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2017年10月17日

Borders 時々透明 多民族国家で生まれて (14)黒髪

 ある週末の夜、愛知県の教師達と交流することがあった。行くつもりはなかったが、日本に着いたころに色々とお世話になったケミという友達が行く、というので僕も参加することにした。
 集合場所は名古屋の大きな居酒屋だ。テーブルをいくつか並べて皆で座ったが、三重と愛知で教える教師たちが自然と分かれて座り、意外にお互いに打ち解けるのは容易ではなかった。英語ばかりの会話空間で不思議に感じた。集中しなくても理解できる言葉があるんだと改めて実感した。
 ふと、テーブルの向こう側に座った女の人に目を引かれた。まるで墨絵のような彼女の長い黒髪に見惚れている僕と彼女の間にウエーターが割り込んだ。さっさと注文してまた彼女をちらっと見た。さり気ないつもりだったが、彼女が僕の視線に気づき、目が合った。彼女の瞳に好奇心がかすかに見えた。それとも僕の想像にすぎない? いずれにせよ後で話してみようと決めた。ケミに「あの子、知っている?」と聞いた。ケミは彼女を見て、それから僕の顔に目をやった。僕の心を読んだように笑顔を見せ、「知らないよ」と答えた。2人でまた彼女を見た。他の女性と熱心に議論しながら、手も艶のある黒髪もよく動いた。
 二次会はクラブへ。中はやかましく、彼女と言葉を少し交わしたものの、あまり聞き取れなかった。閉店の少し前に僕は外へ行き、春の空気で涼んだ。仲間達は少しずつ流れてきた。ケミが一直線に僕の傍に来て「あの子の名前はアヌだよ。話してみて。アーロンに興味あると思う」と言った。すぐにアヌが出てきて入口の近くの階段に座った。ケミは小鳥のようにどこかに消えていった。
 話しかけると会話は滑らかに進んだ。何かが始まるかもしれないと思うと一瞬一瞬が楽しかった。仕草、表情、声などをお互いに計りあいながら、日本にいる理由を話した。ふと彼女は僕の顔をしげしげと眺め、「ユダヤ人なの?」と聞いてきた。「そうだけど…?」「あなた達はいつもユダヤ人同士で付き合いたがるよね」とアヌは細い声で言って溜息をついた。「そういう人もいるけど、俺は違う」と言ったが、アヌの表情は既に変わった。彼女の目線は遠くへ移り、会話は表面的になった。僕は海に潜りたいのに浮くしかできなくなったような感じだった。ついにお互いに離れた。
 そこにケミが現れて「どうしたの?」と聞いた。「俺がユダヤ人だということが問題らしい」。ケミは目を細めて「馬鹿だね。帰ろう」と言った。


文 ヘイムス・アーロン 東京在住のユダヤ系アメリカ人。セントルイス・ワシントン大学院生、専門は人類学。1977年生まれ、ネブラスカ州育ち

(民医連新聞 第1654号 2017年10月16日)

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