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2017年9月5日

命の価値に序列をつけようとする競争社会への、知性あふれる処方箋 書評『健康格差 不平等な 世界への挑戦』  マイケル・マーモット〈著〉

 M・マーモット医師の著書『THE HEALTH GAP』日本語版が刊行! 貧困を始め、社会問題に詳しい、作家の雨宮処凜さんの書評です。

 格差が健康に悪影響を及ぼしている―――。それは、格差や健康に特段の興味がない人にも、うっすらと理解されていることだと思う。お金がなくて病院に行けない、保険料が払えなくて健康保険証がない、低賃金なので身体に悪いと知りつつもジャンクフードの生活になってしまう等々。しかし、本書で展開されているのは、そこから一段も二段も踏み込み、膨大なデータに裏打ちされた「挑戦」だ。
 著者は、前世界医師会長のマイケル・マーモット氏。イギリス人の医師だ。
 著者のスタンスは、序章で明らかにされる。精神科を訪れ、不調を訴える女性に薬を変えることしかできない医療。しかし、女性のうつ状態の原因は、明らかに環境にある。酒ばかり飲んで彼女を殴る夫、刑務所に入った息子、一〇代で妊娠した娘。著者は「精神科への興味を棄てて、病気の社会的原因を探求する道」を選ぶ。そうして様々な研究から、意外な事実が明らかになる。地位の高い男性ほど、地位の低いどの男性よりも死亡リスクが低いこと。仕事のストレスを引き起こすのは要求の高さではなく、要求の高さと裁量の低さの組み合わせであること、などなど。
 著者の視点は、世界にも注がれる。インドのカースト外不可触民の女性、グラスゴーの不良少年、半数以上が夫からの暴力を容認するマリの女性などなど、彼らの置かれた環境やライフスタイル、選択したくてもできない状況に寄り添うように分析をすすめていく。キーワードは「無力化」だ。いくら「自己責任」と言われようとも、貧しさにのたうちまわる自由と教育も将来性もない自由など、自由ではない。そして強調されるのは、「絶望的な貧困」でなくとも、人は自由を奪われるということだ。
 読みながら、著者の命へのあたたかいまなざしに何度も胸を打たれた。本書は、命の価値に序列をつけようとする競争社会への、知性溢れる処方箋(せん)である。

 民医連の医師を中心に有志ですすめていた翻訳プロジェクトが一冊の本『健康格差 不平等な世界への挑戦』(日本評論社/定価二九〇〇円+税)として結実しました。
 著者のマーモット医師は、WHOの「健康の社会的決定要因委員会」委員長(〇五~〇八年)として、『社会的決定要因と健康格差に関する欧州報告』をまとめた人でもあります。その勧告は多くの国々で採用。健康が貧困や環境などの社会的要素に左右されることを指摘し、「解決のために動こう」と呼びかけてきました。医療現場で貧困と疾病の関係性を日々痛感し、メッセージに共感した民医連医師たちが、診療の合間を縫い、分担して翻訳にあたりました。監訳は一橋大学経済研究所の栗林寛幸さん、訳者代表は野田浩夫副会長(山口)。
 日本医師会の横倉義武会長の「推薦のことば」もあり、こう結ばれています。
 病気を治すという「医療」の枠に留まらず、何が問題なのか、何をするべきなのかについて考え、行動する上で、本書は極めて示唆に富んでいる。本書が医師や他の医療従事者、政策関係者、そして、できるだけ多くの一般の人に読まれることを願う。
 表紙をめくると、登場人物やエピソードを示した世界地図が。これを描いたのも翻訳メンバーの伊達純医師(東京民医連)です。日本のSDH研究の第一人者・近藤克則教授(千葉大学)の「補論」と、一橋大学経済研究所の後藤玲子教授の解説つき。巻末には事項と人名の索引も。

 民医連や医療福祉生協連などの事業所には一〇冊以上の注文で無料発送。著者割引価格です。連絡先GZZ02677@nifty.ne.jp

(民医連新聞 第1651号 2017年9月4日)

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