民医連新聞

2021年7月20日

診察室から 石の上にも三十年

 この5月から医師になり30年目になりました。大学でポリクリ(在学中の臨床実習)が始まる前に「病院実習でもやろうかな」と思い夏実習を申し込んだのが、当院との最初の出会いでした。実習を通じて、漠然とでしたが、自分がイメージしていた医療がこの病院ではできそうな感じがして、数年後に研修をスタートしました。
 ほとんどが大学病院で研修をする時代で、規模の小さい病院で研修するのはかなり勇気がいる選択でした。当時の研修は2年間、最初の1年半は総合内科研修、残り6カ月は他科研修という内容でした。毎月の研修委員会で上級医から受ける評価は、厳しい指摘ばかりで、ほめられた記憶はあまりありません。ただ一度だけ、「亡くなった患者さんのご家族への病理解剖のお願いの説明は上手ですね」とほめられました。最後の研修委員会での指導医からの締めの言葉は、「カルテの記載は読める字をていねいに書きましょう」でしたが、いまだに手書きの書類は苦手です。2年間の研修の後は郷里の病院につとめる選択肢もありましたが、「もう少し都会で勉強しよう」と考え、3年目から常勤医として留まることにしました。
 研修医時代は「自分は守られている」という安心感が常にありましたが、常勤医になり「あらゆることは自分の責任で決断しなければならない」という重圧に押しつぶされそうになりながら、必死に働きました。4年目以降から医長、医局長などの役職も任されるようになりました。キャリア10年にも満たない医者が役職をやるなんて無茶ぶりもいいところですが、今ふり返ると良い経験をさせてもらったと思います。7年ほどの診療所勤務を経て病院に戻り、今は外来中心で働いています。自分では「僕はなんの取りえもない一医師」と思って日々過ごしていますが、こんな私でも信頼してくれる患者さんもいるようで、「石の上にも三年」ならぬ「石の上にも三十年」なのかなあ、と感じています。これからも自分らしく歩んでいこうと思います。(森岡良介、東京・王子生協病院)

(民医連新聞 第1741号 2021年7月19日)

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