いつでも元気

2006年9月1日

特集1 介護保険改悪 自立しろっていうけれどベッドがないと起きられない!

  二〇〇六年度介護保険法「改正」で、福祉用具を取り上げる「貸しはがし」が始まっています。九月末までに、なんと電動ベッド二七万台、車いす一一万台。対 象は「軽度」(要支援1・2、要介護1)と認定された人です。「これがなかったら生活していけない」という不安と怒りが、わき起こっています。

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取り上げられると思うと、毎日不安でたまらない」と話す田面木さん。怒りを隠せない

電動ベッド27万台 車いす11万台取り上げ

 「一人暮らしなのに、ベッドなしでどうしろっていうんだ!」と語るのは、東京都大田区に住む田面木重次郎さん(52)。三年前に脳出血で倒れ、左半身が不自由になりました。要介護1で、介護保険で電動ベッドを借りています。

 一人では寝返りも打てません。身体を起こすには電動ベッドが必要ですが、身体を起こしてからも一苦労。右腕で手すりにつかまって身体の方向を変え、リモコンでベッドの高さを調整して足の裏をきちんと畳につけて、ようやく立ち上がることができます。

 「ベッドは俺にとって欠かせないもんだよ」と田面木さん。「介護保険の『改正』というけど、俺には(何が『改正』なのか)よくわからないな」と怒り心頭。

 「ベッドがあるから生活できるし、次の一歩が踏み出せる。ベッドは生活の起点だよ」

 同じく大田区に住む野本英男さん(84)も介護保険で電動ベッドを借りている一人(要介護1)。妻のヤス さん(83)と二人暮らしです。英男さんは昨年、脳梗塞で歩行困難に。現在、ベッドの利用料は月一七〇〇円(一割負担)ですが、もし介護保険がはずされた ら、買うか、全額自己負担(月一万七〇〇〇円)で借りるしかありません。「私たちはベッドがないと起きられない。トイレにいくのだってやっとなのに」とヤ スさん。

 ヤスさんも要介護1で何年も前から膝を悪くし、自分で電動ベッドを買い、使ってきました。しかし高さが調整できず、立ち上がるときに足の裏が畳にしっかりつかないため、不自由を感じています。

税金も保険料も上がったのに

■控除にモレはありませんか? 医療費・社会保険料・障害者・配偶者控除など、もれはないか、住民税の納税通知書を見てみましょう。
 障害者手帳がなくても市区町村で「障害者控除対象者」と認定されれば、障害者控除は受けられます。「障害者控除対象者」の認定を受けたいと、高齢者福祉 課などに問い合わせを。控除額は26万円(重い場合は30万円)です。

 「もしベッドを買うとしたら、いくらで売ってくれるの?」とヤスさん。ヘルパーステーションすずらん平和島(大田区)のケアマネジャー、小林豊子さんが「中古でも十数万はかかる」と答えると、「そんなに高いの?」と驚きます。「どうやってお金払えっていうの?」

 野本さん夫婦は、ヤスさんの厚生年金で生活しています。英男さんは大工をしていましたが、年金の掛け金が わずかに足りなかったため無年金です。ところが介護保険料は七月から急激に上がってしまいました。年収は増えていないのに「非課税」世帯から「課税」世帯 になってしまったためです。ヤスさんの介護保険料は月二九二五円(第3段階)から四八七五円に(第5段階)。英男さんも本人の収入はありませんが「課税」 世帯のため、月一九五〇円(第2段階)から月三九〇〇円(第4段階)になってしまいました。

 「課税」世帯にされた背景には、〇五年から実施された税制改悪があります。公的年金等控除の縮小(一四〇 万→一二〇万円)や、老年者控除(五〇万円)の廃止などのため、収入は増えていないのに課税所得は増えてしまったのです。税金はとられ、介護保険料は上が る。しかも介護サービスは遠のいていくのです。

 二〇〇〇年の介護保険導入時、厚労省は「自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」との理念を掲げたのではなかったのでしょうか。

福祉用具あってこそ「介護予防」

「使用が想定しにくい」?

 「軽度」の人たちから電動ベッド・車いすなどをとりあげるのはなぜか。厚労省の言い分は「使用が想定しにくいから」という一方的なものです。

 今回の介護保険法「改正」の目玉は「介護予防」でした。「家事援助のホームヘルプサービスが、利用者の自 立を妨げている」。だから「自分でできることは自分でやって、自立に向けてがんばれ」というのです。予防のためといって、「軽度」の人たちの介護サービス を制限。福祉用具の取り上げも、この流れにそっています。

 しかしケアマネジャーの小林さんは、厚労省の掲げる「介護予防」に強い疑問を持っています。

 「七〇歳や八〇歳をこえた高齢者に、自立に向けて筋力トレーニングをしろといっても限界があります。それ に福祉用具の取り上げもおかしい。電動ベッドを使うことで起きあがれるから、一人でも生活できるし、トイレに行けるんです。これこそ『自立』じゃないです か」と訴えます。

 「電動ベッドじゃなくてただのベッドだったり、高さも調整できないベッドだったら、ムリをして転倒し、骨折する可能性もあります。骨折したら寝たきりになるかもしれません。電動ベッドで骨折を予防する。これは立派な『介護予防』だと思います」

レンタル業者収入三割減

 レンタル業者から見ても、福祉用具の取り上げは深刻です。介護ショップらくだ(大田区)では、三月までは およそ一〇〇〇万円あった収入が毎月五〇万円ずつ減り続けています。「一〇月には七〇〇万円まで減るでしょう」と話すのは、同ショップの小川一八さんで す。減収はそのまま福祉用具取り上げの分だと話します。

 小川さんは福祉用具がレンタルであることの重要性を強調します。理由は、メンテナンス(整備)です。

 「電動ベッドを貸し出すにしても、私たちはきちんとメンテナンスをして貸し出します。ベッドのマットレス は一年に一回は消毒します。モーターも点検したり、交換します。もし電動ベッドを利用者が買ったらどうなるでしょう。モーターは一本二~三万円はします。 故障しても買えない利用者も多いでしょう。車いすだって、パンクしたらどうします? 誰が修理するんですか?」

 レンタルにはもう一つ、メリットがあると小川さん。身体の機能を最大限に生かすためには、福祉用具が本人の身体の状態にあうよう調整することが大切です。レンタルだとそれが柔軟にできるということです。

“利用者を見て、声を聞いて”

努力が報われる社会を

 福祉用具のレンタル事業は、介護保険財政の二・五%ほど。今回福祉用具が取り上げられる中心となっている要介護1の人たちは、一%にもなりません。

 「そんなところを削ってどうするのか」

 福祉用具取り上げはもちろん、ケアマネジャー一人が受け持つ人数を制限したり、「予防」と称してサービスを制限するなど、国の財政負担をムリに削ろうとする介護保険改悪そのものとしっかりたたかう必要があると小川さんはいいます。

 前出の田面木さんは次のように話してくれました。

 「どこでも寝られるじゃないか、起きあがるのは簡単じゃないかって健康な人はいう。でも電動ベッドがなくなったら、これから先、俺はどうなる? 制度を変えるときには、利用している人をきちんと見て、実際に声を聞いてほしい」

 倒れた直後は要介護3だった田面木さんは、がんばった結果、要介護1にまで回復したのです。「左手も使えるようになって、もう一度ラーメン屋ができたら」というのが田面木さんの夢です。

 自立に向けてがんばってきたのに、「軽度」になったからといって、まだ必要なベッドを取り上げる。こんなおかしな話はありません。努力する人を蹴落とす社会を、許してはなりません。

文・多田重正記者/写真・酒井猛

いつでも元気 2006.9 No.179

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