MIN-IRENトピックス

2021年1月19日

新型コロナウイルスが浮き彫りにした健康格差と社会的処方の可能性 第5回J―HPHカンファレンス2020

 民医連の事業所も参加する日本HPHネットワーク(J―HPH)は昨年11~12月にかけて、「第5回J―HPHカンファレンス2020」をWEB開催しました。のべ5639人が視聴しました。

企画1 「COVID―19と健康格差 ~最新の研究からの知見~」

 京都大学大学院教授の近藤尚己さんの講演の概要を紹介します。

 新型コロナウイルス感染症は社会にも影響を与えています。外出しない、人に会わない、働き方の変化など社会構造の変化に伴い、健康格差が広がりました。新型コロナウイルスに感染していなくても間接的な影響が出ています。
 日本では、テレワークの導入や仕事量の増加の一方、非正規労働者の解雇や収入減などにより健康格差が生じています。失業者の5割がメンタル不安を抱えている結果もわかりました(図1)。
 この健康格差にどう対策をしたら良いでしょうか。世界保健機関(WHO)はコロナ時代の健康づくりとして3つの推奨事項をあげています。
 1つ目は生活環境の改善。運動できる環境を準備しつつ日常をとり戻すために、社会保障をコロナ時代に合うものに改革する必要があります。2つ目は連携。良い環境をつくれる組織と連携し、健康づくりを行うこと、困っている人を見つけて支援することも大切です。3つ目は見える化。困っている人を可視化し、その人に届けられるサービスをつくりましょう。

企画2 事例交流「COVID―19流行時に経験したSDHの課題を抱える事例と支援」

 大阪・耳原総合病院医師の大矢亮さんが「COVID―19に関する事例紹介」を、NPO法人SEINコミュニティLABの宝楽陸寛所長が「中間支援組織と地域支援の視点」を報告しました。
 大矢さんは行政、保育園、医療機関が見守りをしていた母子家庭の子どもが、感染拡大で登園しなくなり、見守りも途絶え半年後に体重が減少していたなど、コロナ禍での困難事例を紹介。「これまでギリギリ生活できていた層が倒れ、もともとあった問題が一気に顕在化した」と分析しました。
 宝楽さんが代表を務めるNPOは地域のコミュニティーや行政をつなぎ、まちづくりをすすめていましたが、「コロナ禍で日常的な交流が絶たれ、NPOの資金も人手も不足している問題が現れた」と言います。
 2人は質疑を交えて討論し、「地域に医療以外の問題にとりくむ仲間がいるとわかったので、関係を広げたい」「NPOから見た医療現場は、敷居が高いのも事実。共通の問題を見つけて日常的にどうつながるかが課題」などの意見を交わしました。

企画3 「経済的な困難患者への支援」

 東京大学大学院医学系研究所の西岡大輔さんは「医療機関で用いる患者の生活困窮評価尺度の開発」について報告。貧困は健康の社会的決定要因の重要な一つだとし、「経済的困窮だけでなく、声を上げられない、自分はダメだと思い込まされるなど社会的に排除された状態」と指摘しました。
 西岡さんは、患者の困窮を把握するために経済的困窮、社会的孤立の評価尺度を開発。臨床現場で活用できるように開発した簡易尺度を紹介しました(図2)。
 J―HPHコーディネーターで福岡医療団医師の舟越光彦さんはJ―HPHの「医療・介護スタッフのための経済的支援ツール」と「症例事例集」を紹介しました。冒頭で「貧困は治療すべき病態」と強調。千鳥橋病院では、経済的困難を訴えた患者86人のうち、具体的に援助できなかったのは5人にとどまり、もっとも活用されたのは無料低額診療事業でした。
 困窮状態の把握から具体的支援につなげるため、2017年の5病院・診療所の調査をもとに支援ツールと事例集を作成したことを紹介し、活用を呼びかけました。

企画4 「地域での対策」

 近藤尚己さんが再登場し、「COVID―19蔓延(まんえん)期における社会的処方の可能性」について報告しました。治療した人を病気にした環境に戻さないためのとりくみが「社会的処方」です。孤立を防ぐ居場所づくり、高齢者の交流の場の設置で要介護認定率が減少、などのとりくみを紹介しました。
 しかし、これらはCOVID―19で困難になり、失業や教育格差の拡大、孤立などがすすんでいます。対応として、社会保障制度の改革やオンライン健康相談、「誰の健康がどう脅かされているか」の見える化などをあげ、「医療機関だから知り得ることをデータにして公表する」ことを呼びかけました。
 東京・代々木病院事務長の澤田和恵さんは、以前事務長を務めたおおくぼ戸山診療所(新宿区)のとりくみを報告しました。患者は隣接する歌舞伎町で働く人や外国人が多く、4世帯に1世帯が高齢の独居の団地がある地域です。
 澤田さんは、「大都会の真ん中でひっそり暮らす人のいのち(人生)の分かれ道は、誰かが気づくこと」と語り、“チーム新宿”のとりくみを紹介。「コロナ前から、行政や制度から閉め出される人がいた。コロナ禍でさらに進行している。人権のアンテナを立て、必要な医療と介護の継続をこつこつとやること」を強調しました。

特別企画 「コロナ禍における健康格差とのたたかい:パンデミックのプライマリケア最前線で得た教訓」

ギャリー・ブロックさん(カナダ・トロント 聖ミカエル病院家庭医)

 COVID―19の感染拡大は、健康格差と社会的な不公正を浮き彫りにしました。トロントで家計所得別に罹患(りかん)率を比べてみると、最高所得層の罹患率7%に対し、最低所得層は27%と4倍近く(図3)。10万人あたりのCOVID―19による入院は、最高所得は18人で、最低所得は45人にのぼりました。ホームレス状態の人の中での発生率は7・1%で、ホームレス状態でない人(0・6%)の10倍以上でした。
 スペインでは、医療従事者の感染者のうち、男性は24・5%、女性は75・5%でした。世界的パンデミックが起こると、女性の仕事は男性の仕事より被害を受けやすいことが明らかになっています。
 聖ミカエル病院では、20年3月にSDH COVID―19作業グループを結成。健康の公正性の視点を診療や研究に反映すること、広く地域社会と連携すること、連絡調整などを目標としました。パンデミックのもと、資源の大半が感染予防と制御に充当される、意思決定過程が旧型の構造に逆戻り、医療従事者の疲弊とストレス、などが課題です。7月末までに2300件の電話相談を行い、失業や住まいの喪失、メンタルヘルス、高齢者への支援などを行い、COVID―19社会的支援ガイドを作成しました(図4)。
 シェルターが過密状態でソーシャルディスタンスに対応できない、所得などの適切な支援がない、さまざまな障壁で関連ケアにアクセスできないなど、ホームレス状態に置かれている人たちへのパンデミック対策の制度や計画がなかったり不十分であることが明らかになりました。行政や支援・医療機関が連携し、院外での検査(6000件以上実施)やホームレス専用ホテルの確保(1100人利用)などを行いました。
 ホームレス、過密な住宅で暮らす家庭、低賃金労働者、非正規労働者、健康保険未加入者、人種差別を受けた人など、構造的な障壁に直面した人、社会的疎外を経験した人たちの声を、全ての医療計画やパンデミックからの復旧計画づくりの中心に据えましょう。全ての政策づくりに健康の公正性の視点を持つことが大事です。

(民医連新聞 第1729号 2021年1月18日)

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