いつでも元気

2005年7月1日

特集1 座談会 看護の現場でいま何が? 「新卒12人に1人が1年以内に退職」(日本看護協会調べ)の異常事態

「患者さんの痛み、さすってあげたいのに」とポロポロ涙

 日本看護協会の調査で、二〇〇三年度に卒業した看護職員の一二人に一人が、一年以内に辞めていることがわかりました。努力して勉強し、希望を胸に看護師になったのになぜ? 看護の現場は、いまどうなっているのでしょうか。
 現場で看護部長を務める二戸幸子さん(東京勤労者医療会)、澤村雅美さん(大阪・同仁会、全日本民医連理事)、木下和枝さん(神奈川・川崎医療生協)に話しあってもらいました。司会は升田和比古さん(全日本民医連副会長)です。

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患者さんの笑顔が看護師を輝かせる

 升田 若い看護師の退職は、民医連の病院でも大きな問題になっています。
 この間、看護の現場がどう変わっているかというと、一つには介護保険の導入によって在宅分野で看護の業務が一挙に拡大したことがあります。訪問看護やケ アマネジャーなど、病院から多くのベテラン看護師がこの分野に移りました。
 また病院は、一般病床と療養病床に分けられ、とくに一般病床で矛盾が大きくなっています。困難の中心は「在院日数の短縮」「電子カルテの導入」「医療安 全のためのマネージメント」の三つで、若い看護師たちが業務のなかで悩み、辞めてしまう。これは全国の病院で共通した悩みになっていますね。

入院日数の短縮で過密に

 二戸 一 〇年前は、入院の平均在院日数は三三・七日だったんです。それがいま、一般病棟では一七日以内とか二一日以内という厚労省が決めた制限がある。患者の入れ 替わりが激しく、二、三日休みをとって夜勤についたら、半分は知らない患者さんという状況です。急いで必要なデータを頭にたたき込んで仕事につく。病棟は ほとんど三〇代以下の若手が担うようになっています。看護師の配置基準も増えないなかで、医療は高度化し、業務は過密。絶対にミスを犯してはいけないとい う不安が常にあります。
 澤村 一カ月の入退院が、耳原総合病院では三年前より一二〇人ぐらい多くなっています。看護師が忙しい忙しいといっているだけではなかったのです。
 そういうなかで、せっかく希望に輝いて看護師になったのに、一年二年で退職してしまう。とくに急性期病棟では「私はこの病棟の仕事についていけない」と 思いながら、我慢して我慢してがんばって働いているうちに、ある日突然、心の病気になってしまうというケースが多いのです。若い看護師がぽろぽろ泣きなが ら「患者さんが痛い痛いといっている。さすってあげたいのだけど、さすっている時間がない」「体を洗ってあげたい」と語る。そういう当たり前の看護をした くてもできない状況なんです。患者に寄り添いたいという素朴な感性がほんとうに大事だし、大切にしたいのですが…。

感動する経験積み重ねて

 木下 私 などが育ってきた時代を考えると、同世代の看護師のレポートで、印象的な事例がありました。脳出血で倒れた五〇代後半の方が入院した。まったく意識がな かったけど、声かけしながら体を拭いたり、歌ってあげたり、好きだというグレープフルーツを絞って管で入れてあげたり、そういう日常のケアをずっとしてい た。そんななかで次第に表情が出てきて、何かいうと手で握り返すようになった。それは二~三年の経過のなかでなのです。人の命というのは、数カ月では計れ ないのだと感じました。
 こういう事例は、在院日数の短縮に追われる制度のなかではほとんどありえない。自分たちの看護のなかで、感動する経験がうんと少なくなっているのではないでしょうか。
 升田 本来なら、一人の患者さんをずっと看ていくなかで、これができたとか、こうすればよかったとか、そういう積み重ねのなかで成長していくのだと思うのですが、そのゆとりがなくなっている。
 しかも看護学校でも実習が減り、民医連のある病院でですが、新人看護師二〇人中、全身清拭をした体験があるのは二人だけだった。患者さんの体に触れること自体に慣れていないんですね。
 看護協会の調査でも、定着をむずかしくしている一番の要因に「教育終了時点での能力と、看護現場で求められる能力とのギャップ」があげられています。決 して若い者の辛抱が足りないとか、病院の管理が悪いとかいうだけの問題でないことはあきらかなのです。

患者を中心に向き合う

 升田 そうしたなかで、みなさん、どんなことを大事にしておられますか。
 二戸 やっぱりカンファレンス(症例検討)です。こ の数年、患者さんを十分看られないというジレンマのなかでも、この病棟で「気になる患者は誰?」という問いかけを絶えずして、じゃあどう気になるのか出し あおうというふうに一例一例を積み上げてきました。患者さんに起こっていること、地域で起きていることに、感性を研ぎすまそうと・。突然、研ぎすますなん てことはできないので、だからこそ、訓練が必要なんです。
 人間関係がなかなかもてないようななかでも、とにかく話し合う、患者を中心にして医師や職員が向き合うということがすごく必要なんだと思います。それが できるのが、民医連の病院の大きな特徴ではないでしょうか。
 升田 そのつど、必ず何か方針を出さなきゃいけないというのでなくね。患者を知るということが最大の目標です。日常的に、みんなで情報を出し合うという格好になっていることが大事ですよね。
 澤村 先日、医局会議に入って、たとえば指示を出す 時間を守ってほしいとか、いくつか約束事をお願いしたいのですがという話をしました。看護師が大変になってきているので、他職種のかたや共同組織のかたの 力を借りたり、ボランティアを募ったりして、仕事を何とか分かち合えないかと考えているなかで、医師にもお願いしようと。
 要望を受け入れていただいただけでなく、提案やご意見、きびしい意見をふくめ、いただきました。話がかみ合ったとき、医師の力というのはほんとうに大き い。私自身、医師と向き合うことが少なかったんだな、と改めて思いました。
 二戸 医師と率直に話せるようにすることが、ほんとうに大事ですよね。看護だけでなく、医師労働もほんとうに大変になっていますから。

頼りになるのが共同組織

 升田 こういうときやはり頼りになるのが共同組織ですよね。
 木下 川崎医療生協には組合員も入った看護師確保委員会があって、「他の病院を辞めた看護師がいるよ」など情報を寄せてくれたり、その人にあたってくれたりして力になっていただいています。
 忘れられないのは、事件(注1)のあと、地域訪問していてあるお宅でいわれた言葉。「あの病院は絶対につぶさせないよ」と。「俺らがつくった病院なんだ から」と。感動したし、とても励まされました。昨年は出資のお願いに組合員さん宅を回りました。直接的な成果もさることながら、患者や組合員の苦情を聞 き、医療や介護の要求がどこにあるのかを知ることができたのが大きな収穫でした。何かあったら地域へ、ですね。
 二戸 ええ。この数年間、新卒看護師たちの研修の一 つの柱にしているのが、共同組織の方のお宅への訪問です。五、六人のグループで話を聞いてきて、まとめをしてみんなで報告し合う。共同組織の人たちの、次 の世代の職員を育てるのだという思いが伝わるんです。看護活動研究集会にも参加をお願いしています。

医療制度とのたたかいに

 木下 私 は〇三年六月に川崎医療生協の看護部長に着任したんですが、〇二年と〇三年で、あわせて八八人の退職がありました。そのなかで看護師確保のために精一杯努 力しました。でも数カ月たっても看護婦がふえない。これは何か、私の力不足というだけでない、もっと大きな問題があるな、と感じ始めていたときに、「アメ リカの二の舞にならないために今すること」という論文(注2)を読みました。そこで看護師の需給バランスが崩れてきていること、そのなかで看護師が苦しん でいて、離職していく人も多いのだということを認識したのです。絶対数の減少が、明らかに起こっていると。
 この状況のなかで私は看護師確保をしようとし、川崎医療生協の医療を守ろうとしているのだと気づいたときに、この自分の仕事は、いまの医療制度とのたたかいになるのだと思いました。
 澤村 日本医労連の「看護現場実態調査」では、慢性疲労が八割、健康不安が七割、六七・六%が仕事をやめたいと答えていますが、これは実感だと思います。

看護体制の拡充を求めて

 升田 看 護師不足は若い看護師を苦しめるだけでなく、患者さんにもしわ寄せがいってるんです。僕も、患者さんがお風呂に入りたいのを我慢してたってわかってびっく りしたことがあるの。申し訳なかった。患者が遠慮したり我慢したりしなきゃならないような事態を解決する力はどこにあるか・患者も若い看護師も一緒になっ て、この現状をどうしようという方向にもっていくことですよね。
 全日本民医連も、安全・安心・信頼の医療・看護を保障するためにも、看護体制の拡充が不可欠だとして、看護問題を社会問題としてとらえ、労働条件の改善 などをもとめる国民的運動をよびかけていこうということを確認しました。
 二戸 看護婦ふやせというのは、九〇年代のはじめに国民的な世論になり、新聞にもテレビにも取り上げられました。あのとき、看護職自身が、ナースウエーブという大きな運動を起こしたんですよね。いまあのときより、もっとひどくなっているんですが、怒りがたたかいにならない。
 でもあの運動がはずみになって看護の体制とか確保法とかにつながった。あの歴史を私たちはふり返って、そのこと学んでおかなければいけないのでは。
 澤村 いまこの機会に、私たちが次の世代に語らなく てはね。一人でも仲間は失いたくないし、新しい仲間はきちっと育てたい。みんなで力を出し合っていい看護をするために、いまやらないといけないことと、当 面、数年でたたかいとるべきことを考えながらやっていきたい。共同組織のかたの力もお借りして。
 木下 ええ。大変な状況になってきたのは事実です が、でも介護保険で、地域にもっと広いつながりができて、患者さんや利用者さんはうんと安心して訪問看護を受けられるようになったし、病院も確かにたくさ んの患者さんを受け入れてがんばっている。こういう前進面も語って、だからこそ、いま看護師がたりないから増やそうという運動にしたいですね。

率直に話せる職場こそ

 升田 若 い看護師にとってみたら、仲間が燃え尽きて辞めていくというのは、すごく苦痛な経験で、自分もいつそうなるのだろうという不安がある。だからこそ、どうし てこんなに苦労しているのか、なぜ達成感がないのかということを、率直に話し合える職場というのが、まさに問われているのではないか。
 率直に話ができれば、苦労があってもやっていける。そういう職場をつくっているところはいっぱいあるわけですよね。話しあえる職場ということなしに、た たかうとなると、また忙しくなるとかやらされるという意識になる。自らの意志でやっていけるような運動にしなくては。それには患者や共同組織の人の一声は 大きいよね。「辞めちゃダメよ」とか「一番の敵をちゃんと知りなさいよ」とかね。

何のために看護が輝くか

 木下 この前、看護師体験で高校生が「ここの診療所の看護師と患者の目線は同じだ。僕はいろいろなところを見たけれど、ここはすばらしい」と感想文をくれたのです。励まされました。
 升田 僕の診療所でも実習生が最後に「ここの患者は 生きいきしています」という言葉をくれたんですよ。患者が生きいきと療養できるために我々は医療をやっている。何のために看護が輝くかといったら、患者が 輝くためだ。患者・共同組織といっしょに、大きな運動にしていきたいですね。 写真・酒井猛

(注1)川崎協同病院での気管チューブ抜去、薬剤投与死亡事件
(注2)『看護実践の科学』04年1月号掲載。陣田泰子氏の論文

いつでも元気 2005.7 No.165

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