MIN-IRENトピックス

2018年8月31日

ここに住み続けたい ダム予定地で暮らす13世帯

文・新井健治(編集部)
写真・野田雅也

13世帯が暮らす川棚町の川原地区

13世帯が暮らす川棚町の川原地区

 長崎県川棚町の石木ダム建設予定地で、「ここに住み続けたい」と13世帯が建設に反対している。半世紀以上も前のダム建設計画の根拠は既に薄れているが、長崎県と佐世保市は工事を強行。時代遅れの公共工事に大手企業や著名人も反対、長崎民医連の若手職員も支援する。山あいで肩を寄せ合うように暮らす住民を訪ねた。

たたかって半世紀

 大村湾から車で川棚川を遡り10分ほど、ダム建設予定地の川原地区に着いた。三方を山に囲まれた静かな集落に鳥の鳴き声がこだまする。
 「ほら、涼しい風が吹くでしょう。初夏にはホタルが舞い、秋にはおいしいお米がとれる。ご近所はみんな仲が良くて大きな家族のよう。ここに住み続けたい」と話すのは岩下すみ子さん(70)。
 佐世保市から24歳で川原地区に嫁いできた岩下さん。その半生はダム問題に翻弄され続けた。
 長崎県と佐世保市が、川棚川の支流「石木川」を堰き止めてダム建設を計画したのは1962年。住民の強い反対にもかかわらず、県と市は過大な水需要の予測と根拠の薄い治水対策を主張してダムを正当化。住民を個別に説得し、機動隊を導入して立ち入り調査を行うなど、あの手この手で水没予定地の住民を排除してきた。
 当初は地区全体で反対していたが、水没予定地に今残っているのは13世帯57人。住民の粘り強い反対でダム本体の建設には着工できていないが、3年前からダムを迂回する付け替え道路工事が本格化した。
 集落外に勤めに出ている3世帯を除く10世帯と支援者ら約30人が8年前から毎日、午前8時から午後6時まで、工事車両を入れさせまいと建設現場前に座り込む。「農作業や冠婚葬祭と両立してきた。8年はきつかよ」と岩下さん。
 以前は夜通し監視をしたり、重機の下に座り込んだことも。夜中の2時に大型ダンプの立ち入りを阻止したこともある。「私たちも歳をとってきた。無理をせず笑顔で」と語るのは松本順子さん(61)。
 座り込みの現場はまるで井戸端会議のよう。「誰が最初に白髪を染めるか」なんて話題も。長いたたかいを乗り切るユーモアがある。松本さんは「ここで、みんなに会えるのが楽しみ」と言う。
 川棚町役場の元職員、石丸勇さん(69)はこの地で生まれ育った。小学6年生の頃から、ダムの話が持ち上がっては住民の反対で沈静化したことを覚えている。
 「今考えれば、いったんは立ち消えしたかのように見せかけ、その裏で飲ませ食わせや脅し、さまざまな手法で住民を切り崩していた。必要のないダムの犠牲になるつもりはない。ダムは絶対にできない。ただ、それだけ」。

ダムに反対する住民。左端が岩下すみ子さん

ダムに反対する住民。左端が岩下すみ子さん

広がる支援の輪

 「ここに住み続けたい」と踏ん張る13世帯に全国的な支援が広がり始めた。音楽家の坂本龍一さんや歌手の加藤登紀子さんが現地を訪れて住民と交流。アウトドア用品の世界的ブランド「パタゴニア」の日本支社が支援。住民の日常を描いたドキュメンタリー映画「ほたるの川のまもりびと」(別項)の上映も始まった。
 座り込みには、近隣の住民も駆けつける。「こんなにきれいな集落をつぶすなんて許せない」と怒るのは、させぼ健康友の会の生月ヨリコさん。
 インターネットで全国に支援を呼びかけているのは、イラストレーターの石丸穂澄さん(35)。「ばかばかしいほど必要無いことが分かっているのに、なぜダムを造るのか。最後の1人になっても住み続けるとみんな思っていますよ」。
 石丸さんは体が弱く座り込みには参加できない。「自分にもできることを」と得意のイラストを活かし、ミニコミ誌「こうばる通信」や、ダム問題を解説したパンフレット「ダムのツボ」を発行。ほんわかしたイラストでバッジやポストカードを作成し活動資金にする。「多くの人にこの問題を知ってもらい、私たちが住み続けられる世論をつくりたい」と言う。
 「気が付けば、もう七十代。私の人生を返してという気持ち。子どもや孫にまで、こんな思いをさせたくないけん」と岩下さん。長年続いた座り込みで股関節を痛めた。薬を飲みながら、今日も現場へ通う。

石丸穂澄さん

石丸穂澄さん

石丸穂澄さんが作った缶バッジ 「石木川まもり隊」のホームページから購入できる

石丸穂澄さんが作った缶バッジ
「石木川まもり隊」のホームページから購入できる

声あげる若手職員

 6月25日、長崎市の繁華街で長崎民医連の若手職員ら4人が長崎県に石木ダムの公開討論会を求める署名を集めた。「#いしきをかえよう」の斬新な看板が注目を集め、通りかかった若者も次々と署名をする。
 健友会本部職員(看護学生担当)の原口菜々子さん(26)は「ハコモノのために自然も人もコミュニティーも壊される。大学でまちづくりを学んだものとして黙っていられなかった」と言う。
 原口さんらは2015年、長崎で安保法制に反対する若者の声を結集しようと「N-DOVE」(エヌダブ)を立ち上げた。安保法制の強行採決後、沖縄の辺野古新基地問題に取り組むなかで、地元で辺野古と同じ構図の石木ダム問題にも取り組み始めた。
 「ごく普通の住民が、理由のないダムのために50年間も日常を奪われている。辺野古と同じ民主主義の問題です」と原口さん。N-DOVEは署名を集めるほか、映画「ほたるの川のまもりびと」を普及したり、石木ダム問題に関する動画を作ってSNSで拡散している。

署名を集めるN-DOVE

署名を集めるN-DOVE

これは民主主義の問題

 上戸町病院(長崎市)看護師の赤島友美さん(48)は「民医連に勤めているので政治への関心はあったが、これまで意見を表明することに二の足を踏んでいた。若い世代が声をあげ、自分も一緒に行動したいと思った」と言う。
 「5歳の娘が大人になった時、どんな社会を残せるのか。空気や水のように普通にあった民主主義を壊されることを危惧している」と話すのは長崎健康友の会事務局長の國貞貴大さん(31)。
 友の会事務局の堀江純子さん(32)は「川原地区を訪れ、何かしたいといてもたってもいられなくなった。全国の皆さんにこの問題を知ってほしい」と語った。

 水没予定地に住む地権者ら109人が石木ダムの事業認定取り消しを求めた訴訟で、長崎地裁は7月9日、請求を棄却した。原告側は控訴する。

N―DOVE(エヌダブ) 
 NAGASAKI Democracy Opinion Voice Effortの略。ダブは鳩も意味する
 http://ndovepeace.wixsite.com/ndovepeace


石木ダム問題とは

 1962年に計画が浮上、75年に国が全体計画を認可した。ダム建設の目的は佐世保市の水道水の供給と川棚川の洪水対策。人口減で市の水需要は減り続けており渇水の心配はない。また、石木川は川棚川流域全体の11%しかなく、専門家は「洪水防止に役立たない」としている。
 ダムの総工費は538億円で県民と市民が負担。県は82年に機動隊140人を導入し立ち入り調査を強行。2013年に国が事業認定し、15年に地権者4戸の一部農地を強制収用した。地権者らは国の事業認定取り消しと工事差し止めの訴訟を起こしている。

詳しく知りたい人に

いしきをかえよう実行委員会
http://change-ishiki.jp
署名用紙が必要な人はホームページから
ダウンロード
またはパタゴニア福岡(電話092-738-2175)へ

石木川まもり隊
http://ishikigawa.jp
石木ダム問題を伝える「滴」を年に4~5回発行
購読料 年間1,000円(送料込み)
ご希望の方は松本さん(電話090-6171-5810)へ
michi30@hyper.ocn.ne.jp

映画「ほたるの川のまもりびと」

■監督 山田英治
■上映予定 
8月17日(金)~23日(木)長崎セントラル劇場(長崎市)
9/1(土)~9/14(金)上田映劇(長野県上田市)
ほか、全国順次公開
■問い合わせ ぶんぶんフィルムズ
mail:info@hotaruriver.net
TEL:03-6379-3938  
http://hotaruriver.net/

いつでも元気 2018.9 No.323

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