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2018年2月20日

原発事故から7年 被害者として「脱原発」すすめる 福島・生業訴訟原告団長 中島 孝さんにきく

 まもなく、福島第一原発事故から七年。昨年春には広域で避難指示が解除され、被害の現実を無視した帰還政策がすすめられています。今、被害者はどんな思いでいるのでしょう?
 昨年一〇月一〇日には、原発事故被害者が国と東電を相手にたたかう「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(以下、生業訴訟)の判決が出ました。原告は全国最大規模の三八二四人。原告団長の中島孝さんに聞きました。(丸山いぶき記者)

 昨年一〇月一〇日、福島地裁は、地震・津波被害による原発のメルトダウンを予見しながら無視し続けてきた国と東京電力の責任を認めました。原発事故から七年目に入り、私たち被害者の悲痛な叫びは政府によって踏みにじられ、叫びづらい空気や諦めさえ漂い始めていた、まさにそんな時でした。私は、私たちの勇気を称える「断罪」判決に救われたと感じました。
 もちろん、判決には不十分な点もあります。福島県の会津地方や茨城県などの住民について被害を認めず、「原発のないふるさとを返せ」と訴えた原状回復についても不十分さが残ります。しかし、その点は全国の運動と連帯した今後のたたかいに期待されています。

生業訴訟 福島第一原発事故の被害者が、国と東電を被告に事故の責任を追及し、原状回復と損害賠償を求める裁判。脱原発も求めている。事故当時に福島県や隣県に居住していた人で居住地にとどまる人と避難した人が、一つの原告団を構成

新たな“線引き” 意図的な「分断」政策が苦しみを増幅

 福島では、農家は土地を、漁師は漁場を汚染され、流通業では福島県産品離れが続いています。ある原告は果樹園を経営しています。地表近くに張る果樹の根を傷つけるため満足に除染もできません。出荷する果実に線量は出ていなくても、農家は放射線管理区域の四倍もの線量を検出する場所で、健康不安を抱えながら日々作業をしています。
 何年待てば元の暮らしを取り戻せるのか? 不安が消える日は来るのか? 一〇年先が見通せないことは“永遠”の苦しみです。
 また、事故直後に県外に避難した自主避難者は、経済的困難や子どものいじめ問題などに苦しんでいます。そんな中、「自分の行動は正しかったのか?」と独特の迷いまで生まれています。
 一方、福島県内に残ると決めた同じ「滞在者」、しかも日々共に活動する原告でも一人ひとりの心情は計り知れません。
 半年ほど前、ある原告が初めて語りました。「認知症の母は地元を離れることをかたくなに拒んだ。そもそも避難して、その先で生活するお金がなかった。そのせいで当時一歳の孫を被ばくさせた」。被害者の苦しみがいかに多様な色合いをもって存在しているのか、私はようやく理解しました。
 私たちは、自主避難者の各地の裁判にも連帯し支援しています。しかし、「逃げたくても逃げられない人もいる…」と何度も漏らしていたその人の思いは、十分想像できていませんでした。その人にとっては、「避難する権利」を訴える自主避難者の正当な主張が、自分を責める言葉でもあったのです。

■国の強引な政策に県民は…

 被害者の苦しみは消えず、様々な局面で地下のマグマのように吹き出します。そんな被害者に寄り添うどころか、悲痛な声を踏みにじり、傷口に塩をすり込むかのような政策を国はすすめています。
 政府は、昨年春から「年間積算線量二〇ミリシーベルト」を基準に避難指示を解除。原発から「二〇キロメートル」の基準に続く新たな“線引き”で、さらに被害者が「分断」されようとしています。
 帰還率はわずか四%(図1)。商店や病院のない地域に帰れと言われても帰れません。複雑に入り組んだ阿武隈山地の里山は除染できず、至る所にホットスポットが残っています。生活圏を遊び場にする子どもたちをそんな環境に帰せません。自宅周辺を何度除染しても線量はすぐ戻ります。空気に“線引き”などできませんから。
 しかし、“線引き”は被害救済の局面でも使われます。被害が公的に認められないことは当事者を深く傷つけます。今、県民の心情が二分されてきたと感じます。被害実態を顧みない国に踏みにじられ、諦め、投げやりな生活に陥る人と、生活再建を諦めず、孤独に悪戦苦闘して心を病む人。原告団の中でもそれは同じです。

2度と事故を起こさないために 脱原発の運動とつながって

 原発問題は、安全保障と並びこの国の闇が広がる分野だと思います。明確に国の責任を認めることは裁判所にも勇気のいることで、世論の後押しが不可欠です。その意味でも福島判決は歴史的でした。判決は、不都合な事実を隠しながら原発の「安全神話」がねつ造された構図も浮き彫りにしました。
 生業訴訟は福島第一原発事故による被害の救済を求める裁判で、原発そのものの危険性や欠陥を争点にした運転差し止め訴訟とは違います。にもかかわらず原発の欠陥という根本にまで踏み込んだ福島判決は、全国でたたかわれている三〇超の原発関連裁判や脱原発運動にとっても意義深いのです。

■原発政策は憲法違反

 原発を動かせば、必ず人権侵害があります。福島に原発が作られた理由は地域の貧困にありますが、もう一つ重要な問題があります。万一の事故の際の被害を最小限にとどめるという経済的な判断で、人間を単純な数と見て、憲法で定める「法の下の平等」の大前提の“いのちの平等”を否定したのです。さらに、ひとたび事故が起これば、被害は放置され人権がじゅうりんされ続ける。私たちは身をもってそれを知りました。

■今後のたたかいは法廷外でも

 二度と原発事故を起こさせないために、脱原発へと国に舵を切らせる―。これは「被害者としての責任」だと考えています。福島は、土も海も汚染されています。原状回復に莫大な費用と時間がかかるからこそ、効率を優先する人にも「不経済な原発は直ちにやめよう」と訴えています。一昨年には政府が脱原発を選択したドイツに招かれ、国際会議での報告やドイツの高校生との熱い議論など貴重な経験もしました。
 私たちは、原告だけでなく「全体救済」を掲げています。この訴えが多くの著名人の心も動かし、支援が広がっています。そうしたつながりをさらに広げ、脱原発の世論を高めることが重要だと考えています。

全国のみなさん ともにたたかいましょう

 福島原発事故から丸七年が経つ今、原発事故被害などなかったかのように被害者の声を封じ込める政府の姿勢には、原発推進へ向けた、よこしまで、しかも強固な意思を感じます。日本人はこんなことを許していいのでしょうか?
 政府の原発推進体質を許せば、また原発事故を起こします。そうなれば今度は自分たちの問題です。私たちはそのことが嫌と言うほどわかりました。「変えなければ」と痛切に感じています。
 福島の現実は辛い。だからこそ、目を向けてください。全国のみなさんに心から訴えます。脱原発へ向けて、ともにたたかいましょう。


 避難指示が解除された九市町村では、戻った住民の高齢化率が四九・二%にのぼり、もっとも高い川内村は七一・三%。医療・介護施設の再開は一部にとどまり、独居高齢者の孤独死や老老介護が懸念されます。
 避難解除区域の地元での事業再開は六五二事業所で、再開率は二三・六%です。

(民医連新聞 第1662号 2018年2月19日)

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