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2019年4月2日

保険証あっても受診できない 社会的に奪われた77人のいのち 2018年手遅れ死亡事例調査

 全日本民医連は3月6日、東京都内で記者会見を開き、「2018年経済的事由による手遅れ死亡事例調査」の結果を公表しました。経済的に困窮し、医療にかかれないまま亡くなった事例や、なんとか医療とつながってもすでに手遅れの状態で、短期間のうちに死亡した事例です。調査にかかわった全日本民医連理事の田村昭彦医師(九州社会医学研究所所長)は、「早期に受診し、治療を受けていれば、この先も元気に生存できたはずで、77人のいのちは、“社会的につくられた早すぎる死”だ」と告発しました。

 全日本民医連では2005年から、経済的事由による手遅れ死亡事例調査を実施してきました。18年(調査期間‥18年1月1日~12月31日)の報告は26県連から77事例。民医連に加盟する636事業所の患者、利用者が対象で、(1)国保税(料)、その他保険料滞納などにより、無保険もしくは資格証明書、短期保険証発行により病状が悪化し死亡に至ったと考えられる事例、(2)正規保険証を保持しながらも、経済的事由により受診が遅れ死亡に至ったと考えられる事例、です。
 全日本民医連の岸本啓介事務局長は、「この調査結果を社会に伝えることで、救えるいのちがたくさんある」と訴えました。

■国民皆保険が機能していない

 調査の概要について、全日本民医連事務局次長の山本淑子さんが報告しました。
 18年の特徴は、正規の保険証があったり生活保護を利用しながら手遅れになった事例(39件)が、短期保険証や資格証明書など、“無保険状態あるいは保険に制約がある”人の事例(38件)を上回ったことです。調査は13回目ですが、17年の調査から、正規保険証を持つ人と生活保護利用者が上回っています(図1)。
 男性77%、女性23%。60代が一番多く42%で、50~70代で約9割に上りました。半数以上の42件が独居で、そのうち21件が借家・アパート住まい。社会的孤立状態になりやすいことがわかります。10件は決まった住居がなく、温泉施設で10年寝泊まりしたのち、車上生活となった事例や、仕事で使うトラックで生活していた事例もありました。
 雇用形態では無職が36%、非正規雇用や収入が不安定な自営業を合わせると7割に(図2)。受診前の保険種別では、無保険が22例ともっとも多いですが、正規の国保証を持っていた人が20例と2番目に多くなっています(図3)。
 例えば、弟と二人暮らしだった50代の男性は、リーマンショックの頃に失業し、その後は派遣労働など非正規で働いていました。国保の正規保険証を所持。しかし、体調不良に気づきながらも、医療費が捻出できずに受診を先のばししていました。進行直腸がんの診断で受診翌日に入院。いったんは治療の効果が出たものの、4カ月後に亡くなりました。
 調査の結果について田村さんは、「調査開始当初は無保険状態の人が多かったが、近年、保険証があっても窓口一部負担の重さから医療にかかれない人が増えている。国保法44条にもとづく窓口負担減免の利用は皆無に近く、もはや国民皆保険は機能していない。この事態を考えないといけない時期だ」と指摘しました。
 外国人労働者や家族に障害を持つ人がいるなど、経済的困難に加え、複合的な困難を抱えている人に支援が届かず、社会的に孤立している実態も明らかになりました(図4)。(丸山聡子記者)

困難にともに向き合い無低診が救った 埼玉民医連

 無料低額診療事業(以下、無低診)が救ったいのちもあります。埼玉民医連では、無低診につながった事例集『いのちと向き合う私たち 無料低額診療事業からみえてきたこと』を発行します。

■困窮者の声を行政に

 埼玉民医連は県内すべての16事業所で無低診を実施しています。2017年からは、各事業所で事例の検討と対応、聞き取りシートなど帳票の整備と標準化を目的に、県連無低診の担当者会議を行っています。その中で「それぞれの事例にかかわった職員だけで終わらせるのではなく、幅広く共有できないか」という声があり、「可視化して、共有しよう」と事例集をつくることになりました。
 事例集には、15~17年に無低診を利用した116事例の分析、本人や家族から了承を得た14事例を掲載しています。生活状況、病状、経過とともにSDHの視点10項目も載せています。また、担当した職員の声も載せています。
 分析結果から、制度利用者は男性が7割で40~60代の働き盛りの人に多い傾向がわかりました(図5)。また、半数の人が国民健康保険に加入しているにもかかわらず、窓口一部負担金が払えず、国保の減免制度活用につながらない実態もありました。
 事例集の編集委員長を務めた埼玉民医連事務局次長の日野洋逸さんは、「作成の過程でも職員は成長した。何かのきっかけで生活が困窮し、医療介護につながらない。他の制度がうまく機能していない。申請主義やスティグマの壁。職員の危機感が、今回の事例集発行につながった」と話します。

潜在的な困窮を見逃さない おおみや診療所

 掲載される14事例のうち3事例はおおみや診療所からでした。
 Aさんは上司のパワハラが原因で離職。その後、日雇いの仕事をしながら仕事を探していました。生活費を補っていたカードローンもあり、貯金残高は数十円。
 右足が腫れて疼痛がひどく、歩行も困難になり、血痰も出たため生活保護を申請しに役所に行きました。しかし、持ち家(ローン残り2年)を理由に申請を拒まれ、自立支援センターから無低診の病院、診療所を紹介されました。
 来院した時のAさんはスーツ姿で、生活に困窮しているようには見えませんでした。しかし、話を聞くと無保険で医療にかかれず、食事もとれていないことがわかりました。診療所でフードバンクの食材を提供し、無低診を利用して治療を開始しました。
 3カ月後、体調が戻り仕事もみつかったため、無低診の利用は終了しました。隣接市から来院していたため近医をすすめましたが、当診療所にかかりたいと希望し、継続して受診をしています。
 一方で、無低診利用で治療を開始したものの、のちに死亡した事例もありました。
 Bさんは父親の介護で離職した後、復職できず困窮し、ライフラインも止められ、生活保護を申請しました。就労可能な年齢と持ち家があることから、自立支援センターを紹介されました。そこで腰痛を訴えると診療所の無低診を紹介され、受診しました。しかし、病状が悪化しており、生活保護を再申請し、民医連外の病院に転院。のちに関係者から、退院後は引きこもりがちで治療を中断、孤独死として発見されたと連絡を受けました。家族関係が希薄な事例も多く、支援につながった後のフォローも重要だと感じました。

■「聞き取りシート」を活用

 同診療所では、相談の電話があった時、誰でもすぐに相談にのれるように「聞き取りシート」を活用しています。「何回も電話をかけることはハードルが高い。最初の電話で情報をつかむようにしている」と事務長の原田芳子さんは言います。看護師とも連携して、問診に時間をかけています。「受付では言えないこともあると思う。気になることを看護師に伝えると気にかけてくれる」と事務の秦由香里さんは話します。「問診に時間をかけることで、信頼関係をつくり、患者さんも話しやすいのでは」と思っています。
 原田さんは「無低診の相談は多いけれど、生活に困窮している人は潜在的にいる。特に高齢者には自分たちがアプローチする必要がある」と今後の課題を話します。

*  *  *

 無低診は受療権保障のスタートラインのひとつにすぎません。「貧困と格差が急速に広がる現状で、社会保障制度が十分に機能していない。いのちに格差が生じないよう、無低診をもっと周知させる必要がある。事例集で可視化できたことや教訓を、行政や関係者と共有して社会保障制度の拡充につなげたい」と日野さんは言います。(代田夏未記者)

(民医連新聞 第1689号 2019年4月1日)

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