いつでも元気

2017年8月31日

医療と介護の倫理 「人工栄養をめぐって」

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 高齢者ケアの現場で関係者を悩ませる問題の1つに、胃瘻をはじめとした「人工栄養法」があります。患者さんが何らかの理由で口から飲食できなくなった時に、人工栄養法導入の判断に迷うケースは多々あります。
 「加齢に伴って徐々に衰えてきたとみれば、人工的なことはしないほうがいい」と考えるかもしれません。しかし、人工栄養法でしばらくの生が見込まれるのであれば、導入すべきだと思うかもしれません。こうした事情が、認知症終末期の患者などをめぐって起きています。
 日本老年医学会の調査(2010年)によると、認知症終末期の人工栄養法にかかわった経験がある医師の9割が、導入にあたって困難を感じたと答えています。
 困難を感じた理由は「人工栄養法を行わないことに倫理的な問題がある」が51%、「人工栄養法を行うことに倫理的問題がある」が31%でした。導入の是非をめぐって正反対の考えが拮抗しており、医師の揺れ動く様子が見て取れます。また、45%の医師が「人工栄養法に移行する時期の判断が難しい」と回答しています。

胃瘻造設の是非

 全日本民医連発行の『医療倫理事例集2015』に掲載された事例を紹介しながら、人工栄養法について考えます。
 患者さんは70代の男性です。50年来の知人がいますが身内はなく、司法書士が成年後見人となり特別養護老人ホーム(特養)に入所。重度の認知症があり、これまで尿路感染や肺炎、転倒による骨折で入退院を繰り返してきました。また動脈硬化で足に栄養が行き届かなくなり、両下肢を切断しています。
 男性はある日、尿路感染と肺炎でA病院に入院しました。入院時点で特養のかかりつけ医は「肺炎を繰り返しているので、これ以上の経口摂取は無理」と判断、胃瘻造設が必要と考えました。
 入院後、尿路感染と肺炎はいったん治まり、経鼻経管栄養を始めて全身状態は安定しました。しかし、肺炎は再発を繰り返していました。食べ物や唾液などが肺に入って起こる誤嚥性肺炎は、口から食べると起こりやすいため、A病院の主治医も胃瘻を造設すべきと考えました。
 男性は表情で感情を表現できますが、認知症も進んでおりご自身で胃瘻の是非を判断することは難しそうです。40代のころ「自然体で死にたい、延命処置はいらない」と言っていたと、古くからの知人が話していました。知人の言う延命処置に胃瘻が含まれるかどうかは分かりませんでした。

判断に迷う職員

 特養の職員は「男性は入院前の数日は肺炎で苦しそうだったが、入院後は肺炎もいったん治まり表情も穏やかで楽に過ごしている」と感じていました。
 職員の中には「胃瘻で栄養状態を改善し、肺炎を繰り返さないようにしてあげたい」という意見と、「両下肢を切断しており、このうえ胃瘻まで造らなくてもいいのではないか」という意見がありました。
 みなさんが男性の立場ならどうしたいでしょうか。また、この男性の家族や知人だとしたら、どうしてほしいでしょうか。

人工栄養法 口から食べる以外の方法で水分や栄養を補給すること。管を通して胃腸に補給する「経腸栄養法」と、血管などに補給する「非経腸栄養法」がある。経腸栄養法は鼻から入れた管を使う経鼻経管栄養法と、手術で腹部につけた管を使う胃瘻など。非経腸栄養法は点滴中心静脈栄養法など

いつでも元気 2017.9 No.311

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