いつでも元気

2018年2月28日

まちのチカラ・佐賀県太良町 
有明海と多良岳に抱かれて

文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

潮の満ち引きで刻々と景色が変わる海中鳥居(太良町観光協会提供)

 佐賀県最南端に位置する太良町は、日本最大の干潟として有名な有明海に面した港町。
 潮の満ち引きで、水位の差は6mにもなります。
 刻々と変化する自然美を見守るように、内陸には奈良時代から霊場として知られる多良岳が。
 町の人々の暮らしを訪ねました。

月の引力が見える海中鳥居

 まずは、近年インターネットで話題になっている海中鳥居へ。国道207号線から細い路地を入った先の海岸に、大小の赤い鳥居が合計6基ありました。近づいてみると、そのうちの3基には4本の足が。1日2回の満潮時に海に浸るため、倒れないように補強してあるのです。
 なにせ水位が6mも変わるのですから、景色は一変します。私が訪れたのは干潮時。3基の鳥居をくぐって数百m先まで歩いていけましたが、6時間後には鳥居の8割が海にすっぽり浸水。まさに「月の引力が見える町」という太良町のキャッチコピー通り、天体の不思議が一目瞭然です。
 すぐ近くには海中道路があり、干潮時であれば車で200mほど先まで行くことができます。外に降り立つと、ザーッと音を立てて水鳥が一斉に羽ばたきました。これが晴れた日の早朝なら、どれほど美しいかを想像してうっとり。
 8月には「千乃灯篭まつり」があり、陸に並べた灯篭と海中鳥居のコラボレーションをカメラに収めようと多くの人が訪れます。
 海中鳥居は、地元の人たちが豊漁と海の安全を願って30年に一度建て替えながら大切に守っている町のシンボル。時間とともに変わる一期一会の姿を拝みに、皆さんも訪れてみてはいかがでしょうか。

約500丁の手作り灯篭が並ぶ「千乃灯篭まつり」
(太良町観光協会提供)

支柱で育てる佐賀海苔

 午前6時、まだ真っ暗な海に向かって船を進めること約5分。漁師の森田政則さんは洋上でエンジンを止め、船に積んでいた小型ボートを浮かべて、10mほど先にある支柱を目指しました。そこには、等間隔で海上に張られた海苔養殖の網が。
 有明海を囲む福岡、佐賀、長崎、熊本4県のうち、海苔の養殖が最も盛んなのは佐賀県です。9月から3月下旬まで近海一面に支柱が立ち並び、上空から眺めると壮大な縞模様に。沖合での支柱式養殖は干潮時に海苔が空中に現れるため、浮き流し式に比べ病気にかかりにくい丈夫な海苔に育つのが特徴。多良岳から流れ出る豊富なミネラルにより、柔らかくて旨味成分もしっかり凝縮されるそうです。
 しばらくして森田さんが船に戻ってきました。ボートいっぱいにため込まれた海苔をポンプで引き上げ、機械で海水を絞って船底の保管庫に移します。
 「秋の収穫時は色が浅かったけど、だいぶ回復したみたいだな」と森田さん。海苔の養殖は、10月頃に網に種付けをした後、3?5cmに育ったノリ芽と一緒に網の半分量を海から揚げ、冷凍保存します。残り半分は11月に収穫期を迎え、秋海苔として出荷。冷凍した網は12月に海に戻し、再び生長させて1月初旬から収穫します。
 「有明海では潮の満ち引きに合わせて船を出さないといけないので、時間に厳しい人が多いですよ。僕は小さい頃に干潟でよく遊んだので、刻々と変わる潮の動きを体で覚えてますけどね」と笑う森田さん。ちょうど雲の切れ間から朝日がのぞき、穏やかな水面が淡く神秘的に輝きました。

甘みが自慢 「竹崎カニ」「竹崎カキ」

 長崎県との県境に近い竹崎地区には、10軒の温泉宿が点在しています。有明海を望む露天風呂に加え、人気なのは「竹崎カニ」。ワタリガニの一種で、ひし形の甲羅に太くて短い足が特徴です。
 元漁師が開業したという「一福荘」でカニ料理を味わいました。11月から5月中旬まではメス、6月から10月下旬まではオスが旬。身がぎっしり詰まっているのはメスの方で、タマゴとミソもしっかり入っていて食べ応え十分。しかも身が甘くてふわふわなので、そのままでも頬がほころぶ美味しさです。
 社長の梅崎義行さんに聞くと、「カニは浅瀬で生まれて沖合に移動します。漁は水深15mくらいの海底に、一晩カゴを仕掛けて獲ります。カニは夜行性なんですよ」。
 今はカニが有名ですが、20年ほど前まではタイラギ漁がメーンだったそう。タイラギは大型の高級二枚貝。深いところで40mの海底で採るため、漁師はヘルメット式の潜水服を着て潜ります。「昔は、漁師の息子は中学を卒業すると勇んで後継ぎになったもんですよ。貝柱が高値で売れて儲かったのでね。でも真っ暗な海底に6時間ほど潜り続けるのは、さすがに孤独でした」と梅崎さん。諫早湾の干拓事業により水門が閉じられた1997年以降、タイラギは激減。漁師の多くは瀬戸内海に出稼ぎに行ったり、護岸工事や海底調査の仕事に転職したそうです。
 今は、タイラギの代替として導入された養殖牡蠣が観光客に大人気。有明海で育った牡蠣は焼いても身が収縮しにくく味も濃厚とあって、あちこちにカキ焼小屋が。町の新たなブランド「竹崎カキ」が訪れる人たちの舌をうならせています。

一福荘で味わった竹崎カニ(左下)と竹崎カキ(右上)

九州で唯一のわさび農園

 竹崎地区から車で約20分、多良岳の麓にある「わさび苑多良岳」を訪ねました。多良岳から流れてくる地下水をくみ上げ、苗1本1本に常時かけ流す水耕栽培システムでわさびを栽培しています。九州で唯一のわさび農園として、年間約1万人が見学に訪れるとか。
 「わさびは水が命。きれいなだけじゃなく、温度が低いことも重要です」と話すのは社長の高木茂さん。夏は水温が生育ギリギリの18度に達するため、風通しを良くしたボックス式の栽培方法で病気の伝染を防いでいるとのこと。
 実際に苗を見せてもらうと、茎の付け根にゴツゴツした濃緑色のわさびがドンとありました。一言「立派」としか言いようのない存在感で、今にもピリッと鼻の頭を抜ける香りが漂ってきそう。
 「地下水を利用したわさび栽培は、電気代がかさむので経営は大変。でも地元の料理人さんから『最高だ』と褒められると嬉しくてね」と高木さん。2月にはわさびの白い花が咲き始めます。ざるそばやヤマメの塩焼きが味わえる自前の食堂もオープンに向けて準備中です。多良岳ハイキングと合わせて、本格的なピリッと体験はいかがでしょうか?

わさびを収穫する高木さん。食用部分は茎の付け根にある

■次回は岐阜県養老町です。


まちのデータ
人口
9005人
(2018年1月1日現在)
おすすめの特産品
竹崎カニ、竹崎カキ、たらみかん、
わさび、海苔など
アクセス
JR博多駅から長崎本線で多良駅下車JR佐賀駅から車で約1時間
問い合わせ先
太良町観光協会 0954-67-0065

いつでも元気 2018.3 No.317

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