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2018年8月31日

特集 基地のある街 横須賀

文・写真 奥平亜希子(編集部)

横須賀港に停泊する海上自衛隊のイージス艦「きりしま」(左)と、ミサイル護衛艦「はたかぜ」。奥には横須賀の住宅街が

横須賀港に停泊する海上自衛隊のイージス艦「きりしま」(左)と、ミサイル護衛艦「はたかぜ」。奥には横須賀の住宅街が

 9月に第14回全日本民医連共同組織活動交流集会が行われる神奈川県は、沖縄県に次ぐ第2の基地県。キャンプ座間や厚木飛行場など多くの米軍基地、施設が存在します。
 米海軍と海上自衛隊の基地がある横須賀市では、2006年に米兵による強盗殺人事件が発生。殺害された佐藤好重さんの夫・山崎正則さん(70歳)は「基地の危険性」について語る活動をしています。

※共同組織活動交流集会2日目(9月10日)の「動く分科会」で横須賀・軍港めぐりを行います。

〝殺すこと〟特別ではない

 「『花火大会がよく見えて眺めもいいし、こんなところに一度は住みたい』と、マンションの購入を望んだのは好重でした」と、横須賀市内の自宅で語る山崎さん。2005年9月にこのマンションで暮らし始めましたが、好重さんは8月の「開国花火大会」を見ることなく亡くなりました。
 06年1月3日の早朝に起きた強盗殺人事件は、横須賀を母港としていた米海軍の空母「キティホーク」の乗組員リース(当時21歳)が起こしました。
 事件当日、朝5時半まで酒を飲んでいたリースは、出勤のため駅へ向かう好重さんに「ベース、ベース」と基地の場所を尋ねました。道を教えようとした好重さんに殴りかかり、好重さんが声も発しない状態にあるのを確認するまで約10分間にもわたり暴行。現金1万5000円を奪った後、近くのコンビニで血の付いた手を洗い、水とサンドウィッチを買って基地へ戻り、通常通り勤務しました。
 山崎さんは「ここに〝基地の危険性〟がある」と言います。「金を奪いたいだけなら盗れたはず。しかし、リースは殴られて動けなくなった好重にさらに暴力を振るい、素手で殺したのです。その後、何事もなかったかのようにコンビニに寄っている。普通の心理状態ならできないが、敵を殺すための訓練を重ねている兵士にとって殺人は特別なことではないんです」。
 通常、空母には5~6000人の乗組員がいます。その多くは25歳以下の若者たち。厳しい訓練や慣れない異国でのストレスを晴らすように、停泊中ははめを外す米兵も増えるそうです。

バスの運転手だった山崎さんと、バスを掃除する仕事をしていた好重さん。2人は「手続きが煩雑になるので、定年退職したら籍を入れよう」と約束していた(山崎さん提供)

バスの運転手だった山崎さんと、バスを掃除する仕事をしていた好重さん。2人は「手続きが煩雑になるので、定年退職したら籍を入れよう」と約束していた(山崎さん提供)

日米地位協定の壁

 リースは、1月7日に身柄が日本側へ引き渡され逮捕。6月に無期懲役刑の判決が出ました。しかし山崎さんは、「この事件はリース個人の問題ではない」と、日本政府も相手に民事損害賠償請求訴訟を起こしました。
 日米地位協定では、米兵が公務外で事件を起こした場合、アメリカ合衆国政府や日本政府が被害者に対し損害賠償責任を負う定めはなく、米兵個人の責任とされます。
 山崎さんとともに裁判をたたかった横浜合同法律事務所の中村晋輔弁護士は「何の罪もない日本人が米兵に殺されても、事件が〝公務外〟であるために、米軍を駐留させている日本政府が責任を取らない仕組みはおかしいという思いでたたかいました」と振り返ります。
 2009年、一審の横浜地裁は日本政府に対する請求を棄却しましたが、公務外の事件でも米軍上司らが米兵に対する監督責任を果たさないことが違法になりうるとの判断を示しました。
 リース個人には約6500万円の支払いを命じる判決が出ましたが、1円も支払われないまま6年が経過。15年6月に米側から示談の申し入れがありました。米側が横浜地裁の命じた賠償額の4割程度の見舞金を支払うにあたり、被害者が加害者を「永久に免責すること」という条件がつけられていました。
 米兵を免責することは納得できないと、防衛省を通じて交渉を続けましたが、示談書の内容が変更されることはありませんでした。事件発生から11年が過ぎた17年11月、山崎さんは苦渋の決断で示談を受け入れました。

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基地は誰を守るのか

 横須賀は江戸時代の末期、黒船の来襲に危機感を持った幕府が、東京湾の入り口に当たる横須賀に湾岸警備のための基地をつくり発展した〝軍都〟です。戦時中には日本海軍の司令部を置く人口43万の大都市になり、その基地は終戦後、米海軍と海上自衛隊の基地となりました。
 「米軍は日本を守るために横須賀にいると信じている人もいるけれど、それはあり得ない」と語るのは、神奈川県平和委員会の石澤偉男さん。
 「たとえ尖閣諸島問題で日本と中国が揉めたとしても、アメリカ国債を一番保有している中国に対し米軍が軍事介入することはない。北朝鮮も外国を攻める戦力がないことは日本の防衛省も認めています」。では、なぜ日本に多くの米軍基地があるのでしょうか?
 「アメリカは自国の政策のために、日本に基地を置いている」と石澤さん。「アメリカは軍需産業の国。戦争に関わるものをつくることで経済が成り立っている。だからこそ基地を置いて訓練をして、何かあれば派兵する。世界は紛争や戦争をやめようと言っているのに、アメリはやめない。自国の経済のためにはやめられないんです」と指摘します。
 「アメリカからアジア圏に船を進めるには片道10日もかかりますが、日本に基地を置くことで時間もコストも省ける。実際、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争時に日本から多くの戦闘機や貨物が出て行きました。しかも基地にかかる費用の多くは日本持ち。アジア圏を見張るために、都合がいいから日本に基地を置いているんです。『日本を守る』なんてのは口実に過ぎない」。
 最近になっても軍備拡大の傾向は止まらず、横須賀は2008年から米軍の世界で唯一の〝海外母港〟に。原子力空母も配備されました。

基地で〝町おこし〟

 横須賀市は米海軍のレシピでつくる「ネイビーバーガー」と「チーズケーキ」や、「よこすか海軍カレー」をアピール。海から基地を見学できる〝軍港めぐり〟も軍艦を間近で見られるとあって、観光の目玉になっています。船内では案内人が施設やそのとき帰港している軍艦を解説してくれますが、ここ数年で変化が…。
 数年前までは燃料貯蔵庫や弾薬庫の説明もしていましたが、最近は「あのエリアには何があるのか分かりません」という案内に変化。また、「今日来たみなさんは潜水艦3隻も見られてラッキーですね」「潜水艦は1隻500億円。ちょっと手が出ない…という方は潜水艦ボールペンはいかがですか。こちらは1本450円です」と、まるでテーマパークのようなアナウンス。目の前にあるのは本物の基地と軍艦ですが、その危険性には一切触れません。

「ある日ね、健診を受けているかと聞かれて『受けてない』と答えたら、すぐに衣笠診療所から電話がかかってきたんだよ。さすが民医連だね」。主治医の岡田哲郎医師と笑い合う山崎さん

「ある日ね、健診を受けているかと聞かれて『受けてない』と答えたら、すぐに衣笠診療所から電話がかかってきたんだよ。さすが民医連だね」。主治医の岡田哲郎医師と笑い合う山崎さん

生きている限り続ける

 山崎さんは裁判中の2008年から、神奈川民医連の平和学校の講師を務め、自身の経験を話しています。講座の最後には好重さんが殺害された事件現場を訪れます。「事件から12年が過ぎ、もうここが事件現場と知らない人も多いでしょう」と山崎さん。「生きている限りたたかうって決めているからね」と、今も語り続けています。
 今年1月には脳梗塞を患い、視野が欠ける後遺症が残りました。「体力的に大変なのでは」と聞くと「私の体は民医連が診てくれているから大丈夫! 健康でいないとね。まだまだこれからだよ」と力強く笑います。
 事件のあった1月と、8月の花火大会の日には、山崎さんを支援する会の人たちが自宅に集まり、ごはんを食べながら交流する時間をつくっています。「裁判のときだけじゃなく、こうしたつながりがあるの、嬉しいよね」。
好重さんが待ち望んでいた花火は、今年も8月4日に横須賀の街を照らしました。

いつでも元気 2018.9 No.323

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