いつでも元気

2017年11月2日

医療と介護の倫理 
「認知症の倫理(1)」

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 厚生労働省の推計では、2012年に460万人余りだった認知症患者数が、25年には730万人と約1・5倍になると予測されています。
 認知症患者が730万人になるということは、25年には65歳以上の5人に1人に何らかの援助が必要ということになります。
 一方、25年の時点で高齢者世帯の7割は一人暮らしか、もしくは夫婦のみの世帯になると予測されています。認知症は金銭管理や服薬で援助が必要だったり、排泄や入浴など身の回りの動作で介助が必要になります。
 また物事を決める、特に治療を受けるかどうかを本人が決めることができず、家族以外の人たちのサポートが必要になる場面も増えてきます。全日本民医連の『医療倫理事例集2015』から、認知症と倫理問題を考える事例を紹介します。

無断退院のケース

 事例集に掲載したのは、認知症の一人暮らしの男性で生活保護を受けているケースです。関節に細菌が入る化膿性関節炎で入院。抗生剤の点滴治療が必要でしたが、入院後まもなく、本人が「もう治療はいいから、退院したい」と言い出しました。
 化膿性関節炎は約1カ月の抗生剤点滴が必要ですが、説明しても納得せずに無断で退院。それ以外はトラブルもなく、比較的穏やかな方です。別居の家族は本人とは疎遠で、病院から連絡しても相談に乗ってくれません。本人が親しくしている友人、知人もいませんでした。
 看護師が男性の自宅に行き説得し、なんとか再入院しました。退院した理由を聞くと「やりたいことができない」と言います。看護師に「お金を貸してほしい」「タバコちょうだい」(全館禁煙の病院ですが…)と要求するなど病院のルールを守る考えに乏しいことが分かりました。 

 男性は再入院後、精神科の診察を受けました。精神科医の評価では、認知機能の低下はあるものの「点滴治療を止めることの危険性」は分かっているようで、その時々の欲求(タバコが吸いたいなど)を我慢できないとのことでした。
 この方の場合、「無断で退院するのは治療拒否にあたる」とか、「入院治療が不適当」と決めつけることはできません。治療の必要性を多少は分かっているけれど、衝動を抑えられないといった認知症の症状のために、入院治療がうまくいかないケースと考えられます。

治療を理解する能力

 男性の治療をどうすべきか、病院の倫理委員会で取り上げてもらいました。
 普段は点滴を拒否することもなく、医師に「ありがとう」と感謝もする方です。それでも衝動的に帰宅願望が出るようなので、その前兆を見逃さないこと。もし帰宅しても訪問して再入院を促したり、入院が無理なら自宅で点滴治療を続けることも検討すべきと、倫理委員会から意見をもらいました。
 認知症で治療の受け入れがスムーズにいかず、治療すべきか悩むことは医療現場でよくあります。認知症であっても、治療を理解できる能力は千差万別です。分かりやすく説明すれば理解できる人、この方のように理解はできるが、時に衝動的な行動をとる人、治療の必要性を理解できず、その時々の気分で反応する人など、さまざまです。
 「認知症だから理解できない」と決めつけず、その人が本当は何を望んでいるか、病気や治療のことをどこまで理解しているのか、チームで考えることが大切です。

いつでも元気 2017.11 No.313

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