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2017年7月18日

Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (8)南北

 「お兄さん、葉っぱいる?」と道端で青年が地元なまりで聞いてきた。「いらない」と僕は答えた。ネブラスカから遊びに来ていた3人の友達に大学近くの「ザ・ループ」という繁華街を見せている最中だった。青年は立ち止まりもせず、彼にしか聞こえないリズムに合わせて、いささか気取った歩き方をしながら、繁華街の人混みに溶け込んだ。
 無言のまま、友達と一緒に中古レコードの店に入った。しばらくしてオリという友達は、「あいつ、お前に大麻を売ろうとしたよね?」と小さな声で確認した。「うん、時々ある」と答えた。「怖いなぁ、映画みたいだ。この街は黒人が多い」とオリは言った。彼は白人ばかりの我々の地元からあまり出たことがなかった。僕は話を変えた。「とにかくお腹がすいた。夕飯を食べよう」
 ザ・ループは東西に走るデルマー通りという長い道の一部にある。僕の大学はデルマーの南側にあるが、ザ・ループは歩ける範囲。ザ・ループには歴史的な映画館やボウリング場、様々な外国料理屋や居酒屋がある。その繁華街と大学の間には、大きな屋敷と学生専用の小さいマンションしかない。北側は低所得者の住むエリアだ。家賃が安いので、僕は夏休みが終わったら北側へ引っ越すことにした。
 北は危ないとか犯罪が多いとか、他の学生によく言われた。人種の次元もあった。僕にそういった注意をする学生は白人ばかりで、北側に住む人の大部分は黒人。多くの学生が白人社会に住み慣れて黒人が多いと怖がるのじゃないかと僕は思った。当時は知らなかったが、デルマー通りはセントルイス全体の人種の境だ。南側は白人、北には黒人が住む。その歴史を探ると、かつては南側の家を売る時は「白人のコミュニティーを守るために白人にしか売ってはいけない」という条件があった。この条件は廃棄されたが、現状を見れば、明らかに重い影が残っている。
 ある夜、友達からこんな話を聞いた。数人の同級生が大麻を買おうとしたが、いつもの売人には在庫がなかった。その同級生たちは全員白人の金持ちだ。そんな場合は夜、ザ・ループの北側に行き、とにかく黒人の青年を見たら大麻があるか聞くらしい。何人かに当たれば、何とか手に入るのだそうだ。
 呆れる一方で、なるほどとも思った。ザ・ループを歩く僕も大学生らしく見える。うちの大学の白人学生が北側に薬物を買いに行っているなら、売人がザ・ループを歩く僕に声をかけるのは不思議じゃない。学生と地元の住人との間には偏見がまるで蔓のように茂り、絡む。薬物売買以外に関わる機会がなければ、差別的な噂が両側に広がるだろう。


文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1648号 2017年7月17日)

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