MIN-IRENトピックス

2017年11月2日

けんこう教室 労働のストレスとメンタルヘルス

東京・代々木病院
精神科医
天笠 崇

 安倍政権は今回の衆院選直後にも、「働き方改革」法案を国会に提出する予定です。
 同法案は長時間労働を容認し、残業代を支払う必要がなくなる内容で、過労死をはじめ労働者の健康はますます悪化することが予想されます。今号では、仕事のストレスが労働者のメンタルヘルス(精神的健康)に及ぼす影響を説明します。

ストレスが招く病気

 現在、労働者に多い精神疾患は「特定の恐怖(不安障害)」と「大うつ病性障害(うつ病)」です(表1)。世界精神保健日本調査によると、日本人の約10人に1人が、過去1年間に何らかの精神疾患の診断に当てはまることが分かります。 
 仕事のストレス(職業性ストレス)と、病気との関連性を調べたのが表2です。2000年の旧労働省の調査で、仕事によるストレスと関連のある病気がこんなにたくさんあることがお分かりいただけると思います。
 アメリカの研究所が作成した「職業ストレスモデル」(表3)は、ストレスが心身に及ぼす影響を理解する有名なモデルとして活用されています。
 左側にある仕事のストレスに加えて、年齢や性別などの「個人要因」、家庭状況など「仕事外の要因」が影響を与えることで「急性のストレス反応」を引き起こし、きちんと対応しないと不安障害やうつ病などのメンタル不全になると考えられています。社会的支援などの「緩衝要因」は急性のストレス反応に向かう力を弱めます。

表2 職業性ストレスと関連の深い健康障害

1)重症度が高く、職業性ストレスとの関連性が強いと考えられるもの
    虚血性心疾患、脳血管疾患、自殺、仕事上の重大事故、交通事故
2)頻度が高く、仕事および生活の質への影響が大きく、職業性ストレスとの関連性があるもの
    高血圧、不整脈、肥満、高脂血症、脂肪肝、糖尿病(耐糖能異常)
    胃・十二指腸潰瘍、アルコール関連障害、腰痛、頚肩腕痛、うつ病

出典:平成12労働省報告書:http://www.tmu-ph.ac/pdf/H11report.pdf

 

メンタル不全に気づくには

 ご本人や家族、職場の上司や同僚が「心の不調かな?」と気づく大切なポイントをそれぞれの頭文字をとって、「なやみのみちへ」として診療や講演で紹介しています。
…(突然)泣き言を言う、愚痴を言う
…(突然)辞めたい、退職したいと言う
…ミス・トラブルが増える
…能率・能力低下(単純なものが多い)
…乱れた勤務(遅刻・早退・欠勤)が増える
…長時間の労働
…(いつもの自分と比べ)変化を感じる
 「なやみのみち」が重なれば重なるほど、以前の本人と比べて変化していると感じられるほど、注意が必要です。
 すでにメンタル不全を抱えている、もしくは近い将来抱える可能性が高いので、職場の上司はすぐに面談を行い、本人の状態を聞き取る必要があります。

長時間労働とうつ病の関係

 長時間労働は、仕事のストレスの大きな要因です。努力報酬不均衡(努力が報われない)も、うつ病の要因として大きな割合を占めています。
 実は、長時間労働とうつ病の因果関係は、これまで一貫した研究がありませんでした。そこで私は、ある事業所の長時間過重労働者(以下、長時間労働者/時間外労働が月80時間以上)と、長時間過重労働ではない労働者(以下、非長時間労働者)の2年分の労働時間を調査し、分析を試みました。その結果、「長時間過重労働は精神に悪い」ことが、初めて分かりました。
 この分析では、1年目に非長時間労働者が2年目に長時間労働者になると、うつ病にかかる割合が15倍にもなりました。
 1年目の長時間労働者が2年目に非長時間労働者になった場合は、うつ病になる危険性が減るということも分かりました。
 またイギリスのある調査では、1日の労働時間が7~8時間の人に比べて、11~12時間の人は2・5倍もうつ病にかかりやすくなることが分かっています。この調査は性別、年齢、職位、婚姻状態、慢性疾患を抱えているか否か、喫煙と飲酒の状態、仕事のストレイン(高要求で低裁量)、支援度といった要因の影響を取り除いて行われました。
 長時間労働でも働き続けられる労働者もいるけれど、長時間労働の蓄積がうつ病の原因となり得る可能性が高いということがお分かりいただけると思います。

成果主義賃金制度によるストレス

 2007年頃をピークに現在は減っていますが、労働の成果に応じて賃金を決める「成果主義賃金制度」が職場に導入されています。この賃金制度が心身の健康に与える影響について見ていきます。
 ある事業所の協力で、1160人を調査し、データを分析しました。この事業所は「日本版修正」成果主義賃金制度(以下、制度)を導入した職場と、従来の年功序列型賃金制度を導入している職場が混在していました。
 調査結果から次の4点が分かりました。

(1)制度を導入した職場では、心身の健康に影響が出ていると思われる対象者が多い
(2)制度は、長時間労働に確実に拍車をかけている
(3)制度は裁量度を高めている
(4)制度は確かにうつ状態やうつ病の間接的な原因となり得る。しかしその影響は大きくない

 このほか、制度が長時間労働に拍車をかけることによって(1)努力報酬不均衡(努力が報われない)、(2)ハラスメント、(3)仕事の要求度の高さを悪化させることが分かりました。成果主義が長時間労働を悪化させ、それがハラスメントに通じていると考えられます。「成果主義賃金制度は長時間過重労働を引き起こし、いじめやパワハラ、努力の報われない職場の温床となる。何の利益にもならない制度だ」と指摘しました。

アメリカ型の成果賃金制度に加え、日本企業の組織風土を生かして、労働者のやる気や能力の向上などをねらった制度

新たなストレス「パワハラ」

 2006年の労働安全衛生法の改正で、セクシャル・ハラスメントは、被害者が女性の場合だけでなく、男性の場合も対象とするように改められました。事業主は職場環境に配慮するだけでなく、積極的かつ具体的な対応を取る義務があります。
 ハラスメントにはセクハラ(セクシャル・ハラスメント)やモラハラ(モラル・ハラスメント)などさまざまありますが、ここではパワー・ハラスメント(以下、パワハラ)について述べます。
 パワハラとは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をいいます。
 パワーとは、職場内の優位性のことです。一見、「上司が加害者で部下が被害者」と捉えがちですが、そうとは限らないことに注意が必要です。また、「業務の適正な範囲を超えて」というのもポイントです。業務の適正な範囲であれば、指導・注意・叱責などは妥当とされ、パワハラには該当しません。ただ、どのような行為が「業務の適正な範囲」かは、普段から議論が必要でしょう。
 私が代々木病院で労働精神科外来を開設して以来、新しい患者さんのほとんどが、パワハラが原因でメンタル不全を引き起こしています。さらに私の経験から、パワハラは心臓血管疾患やうつ病の原因となり、過労死や過労自殺を生み出します。
 近年、どの程度の労働者がパワハラを経験しているのでしょうか。2012年、国は初めて「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」を実施しました。その結果、過去3年間にパワハラに関する相談を受けたことがある企業は回答企業全体の45・2%でした。また、回答企業の80%以上が「職場のパワハラ対策は経営上の重要な課題である」と考えていることも分かりました。
 こうした状況を受け、厚労省は15年に「パワハラ対策導入マニュアル」を作成し、人事担当者を対象にした無料セミナーを全国で実施しています。

ストレスチェック制度の活用法

 「労働者のメンタル不全を未然に防ごう」と、厚労省は2015年12月から、常用雇用者50人以上の事業所には「ストレスチェック制度」を義務化しました。
 これは、労働者1人ひとりの(1)仕事への要求度、(2)仕事の裁量度、(3)周りの労働者からの支援度、(4)うつ状態を招いていないかを、57項目の質問に答えることで測るもの。労働者自身のストレスへの気づきを促して、職場環境の改善につなげることが目的です。
 しかし私は、現行のストレスチェック制度だけではメンタル不全を未然に防ぐことはできないと考えます。
 57項目のうち、職業性ストレスは17項目、心身のストレス反応状態が29項目です。ただ、これまで指摘してきた長時間労働・努力報酬不均衡・パワハラについて直接の項目はありません。この3点を調査項目に加えてこそより効果的な分析ができると言えます。事業所に応じて調査項目を追加して調査し、独自の分析を行うことも必要だと考えます。集団分析は必ず実施すべきです。直接、職場環境を改善し得る方法だからです。実施・分析したら、衛生委員会を中心に、どのように職場環境改善に活かすか審議し実施すべきです。

働き続けられる社会を

 職場での心の健康づくりを進める上で、4つの「C(care=ケア)」が大切です()。
(1) セルフケア
 従業員が自分でケアしやすいように、職場が教育・研修の機会を提供し、支援する
(2) ラインによるケア
 上司が部下の職場環境を改善し、相談に応じる
(3) 事業所内スタッフによるケア
 産業医、衛生管理者・推進者、人事労務管理担当者などが対応する
(4) 事業所外資源によるケア
 外部専門機関が提供する従業員支援プログラム(EAP)を活用する
 職場におけるメンタルヘルス対策は徐徐にではありますが進んでいます。しかし、「何らかのメンタルヘルス対策に取り組んでいる」と回答した企業は、2013年の調査(厚労省)では、大企業を中心に57%に留まっています(前の調査より減っています!)。
 労働者が健康で働き続けられるよう、立憲主義の根本である「個人の尊厳」が尊重される社会づくりに、ご一緒に取り組んでいきましょう。


出典:http://www2.mhlw.go.jp/kisya/kijun/20000809_02_k/20000809_02_k.html

いつでも元気 2017.11 No.313

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