドの貸与は、原則として介護保険の適用外」という「判断基準」 が出ています。

 けれども家事援助は、調理などの行為だけでは評価できない、「人格」に関わる意義をもっていると笹原さんはいいます。

 ことし三月に行なわれたヘルパーステーションかりぷの「第三回事例検討発表会」。ヘルパーが自分たちの介護を検討し、発表した報告のなかにこんなケースがありました。

 家事援助とデイサービスを利用しているAさん(70)は半身まひで、夫はアルコール依存症です。夫はAさんに団地の四階から酒を買いにいかせるのに、A さんがくしゃみをしただけでデイサービスに勝手に断りの電話をかけます。Aさんは夫に気兼ねし、なかなか自分の意思を出せませんでした。ところが、絵が好 きなことがわかってヘルパーが励ましたり外へ連れ出したりしているうちにしだいに意欲的になり、デイサービスに断りの電話を入れる夫に「私は行きたい」と 意思表明するまでになったのです。

 「本当の自立援助って、自分の思いを外に出せるようになることでもあると思うんです。でも、いまの介護保険ではこうしたことはまったく評価されません。 介護保険を見直すなら、むしろそういう面を評価するように見直してもらいたいんです」と笹原さん。

区内14事業所が連名で訪問介護の改善を要望

利用者からも不安の声が

 ことし一月八日、介護保険見直しの議論が新聞に掲載されました。前述したように「ヘルパーの過剰サービスが、自立を妨げている」というような内容です。驚いた笹原さんは、すぐに「札幌市厚別区ホームヘルパー連絡会」を通じて他の事業所に連絡しました。

 連絡会には業界一、二位の大手事業所も入っていますが、どの事業所長さんも「見直し案」には憤慨。「経営が成り立たなくなる」「利用者から、もうきてく れないのかと不安の声があがっている」などの声が出されました。そして連絡会加盟の一四事業所の連名で要望書を北海道と札幌市に提出しました。そこには、 こんな言葉が盛り込まれています。

 「ホームヘルパーの仕事は、その人の日常生活のなかで残存能力を見極めて身体介護や生活援助を連動して働きかけ、生活意欲を引き出し、その人らしく主体 的に生活が送られるようにその専門性を発揮しています」

 軽度要介護者にとっても、ヘルパーの仕事の意義は大きい。だから(1)継続して利用できるようにしてほしい、(2)ヘルパー教育養成の充実を、(3)ヘ ルパーの生活保障を、(4)介護報酬への冬季加算を、という四項目を要望しました。現場の実態や意見を率直に伝えた要望書には行政も関心を示し、介護報酬 の冬季加算など地域特性に理解を示したといいます。

 この連絡会は、三年前、「介護中に止めているヘルパーの車が駐車違反になる」ということがきっかけでできました。

 「往診や訪問看護の車はいいが、ヘルパーの車はだめ。何とかならないかとある事業所長さんに連絡したら、それが広がって大きな運動になり、ヘルパーの路上駐車許可証を実現できたんです」

 どの事業所もヘルパーの経験不足やケアマネジャーとの連携などに悩んでいることもわかり、いっしょに研修などもしましょうということに。区内にある一五 事業所のうち一四が加盟しています。

ヘルパーの生活を保障して

仕事はとても楽しいけど

 川尾暁さん(29)は介護保険が始まる前からヘルパーステーションかりぷに登録し、ヘルパーとして働いています。といっても、ヘルパーとしての収入は毎月一〇万円弱。一六歳から続けている惣菜屋のパートとあわせ、なんとか生活を維持しているのが実情です。

 「惣菜屋さんで一〇年近く働いたとき、自分のやりたいことと何か違うと思って勤医協のヘルパー講習を受けたんです。ヘルパーの仕事って楽しいし、行くた びに利用者さんから教えられることばかり。これでお金もらっちゃって、いいんだろうかって思ったくらい(笑い)」

 家事援助に入った最初のころ、「大根と油揚げの煮つけ」をつくるよう頼まれたので、自分が家庭で食べてきたものを思い出してつくったらひどく怒られたことがあったとか。

 「こんな大きな切りかたして、料理したことあるのかって。でも、生活するってそういうもんですよね。人それぞれの感じ方や考え方の違いを大事にするのが 重要だっていうことが、だんだんわかってきたんです」

 いま川尾さんは、月火はヘルパー二件のあと、午後三時から九時まで店。水木金は午前九時から午後九時まで店。土日はヘルパー四件で夜が店というハードな 生活。でも以前一日四件のヘルパー収入だけで生活しようとして挫折したとか。

 「利用者さんのどんなささいな変化、動作、言動も見逃しちゃいけないって思いながら仕事するんで、すごく緊張するんです」

 登録ヘルパーの雇用は不安定。利用者の入院や急なキャンセルなどがあると仕事がなくなり収入もなし。そのうえ移動時間の保障はありません。ヘルパーの仕 事に生きがいを感じても、ヘルパーだけで生活するのは難しいのが実状です。

 川尾さんも、「見直し案」には憤りを隠しません。

 「何考えてるんでしょう。少しの手助けがなかったら、外にも出られず、たちまち元気をなくし重度になってしまう方がたくさんいます。安心して在宅で暮ら せるための介護保険ではなかったのか」

国民がもとめる見直しを

 地域のほぼ全事業所が共同で、介護保険見直しへの要望書を出す・・全国にも例のない行動をした厚別区のヘルパーたちは、いま新たなとりくみを始めようとしています。

 「区内の事業所が連携して、二四時間体制のナイトケアパトロールができないか模索しているんです。深夜の転倒や排便など、利用者も家族も不安でしょ。小 さな事業所では深夜対応はできないから、行政の支援も受け、登録制のケア体制を地域全体でつくれないかと事務局で話し合っているところです」(笹原さん)

 利用者の現実から出発し、少しでも生活の質や意欲の向上につながるよう日々働く。そんな大切な仕事をするヘルパーや現場の声をどんどん行政に投げかけ、 介護保険を少しでも国民本位のものにかえていこうというとりくみが、介護保険の「見直し」に向けて進められています。
文 ・矢吹紀人(ルポライター)
写真 ・及川義彦 

いつでも元気 2004.8 No.154

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