MIN-IRENトピックス

2019年6月7日

世界の子どもたち 
イラク 避難のさなか16歳で出産

安田菜津紀

生まれて間もない赤ちゃんとマルワさん。出産の疲れがありながら喜びに満ちていた

 イラク北部、クルド人自治区。この地域はIS(イスラム国)との戦闘が続く最中も比較的治安が安定していたため、安全を求めて多くの人々が国内外から身を寄せました。内戦が続く隣国シリアからも、国境を越えて大勢の市民が逃れ、今でも25万人以上が避難生活を送っています。
 クルド人自治区の中心地「アルビル」には難民キャンプのほか、家賃の安い住居を仮の住まいにする人々の姿があります。小さなアパートの一角で、息を潜めるように生活するマルワさん(16歳)もその一人。マルワさんの故郷は激戦に見舞われたシリア第二の都市アレッポでした。イラクへ逃れてきた時は、寝る場所もなく路上での生活が続いたそうです。
 その後、同じくシリアから逃れてきた男性とわずか15歳で結婚。私が出会ったのは、もうすぐ子どもが生まれるという時でした。難民となった家族の中には、娘が独身でいることで危険な目に遭うのではないかと心配したり、他家に嫁がせることで家計の負担を減らそうとして、早く結婚させるケースがあります。結婚が早くなれば学習の機会は失われ、仕事先もなかなか見つかりません。マルワさんの生活も厳しく、夫が辛うじて探してきた工場の仕事で日々をつないでいます。
 マルワさんのアパートに泊まらせてもらった翌朝、まだ太陽が昇らないうちのこと。「大変、生まれそう!」と、マルワさんはまだ薄暗い道をタクシーで病院に運ばれました。医師は若いマルワさんの体を心配しましたが、到着してから2時間後に元気な赤ちゃんが生まれました。
 親戚や友人は別の場所で避難生活を送っているため、すぐには手助けに来られません。それでもマルワさんは「この子にいつか、シリアの故郷を見せてあげたい」と、新たな夢を語ってくれました。
 その半年後、再び訪れたマルワさんの家には、すくすくと育つ元気な赤ちゃんの姿がありました。サラちゃんと名づけられ、マルワさんの妹たちも顔をほころばせながら代わる代わる面倒をみています。
 シリアの情勢はいまだ厳しく、国外に逃れた人々の帰還は進んでいません。新しく生まれた小さな命が、一日も早く平和な故郷に戻れる日を願いながら、そっとシャッターを切りました。

シリアの人々が暮らすアルビルの難民キャンプ。夏が近づくにつれ環境も過酷になる

シリアの人々が暮らすアルビルの難民キャンプ。夏が近づくにつれ環境も過酷になる


安田菜津紀(やすだ・なつき)
フォトジャーナリスト。1987年、神奈川県生まれ。上智大卒。東南アジア、中東、アフリカなどで貧困や難民問題などを取材。サンデーモーニング(TBS系)コメンテーター。著書・共著に『写真で伝える仕事~世界の子どもたちと向き合って』(日本写真企画)『しあわせの牛乳』(ポプラ社)など

いつでも元気 2019.6 No.332

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