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2020年4月30日

あすをつむぐ看護

文・武田力(編集部) 写真・酒井猛

雪の中を“気になる患者さん”のお宅へ向かう吉田恵美看護師

雪の中を“気になる患者さん”のお宅へ向かう吉田恵美看護師

 「右に見えるのが風蓮湖です。タンチョウやオオワシの棲息地なんですよ」。
 車のハンドルを握る吉田恵美看護師に教えられて視線を外へ向けると、真っ白に凍った湖の上でカメラを構える人たちの姿が飛び込んできた。暖冬とはいえ2月の朝の気温は零度を下回り、吐く息が白い。
 9時半に道東勤医協ねむろ医院(北海道根室市)を出発して向かった先は別当賀という地域。ねむろ医院がある市街地から車で約30分と離れているが、2016年5月から隔月で職員が医療懇談会を開いている。この日は看護師になって15年目の吉田さんの担当だった。
 少し上り坂になった山道を抜けて到着した会場は、20年前に閉校した小学校を改装した公民館。別当賀は30世帯ほどの小さな集落で、3分の1は高齢者のひとり暮らしだという。ねむろ医院が「ひとり暮らしの高齢者訪問」に取り組む中で、高齢化率が特に高い地域として浮かび上がり、市の保健師と交替で医療懇談会を開くことになった。
 会場に入ると、テーブルには菓子パンやみかん、手作りの漬け物が並び、5人の参加者が迎えてくれた。吉田さんが一人ひとりの体調を聴きながら血圧を測ったあと、和やかな雰囲気のまま医療懇談会が始まる。この日のテーマは「笑いの効用」。
 「ひとり暮らしだと笑うことないね」「テレビがよっぽど面白かった時くらい」と言う女性たちに、吉田さんは「うそっこ笑いでも脳は勘違いして、身体に良い効果があるんですよ。みなさんできるだけ笑いましょうね」と応じた。

大きな薪ストーブを囲んで

 「みなさん今日はよそ行きでしたね。普段はもっとにぎやかで、話が前に進まないくらい」と振り返る吉田さん。何度か通ううちに親しく話せるようになったり、ねむろ医院を受診した際に外来で声をかけてくれたり、地域の人との距離が近づいたと感じる瞬間がたまらなく嬉しいのだと語る。
 医療懇談会の帰りに寄った奥山ヒサさん(85歳)のお宅には、居間に大きな薪ストーブが鎮座していた。二人は昨年の畑の出来を話題にひとしきり盛り上がり、体調や通院について相談。記者がねむろ医院の印象を聞くと、奥山さんは「看護師さんがみんな優しい。優しくないのは吉田さんだけ」と笑った。
 吉田さんは「奥山さんは本当に働き者で、数年前まで山菜採りや薪拾いに山に入っていたんですよ。心臓に持病があるので、あまり無理してほしくないのですが」と話す。
 次に訪れた島安子さん(90歳)のお宅では、吉田さんとのツーショット写真を見せてもらった。島さんの庭に咲いている花がきれいだったので、その写真といっしょに吉田さんが贈ったのだという。島さんは「(写真を)枕元に飾って、朝と晩にあいさつしているよ。吉田さんが笑い返してくれるような気がしてね」と笑顔を見せた。

何でも話してもらえるように

 吉田さんが看護師を目指したきっかけは高校生の時。父親が心筋梗塞で倒れて6カ月入院した。お見舞いに行くと、いつも看護師たちが優しく声をかけてくれた。気管挿管が必要な状態から奇跡的に快復した父親は、娘に「看護師になれ」と勧めた。
 「よくしてもらったという思いがあったのでしょう。私のほうもたまには父親の言うことを聞いておくかって。親孝行できていなかったから…」。思春期の只中で、父親が倒れる直前の数日間は口をきいていなかったのだと教えてくれた。
 道内の看護学校で学び、地元の町立病院で働いたあと民医連へ。地域に出かけて患者さんの生活背景まで知ろうとする民医連での仕事は「自分に合っている」と語る。
 「吉田さんは患者さんの生活背景をよく把握しているので、介入が必要なタイミングも分かって助かる」と話すのは、ねむろ医院の橋本真弓看護長。
 「彼女が持っている患者さんの情報は、ほかの病院から来た看護師が『家族かと思った』と驚くほど。患者さんとの距離を近づける訪問活動の楽しさや、やりがいを後輩に伝える役割も果たしてくれている」と信頼を寄せる。
 「この患者さんが自分の家族だったらどう思うかなって。困りごとは解決したいし、何でも話してもらえるようにするにはどうしたらいいか、いつも考えています」と吉田さん。
 雪解けを待つ北海道。“家族”という言葉の響きが、こちらの心まで温かくした。

※取材は2月12日です

いつでも元気 2020.5 No.343

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