いつでも元気

2006年7月1日

特集1 病院から患者23万人追い出し 政府が療養病床大削減

厚生省 2月に突然、方針打ち出す

  「社会的入院の解消」を名目に、政府が病院の療養病床(ベッド)削減を打ち出し、大問題になっています。削減数は何と二三万床。昨年末に政府・与党が出し た医療制度改革大綱にはなく、突然、今年二月に厚労省が打ち出した方針です。医療型(医療保険適用の療養病床)二五万床を一五万床にし、介護型(介護保険 適用の療養病床)一三万床を全廃するといいます。「介護難民を二三万人生む」といわれるこの問題で、東京民医連・みさと協立病院(埼玉県三郷市)を取材し ました。

医療型25万床  15万床

介護型13万床 全廃

 

「入院の必要ない」と決めつけるが…
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お具合はどうですか? と看護長といっしょに回診する生田さん(写真・五味明憲)

 「どう、具合は? まだ痛みますか?」やさしく患者さんに声をかけるのは、副院長の生田利夫さんです。
 みさと協立病院のベッド数は全部で一八〇床。そのうち、療養病床は医療型が一〇〇床、介護型が二〇床あります。
 「実際に患者さんを見てもらえば、本当に厚労省のいう社会的入院ばかりなのか、医療の必要性のない人たちなのかわかってもらえるでしょう」と療養病床を 案内し、一人ひとりの患者について家族背景もふくめ、説明してくれました。

手足動かず、食事もとれず

 Aさん、六四歳・男性。脳梗塞の後遺症で、手足はいずれも動きません。要介護度は5(全介助)。胃ろう (お腹に穴を開けて胃へ管を通したもの。そこから栄養剤を入れる)をつくっています。意識障害があり、はっきりと病状を訴えることができません。身体障害 者一級で医療型に入院しています。今年四月から施行された自立支援法のため、医療費の負担は無料から一割負担になってしまいました。
 妻は働いて家計を支えています。妻自身も通院が必要ですが、通う余裕がなく、介護まで手がまわらないといいます。
 「療養病床に入院しているのは、大半は脳梗塞などで手足が動かなくなり、食事もできなくなって胃ろうをつくった、重度の意識障害の方たちです」と生田さ んはいいます。こんな大変な人を、どうやって在宅で抱えろというのか。社会的入院だ、「医療の必要はない」と決めつけて、追い出すのが正しいことなのか。 何ともいえない怒りがこみ上げてきます。
 ほかにも手も足も拘縮(堅くなって曲がってしまうこと)してしまい、日中・深夜問わず大声で叫ぶ女性(七二歳、医療型に入院)、Aさんと同様、脳梗塞後 遺症で、手足が動かず胃ろうをつくっている女性(八三歳、介護型に入院)など、数十人の患者を一人ひとり見て回りました。
 胃ろうをつくった患者さんでも、皮膚のトラブルや栄養剤の逆流、下痢などが発生しがちです。年に何回か心不全をおこす患者、誤嚥性肺炎(飲み込みがうま くできないため、食べ物が食道ではなく気管支に入って起こる肺炎)をくりかえす患者もいます。施設は見つからない、家にも帰せない現実に「こういう人たち をいますぐ在宅に帰せると思いますか?」と生田さんは問いかけます。

朝令暮改の政府・厚労省

 そもそも療養病床は、長期入院のための病床といわれていますが、実際には厚労省が医療費の削減・抑制をねらって導入したものです。療養病床は病状が安定した人を入院させることになっているため定額制で、大半の検査や処置は、おこなっても保険からの支払いは増えません。
 すでに度重なる診療報酬(医療保険から医療機関への支払い)の抑制・削減で、厳しい経営を余儀なくされていた医療機関が少なくありませんでした。そこへ 厚労省が「一般病床よりも少ない医師・看護師で、療養病床は運営できる」と誘導。全国の病院に一般病床にするか、療養病床にするかの選択をせまり、二〇〇 三年八月までに届け出るように義務づけたのです。
 一般病床にくらべ療養病床は在院日数の制限が厳しくないことも、療養病床への転換をすすめました。二〇〇三年当時、一般病床は平均在院日数が二一日以内 などの制限があり、それをこえるとその病院が持つ一般病床全体の入院基本料のランクが引き下げられ、保険からの支払いが減るしくみになっていました(二〇 〇六年度からは、一番厳しい「7対1入院基本料」で一九日以内)。一般病床を維持するためには在院日数をできるだけ短くすることが強いられるわけです。
 その一方でさまざまな事情で退院は当分ムリだという患者もいます。こうした患者の長期療養を支えようと病院が療養病床を選択したという側面もありました。
 療養病床は一般病床にくらべ、一床あたりの面積や廊下などの基準が広く設定されたため、資金を借り入れて増築や改築をした病院が大半です。にもかかわら ず、政策的に誘導しつくらせておいて数年後にはなくせというのですから、「朝令暮改」という言葉がピッタリです。

診療報酬が半額近くに

 療養病床を廃止・削減する手法もきわめて露骨。病院の経営を追いつめることで、病床をつぶすのです。その道具が今年七月から導入される「医療区分」です。
 医療区分とは、患者さんの「医療の必要性」を評価するもので、医療型に導入されます。「医療の必要性」が高いものから医療区分3、2、1(次ページ表 1)。さらにADL区分(介護の必要性が高い順に3、2、1)でも評価し、その人の一日あたりの入院料が決まります(次ページ表2)。医療区分1になると 医療区分2・3にくらべて病院に入る入院料が、半額近くに減るのです。
 療養病床でもっとも多いのは、「胃ろうがあり手足が動かない、重度の意識障害がある」患者ですが、この人たちはほとんど医療区分1にされます。胃ろうや 肢体不自由・意識障害の大半は、医療区分では評価されないからです。

経営を追いつめ、病床つぶす

 みさと協立病院では、医療区分1が療養病床全体の六割以上になると見ています。従来通りに医療をおこなえば、医療型(一〇〇床)は七月以降、月あたり一九〇〇万円(二八%)の減収になります。
このようなしくみが原因で隣保院附属病院(北海道根室市)は今年三月、「展望がなくなった」と閉鎖。市で唯一、療養病床を持つ病院でした(前号既報)。

施設に転換しろというが

 一方、介護型の入院料は医療型よりも高い点数にとどめることで、厚労省は医療型を介護型に切り替えるようにし向けています(表3)。医療区分1に多い肢体不自由の患者は要介護度が高いため、介護型の方が入院料が高くなるのです。
 ただし厚労省の資料「療養病床に係わる診療報酬・介護報酬の見直しについて」(平成一八年四月)では「平成二四年三月三一日限りで、介護療養型医療施設 に対する介護保険からの給付を廃止する」と記されています。最終的に厚労省は、療養病床を老健や特養老人ホームなどの施設に転換せよと指導しています。
 しかし、厚労省自身が各自治体につくらせた介護保険事業計画(二〇〇六~〇八年度)で、すでに老健や特養老人ホームなどの枠がいっぱいになっている自治体も多いのです。
 厚労省は施設や在宅介護の充実をさぼり、そのツケも、病院から患者が追い出されたり病院がつぶれたりする形で国民におしつけようというわけです。

矛盾だらけの医療区分

毎日暴力をふるうかチェック?

 経営を守るには医療区分1の人を病院外に出し、医療区分2・3の人を増やせばよい。そうすれば従来の入院料が維持できるというのが厚労省の主張です(表4)。しかし、ここにも矛盾が潜んでいます。
 「医療区分2に、『暴行が毎日見られる状態』というのがあるでしょう? でも、毎日暴行ふるうのを誰がチェックするんですか」と生田さん。医療区分の評 価は、毎日おこない、書面で患者・家族に手渡すことまで義務づけられます。暴力があればその日は医療区分2、なければその日は医療区分1になります。医療 区分2にするには、職員が毎日暴力を受けるよう努力しろとでもいうのでしょうか。奇妙な制度です。
 ほかにも医療区分2に「喀痰吸引(痰をのどから管で吸い出す)」があります。しかしこれは一日八回以上の場合のみ。七回以下だと医療区分1です。
 さらに「せん妄の兆候」は、医療区分2になるのは七日までで、八日目からは医療区分1になります。厚労省は一週間でせん妄がなくなると考えているのでしょうか。
 さらに医療区分2・3のなかには、レスピレーター(人工呼吸器)や、ドレーン(膿や体の中に貯まった水などを外に出す管)を使っている人までふくまれています。
 「療養病床は一般病床より体制が薄くていいよ、でも医療の必要な人をどんどん受け入れてくれというわけですから、あまりにも矛盾しています。こういった 人を診るのなら、きちんとした医療体制が必要でしょう」と事務長の乾招雄さん。
 「厚労省が例示しているような患者さんは、医療体制の厚い一般病床で診なければいけない人です。新たに療養病床に入院させられるはずがない」と生田さんも口をそろえます。

「家で死ね」という厚労省

 なぜここまで矛盾した制度が持ち込まれようとしているのか。そこには「病院から患者を追い出せば医療費は 削減できるはずだ」という、医療費削減一辺倒の厚労省の戦略があります。端的に示されているのが、終末期医療です。厚労省の医療課長は昨年、「終末期の適 切な評価」とは何かと聞かれて、こう説明しています。
 「家で死ねっていうこと。とにかく家で死にやすいようにしてあげようと。グループホームでもケアハウスでも有料老人ホームでも、住民票を移してそこにい ればもう家とみなす。グループホームの往診は制限されているが、これもおこなっていい。その代わりそこで死んでということ。病院に連れてくるなと」
 さらに厚労省は「療養病床に関する説明会」(四月一三日)で、「老人医療費無料化(一九七三年)が、社会的入院を招いた」とする記事を資料として紹介し ています。介護基盤などを十分築いてこなかった国の責任を棚上げし、日本の医療保険制度の特長とされてきた、誰もが安心してかかれるしくみそのものに攻撃 の矛先を向けているのです。
 さらに同じ資料には日本経営団体連合会(日本経団連)・奥田碩会長(当時)名の「療養病床再編についての緊急要請」(二〇〇六年二月六日)が紹介されて います。療養病床削減が、医療保険や介護保険にお金を出したくないという、財界の意向を受けての「改革」だということは明白です。
 生田さんは、「終末期をどうするのか、どう迎えるのかは考えていかなければならない問題です。しかし療養病床を『社会的入院だ』といって、医療費の面か らだけ見て切り捨てるのは、乱暴すぎます」と憤りを隠せません。「ほとんどいじめですよ」

民医連外でも怒りの声広がる

 いま全国で、厚労省の「朝令暮改」に、怒りの声がわきおこっています。全日本民医連は三月、全国の九〇〇 〇の病院に、療養病床の大幅削減に反対する団体署名への協力を封書で要請。今日までに各都道府県の民医連に寄せられたものをふくめると、およそ四〇〇の病 院から、賛同の声がよせられています(表5)。「削るべきはもっと他の分野だ」「療養病床をつくれといったのは政府だ」「療養病床でしか受けいれられない 患者をどうするのか」と怒り心頭。要請に賛同してくれた病院を県民医連がたずね、いっしょにシンポジウムを開いたところも生まれています(石川)。
 全日本民医連はことし三月に開かれた第三七回定期総会で、療養病床削減などの政策に断固としてたたかう方針をかかげました。総会では、「これだけ大きな 困難は、連帯と運動で乗り越えるしかない」と確認しあいました。
 生田さんは、穏やかな口調で、しかし怒りをこめて毅然と決意を語りました。
 「療養病床の実態を多くの患者さん、国民のみなさんに知ってほしい。医療区分1といわれる人たちの実態を見て、この人たちを療養病床以外で本当にささえ ていけるのかどうかを考えてほしいと思います。あまりにも乱暴な制度改悪をやめさせる運動をつくっていきたいと思います」

文 ・ 多田重正記者

※7対1 日中・深夜まで平均して、患者7人に対し看護職員1人が実際に配置されていること。従来の表記になおすと「1・4対1」(患者1・4人に対し1人の看護職員が雇用されていること)

表1 医療区分(2006年7月~)

医療区分3

【疾患・状態】
●スモン ●医師及び看護師による24時間体制での監視・管理を要する状態
【医療処置】
●中心静脈栄養 ●24時間持続点滴 ●レスピレーター使用
●ドレーン法・胸腹腔洗浄 ●発熱を伴う場合の気管切開、気管内挿管のケア
●酸素療法 ●感染隔離室におけるケア

医療区分2

【疾患・状態】
●筋ジストロフィー ●多発性硬化症 ●筋萎縮性側索硬化症
●パーキンソン病関連疾患 ●その他神経難病(スモンを除く)
●神経難病以外の難病 ●脊髄損傷 ●肺気腫・慢性閉塞性肺疾患(COPD)
●疼痛コントロールが必要な悪性腫瘍 ●肺炎・尿路感染症 ●創感染(手術跡の感染)
●脱水・リハビリテーションが必要な疾患が発症してから30日以内
●体内出血 ●頻回の嘔吐 ●褥瘡 ●うっ血性潰瘍 ●せん妄の兆候
●うつ状態 ●暴行が毎日みられる状態
【医療処置】
●透析 ●発熱又は嘔吐を伴う場合の経管栄養 ●喀痰吸引
●気管切開 ・気管内挿管のケア ●血糖チェック ●皮膚の潰瘍のケア
●手術創のケア ●創傷処置 ●足のケア

医療区分1 医療区分2・3に該当しない者

*上記「疾患・状態」及び「医療処置」には、それぞれ詳細な定義があり、これに該当する場合に限り、医療区分2又は3に該当することとなります。

 

表2 2006年7月からの療養病棟入院基本料 1点=10円

  医療区分1 医療区分2 医療区分3
ADL区分3 885点 1,344点 1,740点
ADL区分2 764点 1,344点 1,740点
ADL区分1 764点 1,220点 1,740点

表3 介護報酬 1単位=10円

看護職員6:1/介護職員4:1、多床室の場合
  2006年3月まで 2006年4月から
要介護度5 1,342単位 1,322単位
要介護度4 1,251単位 1,231単位
要介護度3 1,150単位 1,130単位
要介護度2 912単位 892単位
要介護度1 802単位 782単位

 

表4 病院療養病棟の医療費(7月1日~)富山県保険医協会作成

※その他の費用は、現行の食事療養費、指導料、入院基本料に含まれない検査・処置・リハビリなど。

現行の医療型療養病床の月あたりの医療費は約49万円(厚生労働省資料)

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表5 全日本民医連が提起した療養病床削減反対の団体署名に寄せられた賛同の声(抜粋)

◇国のやっていることは思いつき、行き当たりばったりだ。一般病床から資金をかけて転換し、戻さない念書も取っているので詐欺的で、犯罪行為に等しい。(秋田)

◇削るべきはもっと別の分野であろう。国のために働いて、今不自由になったからといって野に放つのは政策でも何でもない。(栃木)

◇療養病床は最近、政府の政策として制定されたばかりであり、朝令暮改もはなはだしく、これに振り回された患者および病院は大変困惑しています。(東京)

◇安定はしていても常に医療を必要としている人は大勢います。老健を併設していますが、老健には移せず、家に帰ることができない患者のため、赤字を覚悟で診療をつづけるつもりです。病床は満床で減少はできません。(山梨)

◇本来なら療養病床協会がとりくむべきことを民医連でやっていただいてありがたい。ぜひ、賛同を広げていただきたい。(石川)

◇一般病床(急性期)より送られてくる患者の病状が安定していない場合が多く、療養病床でしか受けられないが、これを国はどう判断するのか。(鳥取)

◇療養病床をもった病院は今後どうしたらよいのか考えが出ません。(熊本)

いつでも元気 2006.7 No.177

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