MIN-IRENトピックス

2021年1月29日

知られざる軍事大国化(上)

片岡伸行(記者)

 多くの人は日本が平和国家だと思っている。
 「戦争の放棄と戦力の不保持」を掲げた憲法9条があるからだ。
 確かにこの75年間は戦争をしていないが、日本の軍事大国化は着々と進んでいる。
 知られざる実態を2回に分けて紹介する。まずは軍事研究から。

 昨年10月、日本学術会議が推薦した105人の学者のうち、菅義偉首相が6人の任命を拒否したことが明らかになった。菅首相は「総合的、俯瞰的な観点から」と訳の分からない説明をし、「105人の推薦リストを見ていない」と答弁した。
 これは「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」と定めた日本学術会議法7条2項違反である。しかし国会で、再三にわたり任命拒否の理由を問われても答弁を拒否した。
 首相の法律違反が問われる一方で、政府と自民党は日本学術会議のあり方を検証する作業を始めた。任命拒否とは全く別問題で論点のすり替えだ。しかし実は、この「あり方の検証」と政権側の狙いはつながっている。背景にあるのは“軍事研究”だ。
 日本学術会議は、科学者が戦争に協力した戦時中の反省から平和を志向して1949年に発足。翌50年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明」をし、67年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を出した。さらに、2017年3月に「軍事的安全保障研究に関する声明」を出し、過去の声明を「継承する」と宣言した。
 今回、任命を拒否された6人の学者は「秘密保護法」(13年12月成立)や「安全保障関連法」(15年9月)、「共謀罪法」(17年6月)に反対する立場で、日本が戦争をする国になることにNOを突きつけてきた。
 こうした学術会議のあり方を変え、軍事研究推進のための学術会議にしたい、少なくとも軍事研究を否定しない組織に変えたいというのが菅政権の真の狙い。任命拒否の理由を言えないのは、憲法で保障された学問の自由や法の下の平等、思想・良心の自由を踏みにじることになるからだ。
 では、たとえ法律違反を問われても推進したい軍事研究の現状はどうなっているのか。

軍事研究に26大学が参加 

 安全保障関連法成立の直後、2015年10月に防衛省の外局として「防衛装備庁」が設置された。同庁は軍事目的に利用できる先進的な民生技術研究を公募する「安全保障技術研究推進制度」を15年度から始め、採択された研究に潤沢な資金を提供している。
 にあるように、初年度の予算こそ3億円だったが、17年度からいきなり100億円を超え、以後も100億円前後の予算がつけられている。この研究資金に群がるように、全国の大学や理化学研究所などの公的機関、三菱重工などの軍需企業や富士通、東レ、パナソニックなどの一般企業、大学と一体になったベンチャー企業などの応募が相次ぐ。
 今年度は過去最高の120件の応募があり、そのうち大学2件、公的研究機関10件、企業9件の計21件が採択された。初年度からの通算では95件の研究が採択され、計416億円が注ぎ込まれている。採択された研究のうち大学は計17件、研究分担を含めると延べ26大学が軍事研究に参加している。
 ただ、大学に限ってみると17年度以降は応募・採択数ともに減少傾向。前述した日本学術会議の声明が大きな“壁”として立ちはだかっている。「科学は平和のために、人殺しの道具に科学者の良心を売るな」といったメッセージが歯止めになっているようだ。
 しかし、19年12月には国立大学協会の永田恭介会長が学長を務める筑波大学が「本学は軍事研究を行わない」とする基本方針(18年12月)に反して、この安全保障技術研究推進制度に応募・採択され問題になった。

マッハ5超の音速飛行体 

 大学で進められている軍事研究の具体例を一つ紹介しよう。
 2017年度に採択された「極超音速飛行に向けた流体・燃焼の基盤的研究」は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)によるものだが、分担研究機関となっているのが岡山大学と東海大学。“超”の上に“極”が付く音速飛行とは、マッハ5以上で飛ぶ飛行体のことだ。
 マッハ1が時速約1234kmなのでマッハ5は時速6170km。1時間足らずで日本列島を往復する。極超音速飛行体の“研究”とは言うが、要は高性能の“ミサイル”開発だ。
 日本は現在、マッハ2~3で射程距離が100~200km程度の「迎撃ミサイル」を保有している。あくまで“迎撃”、いわゆる飛んできたミサイルを撃ち落とすための兵器で、この射程距離では北朝鮮にも届かない。
 ただし、ロシアや中国はすでにマッハ6以上の極超音速ミサイルを保有・配備し、北朝鮮も不規則な軌道のミサイルを開発中とされる。迎撃は困難だ。ではなぜ「マッハ5以上の極超音速飛行体」を作るのか。
 16年に発足した「軍学共同反対連絡会」の小寺隆幸事務局長(元京都橘大学教授)によれば、それは「攻撃型」の長距離巡航ミサイルの開発を意味する。菅政権が検討している「敵基地攻撃能力の保有」のためだという。
 敵基地攻撃能力には、まだ攻撃されていないのに「恐れがある」段階で、他国の基地に攻撃を加える先制攻撃が含まれる。日本は憲法9条があるため、「専守防衛」を基本原則としてきた。敵基地攻撃能力の保有は憲法違反となるだけでなく、自衛戦争に数々の制限を加えた国連憲章51条違反となる可能性もある。
 多くの憲法学者はこの敵基地攻撃能力について「憲法と国際法に二重に違反する」と指摘し、さまざまな団体が反対の声を上げている。にもかかわらず、菅政権は敵基地攻撃のできる軍事研究を推進する方針だ。そして軍事大国化にまっしぐらなのは、軍事研究だけではない。(次号に続く)

※大規模研究(S)と小規模研究(A・C)の研究区分があり、Sタイプは1件あたりの研究費が5年間で最大20億円。Aは3900万円/年、Cは1300万円/年
※大学は6年間で17大学が採択された。これとは別に企業などとの分担研究機関として2017年度は5大学、18年度は3大学、19年度は1大学が参加しており、研究分担を含めると延べ26大学が軍事研究に参加している
(防衛装備庁のデータから筆者作成)

いつでも元気 2021.2 No.351

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