いつでも元気

2004年11月1日

特集1 介護サービスが「自立」の支えに 「援助があるからがんばれるんです」

介護保険「見直し」に現場の声を

最低限のサービスだが、なくなれば生活なりたたない

長野・山梨の実態調査から
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デイサービスが生活リズムをつくる(甲府共立福祉センターわかまつで)

 厚生労働省による介護保険「見直し案」が明らかになるにつれ、「介護の現場の実態を見てほしい」という強い要求が、全国からあがっています。

 長野では、民医連加盟の居宅介護支援事業所でケアプランを作っている介護保険利用者のなかから「要支援」 と「要介護1」の人について調査(八三〇例)。山梨では、甲府共立病院介護福祉部が介護保険の利用者二二四例を調査しました。どちらの調査からも、介護が 必要な方たちの切実な生活実態が浮き彫りになってきます。

切実な日常の買い物

 長野県下諏訪町に住む小坂かず子さん(79)。子どもがなく、夫と死別してから二〇年以上、一人暮らしです。数年前に軽い脳梗塞を発症。昨年からは慢性呼吸不全で在宅酸素療法を続けています。

 「動くと息苦しくなっちゃうから洗濯物を二階で干すこともできません。ヘルパーさんにきてもらって助かってます」

 小坂さんが受けている居宅支援サービスは、ヘルパー派遣が週三回、デイケアへの通所が週一回。要介護度は1ですが動ける範囲がわずかなので、炊事、洗濯、掃除、買い物など、生活全般にわたってヘルパーの援助を必要とします。

 なかでも切実なのは、日常の買い物です。小坂さんの家は、以前商店街だった通りの真ん中にあります。家の前に生鮮食料や雑貨を売る店がありましたが、いまでは日用品を買うにも一〇分ほど歩いてスーパーに行かなければなりません。

 こうした事情は介護保険の判定で、まったく考慮されないのだと、ケアマネジャーの小口たか子さんは語ります。

 「介護サービスが、生活のいちばん根元を支えているんです。こういう方から介護サービスを取り上げたら、入所しかないです。でも、特別養護老人ホームだって空きがないから、療養型病院で長期入院となってしまうんじゃないですか」

後期高齢者の自立を支える

日常生活自立度

(要支援)

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(要介護1)

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(何らかの障害はあるがほぼ自立。1人で外出できる)─1交通機関を使える ─2隣近所まで/(家の中ではおおむね自立)─1介助により外出できる ─2日中も寝たり起きたり/(寝たきりに近いが座位を保てる)─1車いすに移り、食事・排泄はベッドから離れて ─2介助により車いすに移乗する
痴呆自立度

(要支援)

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(要介護1)

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(何らかの痴呆はあるがほぼ自立)/(日常生活に多少、支障をきたすが誰かが注意していれば自立できる)家庭外で、度々道に迷う、買い物などでミスが目立つなど 家庭内でも、服薬管理ができない、電話対応ができないなど支障あり/(日常生活に支障があり介護が必要)日中を中心に困難あり 夜間を中心に困難あり

 長野民医連の調査では、要支援(一六五人)、要介護1(六六五人)とも、ヘルパーの介助が利用者の「自立」を支えている現実が、明らかになりました。

 利用者の「日常生活自立度」を調査の数字から見ると、ほぼ自立しているが、介助がなければ近所にも外出で きない「A│1」以下の人が要支援で三分の一、要介護1では三分の二もいます(左表)。ヘルパーがいなければ日常生活に必要なちょっとした買い物も不便に なるという人がたくさんいるのです。

 「しかも利用者のほとんどが後期高齢者なのです。要支援で84%、要介護1で77%の方が七五歳以上でし た。うち独居または独居でなくても介護する人がいないという方が、要支援で40%、要介護1で23%です。この数字には地域差があり、都市部では、独居や 介護者なしという人がずっと多くなっています」

 こう語るのは、調査のまとめに携わった下諏訪町在宅介護支援センターの鮎沢ゆかりさん。さらに「痴呆」の問題も切実だといいます。

 「高齢の方がたですし、痴呆のまったくない人は要支援でも53%、要介護1では43%に過ぎません。つま り、見守りが必要という程度の人も含めてですが、半分の方は何らかの支障がある。こういう方たちが何の援助もなしに生活していけるとはとうてい思えませ ん。やはり、ヘルパーの存在が自立を支えているといえるんじゃないでしょうか」

調理援助が自立を妨げる?

 岡谷市に住む片倉雪江さん(78)。この土地で生まれ育ち、結婚してずっと暮らしてきました。夫が亡くなっていまは一人暮らしですが、昔からの知り合いが毎日たくさん遊びにきてくれるので、「まずはにぎやかいほう。寂しいってことはないねえ」と笑顔で語ります。

 介護保険の認定では要支援ですが、四年前に転倒して両脚の大腿骨を骨折。足の関節を三度も手術し、痛みがあったり、パーキンソン病で手が震えたりで、介助なしではとうてい生活していけません。

 現在は、週に一回三時間、ヘルパーにきてもらい、掃除や洗濯、買い物から食事の下準備までしてもらっています。

 「なんていっても、ありがたいのは掃除ですよ。腰や足が痛いから、掃除機をもって動けないでしょ。自分じゃ掃除ができないのよ。ヘルパーさんがきてくれたあとは、足ざわりが違う」

 買い物をするスーパーまでは坂があるので、心臓の悪い片倉さんには負担です。調理も基本的には自分でできますが、硬いものを切ったりする手助けは必要です。たった週一回の援助が、日々の暮らしのさまざまな場面で片倉さんの一人暮らしを助けているのです。

 ところが厚生労働省はこのような家事援助に対し、「軽度要介護者への調理援助は自立を妨げている」として、配食弁当に切り替える案を出してきています。

 「弁当をとることも考えたけど、結局、同じようなものになるじゃないですか。それじゃあ、よけい寝たきりになっちゃう。食べるぐらいは自分でやりたいしね。ヘルパーさんがきてくれれば、元気がわいて料理もできるんですよ」

「もったいない」と思ったけど

 下諏訪町の内山五月さん(78)は一昨年末、脳梗塞に襲われ、右半身マヒになりかけました。リハビリに励み、何とかつえをついて歩けるようになりました。

 「主人が元気だから料理もしてくれます。でも、慣れないから見てるとかわいそうで。早くよくなろうと思って、ヘルパーさんに介助してもらって毎週三回リハビリに通いがんばっているんですよ」

 要介護1の内山さんが利用しているのは、週三回のリハビリへの送迎、週二回の入浴、それに、週一回の掃除です。

 もし、これらのサービスが利用できなくなったらどうでしょう。リハビリには高い料金を出してタクシーで通うしかなくなりますが、玄関から車の乗り降りまで手助けしてくれる人がいなければ、簡単には外出できなくなってしまいます。

 「そうなりゃ、足が遠のいてどんどん悪くなってっちゃうんじゃないかなあ」

 介護をする夫の金彦さんは、不安そうな顔をしてそうつぶやきます。

 「介護保険が始まったとき、負担も大きいし蕫もったいないね﨟なんて話していたんですよ。でも、こうなるとありがたいですね」

 リハビリのない日、五月さんは夫の金彦さんに支えてもらい、近所を散歩して機能回復にがんばっています。

 「援助があるから、早く自立してよくなろうとがんばれる。介護が自立を妨げているなんて、とんでもない話ですよ」

食費削っても介護が必要

 甲府共立病院介護福祉部では、介護保険の利用者三二〇人を対象に、昨年九月から聞き取り調査を行ないました。介護度、経済状態、介護サービス利用実態、介護する人の生活、費用負担など一五項目にわたる調査です。有効回答数二二四。

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 甲府共立在宅介護支援センターの清水季世子さんは、調査で見えてきたものをこう語ります。

 「身を削ってサービス費用を捻出している利用者。ひとり黙々と先の見えない介護に当たっている介護者。何かひとつ予想外のことが起きれば、もう生活が立ち行かなくなる…。要介護世帯の多くが、予備の力を失っていると実感しました」

 収入は、年金額が月一〇万円未満の人が約六割、本人の年間収入百万円未満の人が約五割。そのなかで、介護 保険サービスの利用料は平均で一万九〇〇円。食材料費や保険外負担、通院の交通費、おむつ代などの介護関連費用、さらに医療費などをあわせると、平均で二 万一〇九九円にもなっていました(上表)。

 夫(83)が要介護3、妻(79)が2というM夫妻。借家暮らしでお風呂がなく、入浴は週二回のデイサー ビスのときのみです。夫は失禁があり、朝夕、ヘルパーが排泄介助にきています。介護保険で利用できる限度額いっぱいを使っても、これだけのサービスしか受 けられません。しかし負担は重く、介護費用と医療費を合わせると月一〇万円に。二人の年金一七万円だけでは間に合わず、貯金を取り崩しながらの生活で先行 き不安です。

 清水さんはこういいます。

 「一昨年一〇月に、老人医療費自己負担分が値上げされましたね。私たちはそのために介護サービスを減らす 人が出るのではないかと心配しました。でも介護費用を減らすより、貯蓄を取り崩したという人が六倍、食費を減らした人が四倍だったのです。介護サービス は、食費を削ってでも確保しなければならないほど切実なものになっているんですね。最低限の介護サービスだと思うのですが、援助がなくなったら生活がなり たたない。

 見直しでは、利用料の引き上げなど負担増が検討されています。とんでもないことです。利用料が払えなくて 介護サービスを受けられない低所得者も、保険料を支払っています。ご本人と家族が、人間らしく生活するのに必要十分な介護サービスが権利として保障されな くては。そのためには、介護保険制度の改善とともに、介護保険にとどまらない、生活を支える福祉施策の充実も必要です」

調査をもとに行政に働きかけ

 下諏訪町では、町内のケアマネジャーが横に連携をとり、民医連と同じような調査をして三〇五ケースを回収。地元の新聞社に報告するとともに、厚労省に要望として提出することになりました。

 甲府市では、市内一〇カ所の在宅介護支援センターで、山梨勤医協の調査とほぼ同じ調査がとりくまれ、現在六一四件を回収しました。この結果を甲府市の介護保険計画にも反映させたいとのこと。

 介護保険「見直し」のポイントはどこか。現場の声を自治体に、国に向けて訴えていく動きが、全国に広がっています。

文・矢吹紀人(ルポライター)
写真・五味明憲

いつでも元気 2004.11 No.157

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