いつでも元気

2006年3月1日

元気スペシャル 地域医療に挑む青年医師 “糖尿病をなくしたい”と

北海道・上砂川診療所
所長 松浦武志さん

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「だいぶよくなったね」と語りかける松浦さん

 かつての炭鉱城下町にある北海道・上砂川診療所。〇四年四月に赴任した医師の松浦武志さん(30)は「地 域で糖尿病をなくすとりくみをしたい」と考えていました。さっそく学習会を開催。スタッフも力をあわせてとりくんだところ、患者さんの検査データが改善 し、大きな変化を生んでいます。

 「だいぶよくなったね。HbA1c(注)が九月は八・一%、一〇月は八・六%だったけど、六・三%に下がってるよ」
 診察室で松浦さんが笑顔で語りかけると、桒原留吉さん(78)もようやく「ホッとしたよ」。笑みがこぼれます。
 桒原さんは長年、あちこちの炭鉱で働きました。じん肺・振動病の労災外来に通っていますが、診療所スタッフが具体的に生活のようすを聞き取り、援助した ことで、糖尿病が改善してきた一人です。
 「間食はいけないっていわれたんだけど、間食なんてしてたかなあと思って。でも、よく考えると朝起きるとすぐお茶がほしくなって、そのときに、ついお菓子をつまんでたんだな」と桒原さん。
 昨年秋には妻もいっしょに診療所に来てもらい、食事について相談。いまでは味付けを薄くするなど、協力してもらっています。「診療所ではみんな一生懸命 してくれて、本当に助かるよ」と嬉しそう。

(注)HbA1c 血中ヘモグロビンのうち、ブドウ糖と結びついたヘモグロビンの割合のことで、過去1カ月間の血糖が高いほど高くなる。5.8%以下が正常、6.5%以上が糖尿病と診断される。

治療法が多彩だから面白い

 なくそうと挑戦したのが、なぜ糖尿病なのか。松浦さんはいいます。
 「医師になるときに地域医療をやろうと決めていました。地域医療に必要なことは慢性疾患の治療だと。なかでも糖尿病は心筋梗塞や脳梗塞の危険因子で、 『疑い』もあわせて日本に一六〇〇万人もいる。糖尿病を中心に、と思ったわけです」
 医療機関も少なく、内科といえば地域の人々はまず上砂川診療所にかかるというだけに、診療所の責任は重大。糖尿病が悪化して透析を導入する患者も多い地 域でした。「地域から病気を減らすには、病気にならないことが必要」という松浦さんは、「医師一人にできることは限られている。医師と同じ的確な目を持つ スタッフが必要だ」と訴え、看護師対象に学習会を何度も開きました。糖尿病の診断、病気がすすむ過程や原因、合併症など、「糖尿病に関するありとあらゆる こと」をとりあげました。
 「患者さんに生活習慣を変えてもらわなければ、糖尿病は治療できない。そこが面白い」ともいう松浦さん。慢性疾患は病状がすすまないと症状がないため、 「生活習慣を変えろ」というだけではなかなか変わりません。患者さんにパンフを渡して病気の説明をするという画一的な方法ではだめだ、生活のようすも聞き 出してその人にあった指導をできるようにしよう。「そのためには病気の知識だけではなく行動科学などの知識も必要」という松浦さんの熱意に看護師も応え、 学習会は夜九時まで続いたことも。
 昨年四月からは糖尿病の教育入院の患者さんの検査結果を看護師が読み、カンファレンス(症例検討会)で治療方針を発表。薬の処方も考えて、正しいと判断 すれば松浦さんが処方せんを書くなどして、看護師の力量向上をはかりました。
 その結果聞き取りの内容も「食べ過ぎた」などの抽象的なものから、「眼科を受診してはどうか」「水虫の状態はどうなっているか」など糖尿病の診断上重要 な、具体的な内容へ変わったといいます。
 昨年一〇月には、診療所から約四㌔を歩く「歩け歩け大会」を開催。同じく一一月には、町主催の糖尿病教室で松浦さんが講演し、看護師も診療所のとりくみの成果を発表しました。

検査データが劇的に変化

 とりくみの成果は、数字でもはっきり。診療所にかかっている患者さん五〇人のHbA1cの平均が、〇四年四月には平均七・九でしたが、〇五年八月には 七・一五に減り、六・九以下の患者さんの割合が約二〇%から四〇%以上へ増えました。
 「やればやるほど効果は出ると感じている」という松浦さん。「中には一〇近くあったHbA1cが、五・八にまで改善した人もいます。インスリンの量を減 らし、もしかしたらインスリンもやめられるかもしれないと話しています」
〇四年八月からは、看護師による糖尿病療養外来も始めました。「最初は一対一で患者さんと話さなくてはいけない、と自分の責任を感じた」という看護師の林 未来子さん(24)は、「どうやって療養外来をすすめたらいいか、カンファレンスで相談して、みんなですすめてきたことがよかった」と振り返ります。

看護師も学習重ね治療方針を考える

看護師が心電図の異常発見

糖尿病の学習に続き、心電図の学習もおこないました。すべての看護師が、命に関わるサインを見逃さないようにするためです。「胸が痛い」などの訴えがあれ ば看護師が心電図をとり、異常があれば外来が込んでいても、すぐ医師に報告できるようにしました。
 その結果、外来のなかから不安定狭心症の患者を看護師が発見。同じく入院患者から、看護師が心筋梗塞を発見しました。この患者さんは自覚症状がなかった といいます。二人は近隣病院へ転院となり、救命につながりました。
 さらに救急蘇生法についても学習会を開き、地域の病院の麻酔科医や救急救命士を招きました。看護主任の小林貴之さん(30)は、救急医学会認定のインス トラクター(指導員)の資格もとりました。
 「この診療所は救急蘇生をやるような医療機関ではない、だからといっていざというときに救急蘇生できないのでは困る」。地域の救急勉強会にも参加して刺 激を受け、「私だけが救急蘇生できればいいのではなく、ぜひ救急蘇生を広げる側になろうと思ったんです」。

これからも地域の健康を守って

 例えスタッフが変わっても医療の水準を落とさず、励まし合って学んでいこうというのが職員の共通の思いです。小林看護主任は「医療は年々進歩する。これからも学び続けたい」といいます。
 一二歳のころから砂川に住み、炭鉱労働者としても長く働いた元木勇さん(73)は、診療所の糖尿病改善のとりくみについてこう話します。
 「町の人口は四六〇〇人余り。そのうち一七〇〇人ほどが六五歳以上です。だからこそ糖尿病など慢性疾患を改善する地域医療が大事だと思う」。診療所に寄 せる思いを次のようにも語ってくれました。
 「昔、貧しい人たちにとって診療所は神様みたいな存在でね。今、町に住んでいる男性のほとんどは、炭鉱で働いていた人で、じん肺や振動病の人も多い。 年々体力が落ち、やがて在宅酸素のお世話になって死んでいく。そういう人たちのためにも、これからも貧しい人々、はたらく人々の健康を守ってほしい」

文・多田重正記者/写真・酒井猛

いつでも元気 2006.3 No.173

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