いつでも元気

2005年7月1日

特集2 禁煙の〝ススメ〟 受けやすくなった「支援プログラム」

喫煙関連の死者は年間10万人

窪倉孝道 神奈川・汐田総合病院院長

 タバコを吸うと肺や気管支に悪いことを知っている人は多いと思います。しかしタバコの害は、それだけではありません。やめたい人もそうでない人も、タバ コの害を知り、考え、行動してほしいと思います。

40種類以上も発がん物質が

 タバコの煙には約4千種類もの化学物質がふくまれ、有害と認定されているものは2百種類あります。そのうち40種類以上に発がん性があるといわれていま す。とくに健康に有害なのがタール、ニコチン、一酸化炭素、刺激物質と微細粒子です。
 タールには多くの発がん物質がふくまれています。付着したところから細胞内のDNA を傷つけ、がんを誘発します。喫煙者の発がんリスクは、非喫煙者の何倍にもなります。
 ニコチンは鼻や口の粘膜、肺や皮膚のどこからでも血中に入り数秒で全身に達します。母乳や胎児へも移行します。ニコチンの代謝は非常に早く、30分後には半減し、最終的には尿といっしょに排泄されます。
 ニコチンは副腎皮質を刺激してカテコールアミンという物質を分泌させて末梢血管を収縮させ、血圧上昇、心拍数の増加をもたらします。中枢神経にも作用 し、興奮作用だけでなく摂取後の時間の経過、体内濃度の変化によって鎮静作用ももたらすといわれています。
 タバコの煙には1~3%の一酸化炭素がふくまれていま す。一酸化炭素は、酸素を運ぶ血中のヘモグロビンに強く結びつき、酸素を運ぶ能力を低下させます。そのため喫煙は慢性的な酸素欠乏状態を生み、運動能力を 低下させます。このため、酸素の欠乏を補おうとして赤血球が増加し、血液をどろどろにします。さらには血小板の凝集作用を高めて、血栓症(血管が詰まる) を起こしやすくします。
 また、血管の壁を保護する血管内皮細胞を傷つけたり、余分なコレステロールを血管壁から取り除く働きを持つHDLコレステロール(善玉コレステロール) を低下させて、動脈硬化を進行させます。
 煙に含まれる微細粒子刺激物質は、ぜんそくや肺気腫などを起こす原因となります。タバコの煙は主流煙(人が吸って吐く煙)と副流煙(タバコから直接出る煙)に分けられますが、刺激物質などの有害物質は副流煙に多く含まれます。副流煙は強アルカリ性でもあり、粘膜への刺激が強いといわれています。

図1 非喫煙者(1.0)と比較した喫煙者の死亡率(男)
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図2 近年の喫煙者(1965~1996)
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日本たばこ産業(株)による調査より図出典:「禁煙DATE BOOK」1997
表1 禁煙とリスクの軽減、症状の改善
20分以内 血圧が正常に下がり始める。脈拍が正常になる。手や足の温度が正常に戻る
8時間以内 血液の一酸化炭素濃度が正常になる。血液の酸素濃度が正常に上がる
24時間以内 心臓病のリスクが減る
48時間以内 神経端末が再成長を始める。臭覚や味覚が改善する
48~72時間 ニコチンが体内から検出されなくなる
72時間 呼吸がラクになる
2~3週間 循環器機能が改善する。歩くのがラクになる。肺機能が30%よくなる。
1~9カ月 せきや、疲れやすさ、息切れが改善する。肺をきれいにして細菌感染が減る。全身のエネルギーレベルが上昇する
5年以内 肺がん死亡率が10万人当たり137人から72人へ低下する(10年では12人まで低下して、非喫煙者とほぼ同程度になる)
10年以内 前がん細胞が置き換えられる。口腔がんや喉頭がん、食道がん、膀胱がん、腎がん、すいがんなどの発生率が低下する
※ただし1本でも吸えば、すべてのよい効果はなくなります。
(アメリカ肺がん協会「New York Times,American Cancer Society.Reserched by N.Jane hunt」から抜粋)

死亡者は交通事故の10倍

 タバコの有害物質による健康への害は呼吸器、循環器、がんなど多岐にわたります。致死的な病気が多いことから、喫煙者の寿命が短いことは内外の研究でも 明らかです(図1)。日本の、喫煙が関連した病気による死亡者数は、年間10万人といわれています。これは日本の死亡数全体の10数%をしめ、交通事故死 の10倍、自殺者の3倍です。
 またタバコの有害物質は、老化と関連が深い動脈硬化、免疫力の低下、脳の萎縮、白内障、難聴、皮膚のしわ、体力の低下などをすすめます。喫煙は老化を早 める行為であるとも考えられるのです。

女性の喫煙、子どもにも害

 最近、若い女性の喫煙が増えています(図2)。女性の喫煙は肌荒れやしわなど、本人の老化を早めるだけでなく、次世代への影響が大きいことが問題です。 喫煙によって女性ホルモン分泌が抑制されるため、不妊となりやすいのです。母親が喫煙すると胎児の低酸素症も招くため、早産、低出生時体重、先天異常など が増えます。
 また、母親が喫煙する家庭で小児ぜんそくが明らかに増加します(図4)。次世代の健康を守るためにも、女性の喫煙の弊害について、もっと強調される必要がありそうです。

今からでも遅くない

 禁煙すれば危険が減ることは、多くの調査で証明されています。何年も喫煙しているから仕方がないとあきらめる必要はありません。禁煙後数年で肺がん発症 の危険は、喫煙者の半分になります。虚血性心疾患で死亡する危険は、一年以内に半減します(表1)。慢性気管支炎や、咳や痰などの症状は数日で改善するこ とが多いのです。

 その他、嗅覚や味覚、皮膚の色艶の改善なども禁煙後、比較的早くに認められるよい徴候です。身体症状の改 善だけではありません。タバコの補給の心配、喫煙場所の確保、金銭的負担などの問題が解決し、家族に「煙たがられる」こともなくなってストレスも軽くなり ます。何よりも、喫煙習慣からの解放感、健康感が大きいと思います。

やめられない原因は習慣

 喫煙者がタバコがやめられないのは喫煙が習慣となっているからですが、次の三つの要素が関係しているといわれています。
 (1)ニコチンが精神に及ぼす作用
 (2)ニコチンへのその人の感受性
 (3)喫煙に対する社会の評価
 この三つに個々人が持つ心理的な特性があわさり、喫煙へのかかわり方が決まります。禁煙にとりくむ場合も、喫煙が習慣化するこのメカニズムを理解しておくととりくみやすいと思います。
 ニコチンは交感神経や脳に働き、快感を引き起こします。ニコチンには不快な作用もありますが、快感を強く感じやすい人には喫煙をくり返させる力として作 用します。覚醒剤などと同様に「やめようと思ってもやめられない」依存状態をつくり出すといわれています。未成年者では、成人よりも短期間にこの依存状態 になりやすいことが知られています。
 こうした喫煙行動の初期には、「かっこいい」「大人になった気分」などの、喫煙に対する肯定的なイメージが重要な役割を果たします。イメージの形成に は、生育環境、タバコ広告、社会の喫煙に対する見方などが強く影響します。
 一方で、タバコによって病気になったり、身近な人や医療関係者からのひとことで喫煙に対するイメージがガラリと否定的に変わり、禁煙に踏み出す人が少な からずいます。人間の喫煙行動の複雑さを感じます。

禁煙支援プログラムとは

 今、禁煙支援プログラムは、人間の行動に働きかける従来の「行動療法」と、禁煙時のつらい離脱症状を軽減する最近の「ニコチン代替療法」を組みあわせて 行なわれるようになりました。この結果、禁煙方法の選択肢が広がり、禁煙のつらさが緩和され、禁煙のスタートが格段にしやすくなりました。
 最近の行動療法は、禁煙に至るまでのプロセスを「無関心期」「関心期」「準備期」「実行期」「維持期」の5段階に分け、それぞれの段階にあった働きかけを行ないます(表2)。

表2 行動療法の5つの段階と働きかけ
無関心期 問題点に気づいてもらう。
関心期 問題点に気づく。禁煙の動機を強化する。
準備期 自分の喫煙パターンを分析し対策をたてる。目標となる行動を決める。
実行期 禁煙スタート。環境・行動の変化と改善。ニコチンパッチ・ガムなどの薬剤併用
維持期 さらなる動機の確認。禁煙によるよい変化への気づき。環境・行動の変化を維持・強化する。

 食生活や飲酒などの行動は、一朝一夕には改善しません。禁煙も、1回の試みで生涯禁煙者になることはまれです。数年かけて平均3~4回禁煙にとりくみ、表2にある行動療法の段階を行きつ戻りつしながら、生涯禁煙の段階に至るのです。
 ニコチン代替療法は「実行期」の段階で用いられます。禁煙すると、イライラする、眠れない、無性にタバコが吸いたくなるなどのニコチン離脱症状が現れま す。これに対してニコチンを、ガムや皮膚に貼るパッチなどの薬剤として投与します。そして、症状を緩和しながら心理・行動的依存からまず抜け出し、次第に 薬剤を減量してニコチン依存からも抜け出すというものです。
 これらの禁煙支援プログラムは標準的に約2カ月かかりますが、終了時に60%以上の人が禁煙を達成し、後はその維持をはかってゆくことになります。まだ 医療保険が適応されていませんが多くの医療機関でとりくむようになってきています。インターネットなどでも調べられます。

「たばこ病」は国にも責任

 以上述べてきたように、タバコの健康への害はたいへん大きく、はっきりしています。にもかかわらず、いまだに国民に広く販売され続けているのは、とても 奇妙なことです。喫煙問題は、根本的には社会的な視点に立った解決が重要です。
 タバコ対策の先進国では、自動販売機の設置は禁止されています。タバコを買うときは身分証明書を提示する、公共の場所は禁煙、広告の規制、「マイルド」 など紛らわしい表記の禁止など、積極的な対策が打ち出されています。
 それに対してわが国では、タバコが安価(イギリスの約三分の一)で、自動販売機が約60万台もあり、未成年者も簡単にタバコを買えます。喫煙開始年齢の 低下が心配されているときに、このような環境を放置しているのは矛盾しています。
 若年からの喫煙は、肺がんや心筋梗塞の発生を増やすだけでなく、アルコールや覚醒剤の依存症への入り口にもなるとして問題になっています。健康増進法が 施行されたものの、レストランや公民館など公共空間での喫煙にもなお寛容さが残り、喫煙対策において先進諸国に遅れを取っている印象は否めません。
 タバコ販売によって、国は2兆数千億円の税収を得ています。一方、タバコは、医療費その他で3~5兆円と試算される社会への経済的負担をもたらしていま す。「タバコに手を出すな」という認識を社会の隅々に定着させることが必要です。
 現在、「たばこ病」に対する国の責任を問う裁判が争われています(注)。
 原告団は周囲の反対を押し切って喫煙を続け、「たばこ病」になってしまった自らの不明を恥じながらも、「自らの不明を恥じなければならない国民」があま りにも多すぎる、国のタバコ行政が無責任で、国民をタバコの害から守る責務をなおざりにしてきた不作為の責があるのではないかと問いかけています。国を挙 げてタバコの害について真剣に考え、総合的な対策を立てる時期に来ていると感じます。

注=たばこ病をなくす横浜裁判 「たばこ病」になった患者らが横浜地裁に提訴。原告団ホームページは
http://www13.plala.or.jp/tabakobyounin/

いつでも元気 2005.7 No.165

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