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2017年9月19日

社会と健康 その関係に目をこらす(15) どう動くか SDHの視点を取り入れ 全職員で患者さんをみる  ――京都・久世診療所

 「患者さんの背景を知れば、その姿が立体的に見えてくる」―。京都・久世診療所(山本昭郎所長)では、年四回行っている症例検討会にSDH(健康の社会的決定要因)の視点を取り入れています。症例検討は珍しいとりくみではありませんが、SDHの視点で「なぜ?」を重ねていくことで、職員の“患者さんを捉える目”が広がっています。(丸山聡子記者)

■30年続けた症例検討…だが

 久世診療所がSDHの視点を取り入れ始めたのは二年ほど前から。全職員での症例検討会は三〇年以上前から行っています。しかし、職員から「患者さんが言いたくないことを根掘り葉掘り聞いて何になるのか?」という疑問が出るなど、全員が前向きにやれているとは言えない状態でした。
 そんな時、北海道民医連の看護委員会が行うSDHの視点にもとづいた健康権保障の実践を、看護師長の佐敷屋かがりさんが知り、「健康権」を学習しました。看護部が毎月行っている中断チェックなどから症例検討の対象患者を抽出。WHOが定めるSDHの項目―「社会格差」「ストレス」「幼少期」「社会的排除」「労働・失業」「社会的支援」「薬物依存」「食品」「交通」にもとづき、患者さんの情報を集めます。カルテだけでは埋まりませんから、大半の対象患者を訪問することになります。「自宅で話を聞くと、患者さんの姿が立体的になってくる」と看護師の坂口亜友美さん。聞き取りは数時間がかり。訪問は看護師と事務のペアで行っています。

■「中断」をあきらめない

 治療の中断を繰り返すAさん(六〇代男性・独居)とは、こんな風に向き合いました。担当したのは看護師の吉田冬美さん。Aさんは大型トラックやタクシー運転手など職を転々とする中で糖尿病や高血圧を発症、網膜症や腎症、壊疽など合併症も起こしていました。
 訪問した家は荒れ放題。台所は汚れ、服はつるしっぱなしで、床には物が散乱していました。SDHの項目ごとに聞き取り(図)、時代背景も調べました。幼児期に両親が離婚し、貧しかったため中卒で就職、当時の男性の高校進学率は七一・七%でした。また、個人タクシーを始めた二〇〇〇年代初頭に道路運送法の規制緩和があり、タクシーが急増。競争が激化し、長時間働いても収入は下がる一方でした。
 「Aさんは学歴など初めからハンデがあった。七年間同居した女性と別れてからは働いても生計は苦しくなるばかりで、国保料も支払えず…。中断を繰り返していた背景が分かりました」と吉田さん。
 Aさんに無料低額診療の利用をすすめても、「病気も治療中断も自分のせい」「治療してもらうのに、金を払わないわけにはいかない」と拒みました。症状が悪化し、仕事を続けられなくなって、ようやく無低診を利用しました。支援団体につなぎ、借金も整理。透析治療や生活保護申請の準備を一緒にすすめていた矢先、Aさんは自宅で倒れ、亡くなりました。
 「子どもの頃から誰にも頼れず生きてきたAさん。無低診を拒否したのは、唯一の誇りだったのかも。中断を繰り返す人でもあきらめてはいけないことを学びました」と、吉田さん。

■必要な支援につなげる

 訪問するとひとり暮らしだと思っていた患者さん宅に息子が同居していたり、布団がなく寝袋で寝ていることが分かったり。通院の交通手段も聞き取り、必要な場合は診療所の送迎ボランティアをすすめます。国保料滞納の相談や生活保護申請に同行することも。山本所長は、「患者さんが何に困っているかを知ることは、提供すべき医療とは何か、どういう社会を作っていけばいいか、に結びつく大事な活動です」と話します。
 症例検討会を待たずに、気になる患者に電話や訪問をするのも「当たり前」のことになっています。つい最近は、診療所から車で一〇分ほどの男性宅を訪問。以前は久世診療所を受診していましたが、一年ほど前に入院し、音信が途絶えていた患者です。看護師の小山郁代さんの「もう退院したやろか?」のひと言がきっかけで訪問すると、在宅酸素となり訪問診療を受けているものの、医療費負担が重くて困っていました。相談のうえ、医療管理を久世診療所に移し、無低診を利用することになりました。

事務の成長の機会にも―

 視点を定めて患者さんをみることは、事務職員にとっても大きな意味がありました。
 平井雅志さんは、脳性まひで二四時間の介護を受ける女性(六〇代)を訪問しました。超未熟児で生まれ命をとりとめたと聞き、当時の乳児死亡率を調べると三九・八‰。障害を理由に一〇歳を過ぎるまで小学校に入れず、大学進学も断られたことも分かりました。「生きる時代や社会のあり方で、健康状態や人生も大きく変わると気づいた」と平井さん。事務の仕事にももっとSDHの視点を取り込んでいきたいと考えています。
 入職三年目の高田真希さんも、患者さんの背景を知ることで「窓口で『また来てください』と言うだけでは不十分だと思うようになった」と話しています。最近は患者さんの様子を見て、自ら無低診の利用を提案するようになってきました。
 「事務一人ひとりが無低診の面接、手続きができるようになるのが目標です」と、山路卓也事務長は話しています。

(民医連新聞 第1652号 2017年9月18日)

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