いつでも元気

2007年2月1日

特集2 てんかんを治す 脳の情報伝達システムの異常

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辻 正保
愛知・協立総合病院てんかんセンター
(精神科部長)

 てんかんの患者は、人口の0・5%~1%いるといわ れ、全国で約100万人の患者がいて、決して珍しくない病気です。「治らない病気」「発作がいつ起こるかわからない」など、てんかんに対する偏見も依然強 くありますが、てんかんの約70%は、薬で完全にコントロールできます。また、発作だけでなく精神症状もともなうことがあり、精神面も含めた包括的な治療 が必要となります。
 発病は小児に多いのですが(図1)、老年期にも多くみられます。

特発性と症候性の2種

 脳は膨大な数の神経細胞がつながり、情報伝達システムをつくっています。この情報伝達システムの一部が過剰に働いて興奮状態となり、脳波の異常が起きるのがてんかんの発作で、慢性の神経疾患です。原因別に、特発性てんかんと症候性てんかんがあります。
 特発性てんかんは脳神経細胞の病気や脳の奇形などがないてんかんで、遺伝的な要因がからんでいるとみられています。大部分は小児のときに発病し、治るか薬でコントロールできます。
 一方、症候性てんかんは、大脳の奇形や発達異常、周産期での脳障害、脳腫瘍、頭部外傷、脳血管障害、感染症などが原因です。老年期のてんかんでは脳血管 の障害によるものが多くみられます(老年期のてんかんの65%)。一般に症候性てんかんは特発性てんかんに比べて治りがよくありません。

図1 てんかんの年齢と頻度(人口1万人中)
(兼子 直『てんかん教室』から)

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発作にもいろいろある

 てんかん発作というと、けいれんを起こしてガクガク震えることを想像する人が多いでしょう。しかし、それだけがてんかん発作ではありません。おおまかに、全般発作、部分発作に分けられます。
 全般発作は、発作のはじまりから、左右両側の脳全体に異常な脳波があらわれる発作です。典型的なものが全身けいれん発作(強直間代発作)で、けいれんとともに全身がこわばって意識を失います。
 これ以外にも、学童期に多く発症する欠神発作(数十秒間意識がなくなるだけでけいれんなどはない)、一瞬筋肉がピクピクするだけのミオクロニー発作も全般発作になります。
 これらに対し部分発作は、異常脳波が脳の一部分から発生します。意識を失うかどうかで、単純部分発作と複雑部分発作とに分けられます。
 単純部分発作は意識が保たれる発作で、症状は発作が始まる脳の部位がつかさどる機能を反映します。運動発作(四肢など身体の一部のけいれん)、感覚発作、自律神経発作などがあります。
 複雑部分発作は意識を失う発作で、数十秒間、体を動かさなくなりどこかをぼーっと見つめる無動凝視、舌なめずりをしたり、無目的に四肢を動かす自動症な どで、大脳の側頭葉に発作の原因があるときに多くみられます。
 これらの部分発作が脳の全体へ広がって、強直間代発作へすすむ場合もあります。

研究は進歩し、新薬も

 てんかん学は進歩し、とくにてんかん発症のメカニズムの研究がすすんでいます。例 えば一部のてんかんは、神経細胞のイオンチャンネルの異常によるチャンネル病﨟と考えられるようになってきました。イオンチャンネルとは神経細胞の細胞 膜にあるスイッチのようなもので、やなど特定のイオンだけを細胞内にとりこみ神経細胞をコントロールするものです。
 そしててんかんの診断も、脳波・ビデオ同時記録により発作を正確に把握することをはじめとした、さまざまな検査が進歩しています。
 さらにてんかんの遺伝的原因の研究も、近年急速にすすんでいます。家族性の特発てんかんの発生に綿密に関係している遺伝子とその異常が、次第に明らかになっています。
 新しい抗てんかん薬もでてきています。最近10年間に使用可能になった薬は3つで、ピラセタムとクロバザム、そして昨年9月に発売されたガバペンチンです。

図2 脳波: 欠伸発作時
脳全体に大きな波(3-3.5Hzの棘徐波結合)が持続的に出現

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脳波をキャッチ、ビデオも

 脳波の検査は、脳が働く際に生まれる脳の電気活動をとらえる、もっとも重要な検査 です。てんかん発作時の脳波がキャッチでき(図2)、発作がはじまる脳の部位もつかめます。とくに脳波をとりながら、同時に患者さんの発作のようすをビデ オに撮るという同時記録は、発作を正確に把握する上で重要です。
 CTは、X線を使って人体の断面を撮影する検査です。この検査によって、てんかんの原因となる脳の病気をとらえる能力が向上しました。
 MRIは電磁波を使って断面を撮影する検査で、CTではとらえられない変化(内側側頭葉硬化や皮質形成異常、海綿状血管腫など)もみつけることができます。
 微量の放射線を発する物質を体内に入れて、外へ出る放射線を撮影する検査もあります(PET、SPECTなど)。脳の各部分の生理状態や代謝のようすが 外からわかり、てんかんがどこから始まるのかなどを調べることができます(図3)。
 ほかに、脳波のようすを空間的にとらえる脳磁図などがあります。

図3
SPECT(ECD)水平断 前頭葉てんかん
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 発作間のないとき、(矢印)の部分は色が薄く血液が十分流れていないことがわかる。同部分がてんかんの起点と考えられる

治療は薬が基本

 脳の神経細胞は、シナプス(ギリシャ語で「つなぎめ」という意味)という結合部分でつながっています。神経細胞から神経細胞へ情報を伝える役割がありますが、てんかん発作ではこのシナプスの情報伝達に異常が起きていると考えられ、少なくとも次の3つが関係しています。
 (1)情報伝達物質であるグルタミン酸などが異常に増え、神経の興奮状態を招く。または何らかの原因で異常な神経回路が形成される。
 (2)神経の興奮などを鎮める物質であるGABAなどが低下したりする。
 (3)やなどのイオンチャンネルの障害により、神経細胞の過剰な興奮が起きる。
 このような障害の結果、脳波の電気活動の異常=脳波の異常が発生します。
 抗てんかん薬は、これらに作用して、てんかん発作を抑制するものと考えられています。(1)に対してフェニトインなど、(2)に対してフェノバール、ベ ンゾジアゼピン、バルプロ酸など、(3)のに対してフェニトイン、カルバマゼピン、バルプロ酸など、に対してエソサクシマイド、バルプロ酸などです。
 てんかんの治療は薬物治療が原則です。発作の状況を詳しくつかみ、正確な診断をして、適切な薬剤を使うことが重要です。一般的には、てんかんの原因や症 状などにより、第1選択薬(まずはじめに選択すべき薬)が決まっていて、第1選択薬のみを使うことが推奨されています。第1選択薬だけでは発作が抑えられ ない場合に別の薬剤を追加し、効果があれば、効果がなかった第1選択薬を減らしたり中止します。それでもうまく発作がコントロールできない場合は、2剤を 併用します。
 具体的には、すべての全般発作にパルプロ酸が第1選択薬として推奨され、第2選択薬は、欠神発作にエソサクシマイド、ミオクロニー発作にクロナゼパン、 大発作にはフェノバールで、さらにクロバザム、フェニトインも候補となりえます。
 また、すべての部分発作にカルバマゼピンが第1選択薬に推奨され、ついで第2選択薬は、フェニトインやゾニサミドで、さらにバルプロ酸と続きます。
 薬剤治療では、定期的に薬物の血中濃度をはかりながら、濃度を適切に保つようにします。

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イラスト・いわまみどり

手術をする場合も

 てんかんの診断は発作症状と、脳波の検査からおこなうので、家族の方は、医師に正確に発作時のようすを伝えてください。そうすることで、医師は正確な診断ができ、的確な抗てんかん薬を処方できます。
 抗てんかん薬治療で発作が抑制できない場合は、手術も考慮すべきです。例えば、治りにくいとされる側頭葉内側てんかんでも、手術により約90%が顕著に改善します。
 さらにてんかんにともない、精神症状(うつ病・精神病など30%くらい)、知能障害なども生じることがあります。この場合は、患者の精神面も含めた治療をおこないます。

発作が起きたときは?

 けいれん発作が起きたら、周囲の人はどうしたらいいでしょうか。あわててしまう人も多いと思います。しかし発作は通常、長くても数分で、自然に止まります。
 体を抑えたり、ゆすったり、口の中へハンカチを入れたりするのはよくありません。ガクガクとけいれんしている間は、下あごに手をあてて、上方にしっかり 押し上げます。こうすることによって、空気の通り道が確保でき、窒息したり舌をかむのを防ぐことができます(図4)。
 しかし、けいれんが10分以上続いたり、意識がもどらないうちに次の発作を起こした場合には、救急車を呼び、病院で診てもらいましょう。

図4 けいれん発作時の対応
  舌をかまないようにするため、下あごに手をあてて、上方にしっかり押し上げます。
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規則正しい生活が必要

 てんかんでは、包括的なケアが必要です。発作の治療にとどまらず、生活面もひっくるめた指導が必要になります。発作による転倒、転落、交通事故などの危険性を十分考慮することが必要です。お風呂やプールなどで転んだり、おぼれたりすることも避けなければなりません。
 また規則正しく薬を服用することが大切です。さらに部分発作の多くは睡眠不足によって誘発される傾向があります。十分な睡眠時間を確保することが必要で す。発作は飲酒時にも起こしやすくなるため、禁酒が求められます。
 このほかに発作を起こす要因になりやすいものとして、光の刺激(テレビやゲームで画面がチカチカするなど)、月経、感染症などがあります。一部の薬物には、てんかんを引き起こしやすいものもあります。
 さらに、適切な薬物治療を続けていても、発作が完全に抑制できないこともあります。このような場合は、発作を抑制することだけを考えると、「あれもいけ ない、これもいけない」というがんじがらめの生活になるため、生活の質(QOL)を重視しながら薬物治療をおこなっていくことが大事になります。

社会的自立に向けて

 てんかん患者が、就労できるようにするためには、社会の誤解・偏見を取り除くこと や、リハビリテーションの拡大などが重要です。てんかん患者のリハビリは、わが国では著しく遅れており、早急な対応が望まれます。そして、就労では産業医 などの意見をもとに配置転換、作業時間の短縮など必要な措置をとり、就業の機会を失わせないようにすることが求められます。
 また、てんかんの患者と家族や、てんかんとたたかう運動を応援する人たちが集まっている日本てんかん協会(波の会)があります。みなさんもぜひ波の会に入ってください。

■日本てんかん協会(波の会)
電話〇三―三二〇二―五六六一

いつでも元気 2007.2 No.184

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