いつでも元気

2006年9月1日

中南米の白内障患者を 10年間で600万人無料で治療

キューバとベネズエラの壮大な「奇跡計画」

新藤通弘
ラテンアメリカ現代史研究家

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白内障手術の現場=キューバ「グランマ」紙電子版から
術式はBlumenthalまたはFacoemulsification

 アメリカの弱肉強食型の外交に対抗して、自主的で対等平等なラテンアメリカの共同をつくろうという動きが顕著である。その中心にいるのがベネズエラのチャベス政権。選挙で国民の圧倒的支持を得て、民主的な改革を次々と進めている。

 保健・医療を貧しい庶民に届けるという医療改革「居住区の中へ」計画(05年5月号掲載)に続き、まさに驚くべき「奇跡計画」が、キューバとの協力で始まっている。

すでに50万人近くが回復

 「奇跡計画」は、二〇一六年までに、ラテンアメリカ・カリブ海地域の、すべての白内障患者の視力を取り戻そうという壮大な計画だ。毎年六〇万人ずつ一〇年間、計六〇〇万人を治療する。

 患者の負担はない。手術はキューバでおこない、医療費はキューバが負担。渡航費用と二~三週間にわたる食費・宿泊費一切はベネズエラ政府が負担する。

 白内障手術は、日本と同じく濁った水晶体を取り除き眼内レンズを入れる最新技術で、治療費は両眼で四〇万 円程度かかる。ベネズエラ国民の平均賃金は、約五万四〇〇〇円だから、自分で払うとなると月収の七カ月分以上となる。一般の国民はほとんど治療を受けるこ とができなかった。

 治療は〇四年七月からベネズエラ国民を対象として始まり、ことし六月末までの二年間で、一九万三〇〇〇人 がキューバで治療を受け、視力を回復している。治療は白内障だけに留まらない。患者に付き添ってきた市民一五万人も診察を受け、三万九〇〇〇人が歯科診療 を受けている。これらの費用もすべて無料だ。

 一口に両国政府の負担といっても、これだけの患者数になれば、その費用は少なくない。ベネズエラ国内の移動費、ベネズエラ~キューバの往復航空運賃と、キューバでの生活費。これだけで、軽く五〇〇億円を超える。キューバ側の負担も治療費だけで八〇〇億円を超える。

 さらに〇五年一〇月からは、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、パナマ、 ハイチ、ジャマイカ、ドミニカ共和国、コロンビア、ボリビア、ペルー、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチンなど、中南米のほとんどの国から三〇万人が手 術を受け、視力を回復しているのだ。

識字運動とも結びつけて

 「奇跡計画」という名は、患者が視力を回復して愛する家族の顔や街の風景を見、映画も新聞も見ることがで きるようになるのは、素晴らしい奇跡のようだと名づけられたものだが、このようなことが実現できるとは、医療改悪や負担増に悩まされる私たち日本人から見 ても、まさに「奇跡」のように思える。

 しかし要は、どの分野の予算を優先させるかという政府の姿勢であろう。キューバには、医療サービスの輸出を拡大する好機という考えもある。

 奇跡計画は、識字運動とも結びつけて推進されている。昨年一〇月に開催された第一五回イベロアメリカ首脳 会議では、二〇〇八~一五年の間にイベロアメリカ地域(スペイン・ポルトガルの旧植民地)を「非識字者一掃の地」とすると決議した。人道の面でも、中南米 の自主的統合は着実に進んでいるといえる。

 現在、ベネズエラで進んでいる社会変革は「ボリーバル革命」と呼ばれている。スペイン植民地からラテンアメリカを解放した「独立の父」シモン・ボリーバルの名をつけ、圧倒的多数の国民の健康と生活水準の向上をめざしていて、奇跡計画も、この戦略のなかでとりくまれた。

 迅速かつ効果的で安い経費で、これまで手術を受けられなかった患者の視力を回復する。そして社会生活に復帰させ、自立をはかる。それが持続的な社会発展にもつながると考えているのだ。受診を申請する際に政治的信条は問われない。

外交でアメリカと火花散らし

 奇跡計画の土台には、米州ボリーバル統合対案(ALBA)がある。米国主導の米州自由貿易圏(FTAA)構想の対案として、チャベス大統領が提案。〇五年四月に、ALBAにもとづく多面的な経済・社会協力協定を、キューバと結んだ。

 両国は、アメリカ主導のFTAAは新自由主義をいっそう推進し、中南米諸国民の従属を強めるものだという立場を鮮明にして、「自主的で対等平等の、真にラテンアメリカ国民の利益になる統合を。多くの国民が政治に参加して国の発展を可能にする統合を」と訴えた。

 奇跡計画の裏では、どんなラテンアメリカを目指すのか、外交面で主導権を争うたたかいが火花を散らしているのだ。

 〇五年八月、奇跡計画は、アメリカの干渉と戦ったニカラグアの英雄アウグスト・セサル・サンディーノ(一 八九五~一九三四)の名前をとって、「サンディーノの約束」として、カストロ・チャベス両首脳によって世界に公約として発表された。以来、前述のように中 南米各国から三〇万人が治療にきている。

 ことし五月、奇跡計画にリビアが加わり、アフリカ諸国も対象とすることが決まった。ベネズエラとリビアが渡航経費を負担し、キューバが治療費を負担する。

 アメリカは危機感を募らせ、チャベスの政策を「新しい大衆迎合主義」だと非難し、「ALBAは反民主主義的だ」と決めつけている。どちらが民主的か、どちらに未来があるか、判断するのは、私たち自身だろう。

筆者の近著に『革命のベネズエラ紀行』(新日本出版、一四〇〇円+税)があります。

いつでも元気 2006.9 No.179

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