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2019年9月30日

けんこう教室 
ワクチンで守るいのち

京都 吉祥院こども診療所所長 小児科医師 森山 愛子

京都
吉祥院こども診療所所長
小児科医師
森山 愛子

 ほんの数十年前まで、たくさんの幼い子どもがジフテリアや百日せき、ポリオといった感染症で命を落としていました。今の私たちにとっては想像し難いことですが、それはそんなに遠い昔の話ではありません。
 1950年頃まで日本国内には数万人のジフテリア患者がおり、その10%は死亡していました。現在ジフテリアの国内発生はありません。49年に始まったワクチンで守られているからです(ジフテリアワクチンは現在、生後3カ月で接種する四種混合ワクチンに含まれています)。
 乳児死亡率は、ここ60年余りで約20分の1に低下しました。その大きな原動力は保健行政、そしてワクチンでしょう。ワクチンは感染症の発症を防ぐだけではなく、一部のがんの発症をも予防できることが分かってきたのです。

乳児死亡率 出生数1000人当たりの生後1年未満の死亡数。1955年は39.8 人だったが、2017時点で1.9人まで減少した

ご存じですか「VPD」

 「VPD」(Vaccine Preventable Diseases)という言葉を聞いたことがありますか? 下の表でも分かる通り、VPDつまり「ワクチンで防げる病気」は現在、こんなにたくさんあります。
 10年ほど前まで、日本の予防接種制度は世界水準に比べてかなり遅れていました。それは「ワクチンギャップ」と呼ばれ、欧米先進国ではごく当たり前のワクチンが、日本国内では接種できませんでした。ヒブ髄膜炎などワクチンで防げるはずの病気に苦しむ子どももたくさんおり、小児科医にとってはもどかしい時代が長く続きました。
 しかし2013年にヒブと肺炎球菌のワクチンが定期接種化され、翌年の水痘、16年にはB型肝炎と、各種ワクチンの定期接種化が進み、日本の子どものワクチン環境はここ数年で急速に世界水準に近づいてきました。
 その結果、小児科外来で目にする病気は確実に減りつつあります。出生数が100万人を切る中で、大切な子どもをVPDから守ることは小児科医の重要な責務です。

生後2カ月で“デビュー”

 下の図でゼロ歳児の子どもの標準的な予防接種スケジュールを紹介しました。生後2カ月から満1歳までは、大切なワクチンが目白押し。しかし、自治体から届くのはBCGのお知らせ程度で、予防接種全体のスケジュールはなかなかつかめません。
 赤ちゃんのワクチンは種類も多いため、何をいつ接種すればよいのか分からずに悩む保護者もいます。ちょうどこの頃は哺乳量や体重、睡眠時間など、赤ちゃんの体調に関して心配事がたまる時期でもあり、新米パパ・ママは相談相手を求めています。
 生後1カ月くらいになったら、近くの信頼できる小児科に「2カ月になったらワクチンを始めたいのですが、どのように進めたらよいか教えてもらえませんか」と、相談してみましょう。小児科にとっても生後2カ月での“ワクチンデビュー”の対応は、保護者とのお付き合いを円滑にするうえで重要です。
 当院では2013年7月から、第一子のワクチンで初めて小児科を受診する保護者を対象に、「ワクチンデビューサポート外来」(通称“プレミアム外来”)を開設しています。
 通常のワクチン外来に比べてゆったりと時間をとり、ワクチンや育児に関するさまざまな質問に答えています。育児を始めたばかりの保護者にじっくり関わることは、その後の良好な関係はもちろん、ワクチンへの基本的な信頼感を培ううえで、とても良い結果をもたらしてくれます。

もし、忘れてしまったら

 もし、お勧めの接種時期に予防接種ができなかった場合、まずはかかりつけの小児科の先生に相談してみましょう。
 規定の接種期間を過ぎてしまった場合の“不足分補充接種”を「キャッチアップ接種」と呼びますが、月齢・年齢によって、ワクチンの種類や回数、接種スケジュールがかなり変わってきます。
 一例を挙げると、ヒブワクチンは5歳未満までは定期接種として接種が可能ですが、5歳以降は接種できません。一方、B型肝炎ワクチンの定期接種対象はゼロ歳児のみ。1歳以降の接種は任意接種扱いで自費です。
 費用がかかるとはいえ、B型肝炎ワクチンは赤ちゃんの長い人生を守るためのワクチンです。自費であっても規定回数を接種することをお勧めします。このほか、MR(麻しん、風しん)、おたふくかぜ、水痘なども、キャッチアップ接種をお勧めするワクチンです。
 予防接種のスケジュールを立てる際、柱となるのはこれまでの接種記録が記載された「母子手帳」です。小児科を受診する際には必ず持参してください。
 母子手帳には、接種日や接種回数、使用したワクチンの種類からロット番号まで詳細に記録されており、まさに予防接種の“履歴書”のようなもの。時々、母子手帳を見直してみるといいかもしれません。


ワクチンのある時代!

 ワクチンの効果があるほど、かつて人々を苦しめた病気は姿を消し、日に日に遠い存在になっていきます。私たち小児科医も例外ではなく、そのほとんどがジフテリア患者もポリオ患者も診たことがありません。おそらく若い先生たちは、麻しん(はしか)ですら診たこともないでしょう。
 たとえその病気を教科書でしか知らなかったとしても、ワクチンの大切さを語り伝えていくことは小児科医の大切な仕事で、大変やりがいのあることです。
 子どもを守るワクチンがある。全ての子どもがワクチンを接種することができる。未来を担う子どもが元気に育ってくれる!私も3人の子を持つ母ですが、「ワクチンのある時代に生まれてよかった」と、今あらためて思うのです。


細菌性髄膜炎とワクチン

 ヒブワクチンと小児肺炎球菌ワクチンは、「細菌性髄膜炎」を予防するワクチンです。この2つは2013年4月に定期接種化されました。
 かつて多くの日本の子どもの命を奪い、重度の後遺症を残す原因となった細菌性髄膜炎は、定期接種化から6年余りで激減しました。
 定期接種化の実現は、日本の小児科医療関係者の積年の願いでした。武内一医師※と「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」の地道な活動が実を結んだものです。

武内一医師 耳原鳳クリニック(大阪民医連)小児科医師、佛教大学教授。子育て世代実情調査も実施(本誌5月号掲載)

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