いつでも元気

2007年4月1日

特集2 脊髄小脳変性症 小脳・脊髄・脳幹が萎縮、神経細胞に障害

歩行や箸使いに変調、徐々に進行

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南雲清美
神奈川・汐田総合病院神経内科

  小説『一リットルの涙』(木藤亜矢、幻冬舎文庫)はテレビドラマになりましたが、 著者は脊髄小脳変性症でした。15歳ごろ発症して歩き方が不安定になり、18歳ごろには杖歩行になってしまいました。病気による苦痛に対する感受性が鋭 く、小説では症状の変遷が具体的に書かれていて、読者の胸を熱くします。一読をおすすめします。

遺伝性と孤発性がある

 脊髄小脳変性症は運動失調を主な症状とし、小脳と脊髄、脳幹(図1)などが萎縮 し、神経細胞が死んでいく(変性する)原因不明の病気の総称です。大部分は成人してから発病します。運動失調とは歩くときふらふらしたりぎこちない、箸を 上手に使えない、呂律が回りづらいなどの症状が現れるもので、それが徐々に進行します。厚生労働省の特定疾患(難病医療)に指定されていて、患者負担は軽 減されています。
 変性が大脳、大脳基底核、末梢神経にまで及ぶものもあります。大きく分けて遺伝性のものと、そうでない孤発性があります(表)。

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10万人に5~10人

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 日本では10万人に対し、5~10人程度と考えられています。近年の分析では、孤発性が65%、遺伝性が28%で、残りのうち5%ほどが家族性痙性対まひ(主に両足がつっぱる)とされています(グラフ)。
 欧米と異なり、わが国の脊髄小脳変性症の特徴はつぎのようなものです。
 (1)孤発性のオリーブ橋小脳萎縮症が著しく多い。小脳とオリーブ核、橋などに萎縮が起きるもので、脊髄小脳変性症全体の35%を占める。
 (2)遺伝性では優性遺伝(注)が多く、ヨーロッパで多い劣性遺伝のフリードライヒ失調症はない。

きちんとした診断が大切

 脊髄小脳変性症は、根本的な治療法はありません。しかし、きちんと診断をつけることが必要です。
 その理由は第1に、脊髄小脳変性症以外にも、小脳や脊髄が萎縮する病気があり、治療できるものがあるからです。▽アルコール、トルエン、抗てんかん薬な どによるもの、▽肺がん、卵管がんによるもの、▽甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏など代謝が原因のもの、▽ウイルスが原因のものなどです。
 第2に、脊髄小脳変性症といっても、種類によって進行の度合いや治療の見通しが大きく変わります。たとえば同じ孤発性でも晩発性小脳皮質萎縮症 (50~70歳での発症が多いとされる)とオリーブ橋小脳萎縮症では、前者は発症から10~20年で車いすレベルになりますが、後者は発症から5~8年で 車いす、または寝たきりになってしまいます。
 第3に、主に小脳皮質(主に小脳の表面にある部分)に萎縮がとどまる小脳皮質萎縮症と、大脳基底核や自律神経まで障害されるオリーブ橋小脳萎縮症では、 治療やケアが異なります。とくに排尿障害、起立性低血圧(起きあがると血圧が下がる)などの自律神経障害は日常生活動作を著しく制限します。自律神経障害 の早期発見と治療は、生活の質を上げるポイントになります。

オリーブ橋小脳萎縮症

 最も頻度の高い脊髄小脳変性症です。孤発性で、発症年齢はおおよそ40~60歳です。通常、下肢の運動失調による歩行障害と、構音障害(うまく発音できない)をきたします。上肢の運動失調は、遅れて現れます。
 発症2~5年後にパーキンソン症状(筋肉のこわばり、動作が緩慢になる)が重なってきます。また病気の進行とともに排尿障害、起立性低血圧症、便秘、発 汗障害、喘鳴など、後述するような自律神経症状をともないます。発症後、5~8年で車椅子、寝たきり状態となります。

遺伝子の解明すすむ

 遺伝性脊髄小脳変性症の原因となる遺伝子の解明がすすんでいます。優性遺伝性脊髄 小脳変性症では、番号でSCA1からSCA25(04年)までが登録されています。グルタミンというタンパク質がつながってできたポリグルタミン鎖が異常 に伸びて、これが神経細胞死を招いたものが多いとされています。
 一方、オリーブ橋小脳萎縮症を含む多系統萎縮症では、神経細胞のすき間を埋めるグリア細胞内に共通の物質(封入体)が存在していることが確認され、主成 分としてα‐シヌクレインが含まれることが注目されています。

症状別のケアと治療

 症状ごとの治療法とケアについて述べます。

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歩幅が小さく、重心が左右にぶれて、酔っぱらいのような歩き方になる ハンカチをもって引き合いながら歩くと、歩幅も大きくなり、重心もぶれなくなる

小脳症状
 小脳(図1)の働きは蕫ひとつの動作を構成するいろいろな運動を、同時に調和を保っておこなう能力﨟です。そのいろいろな運動の調和がとれない現象を小脳型運動失調といいます。
■小脳型歩行障害 歩行時に開脚で両手はやや横にひらきバランスをとる姿勢をとり、おそるおそる足を出すため歩幅は短く、その歩幅も不規則で、胴体は前後または左右にぶれながら歩きます。ひどく酔って歩いているように見えます(図2左)。
 薬物療法として、甲状腺刺激ホルモン(TRH)の注射があり、おなじくそのホルモンからできた内服薬で効果が見られることもあります。
 足や腰に重りをつけると揺れが軽減します(おもり付加)。
 健常者と患者がハンカチを軽く引き合いながら歩く「ハンカチ・ガイド歩行」は失調性歩行による左右の揺れを大幅に減らし、歩幅も大きくなり、規則的で速度が速くなります(図2右)。
 家屋の改修や手すりの設置、歩行器・車いすの使用を検討します。
■構音障害と書字障害 構音障害は発音の強さが不規則に変化します。ひどくなると爆発性の発音となります。発音が長びき、語が全体としてゆっくりになります。
 はっきり発音できないため、ある音とある音との区別が悪くなり、両者の中間のような音になります。子音の連続傾向がみられます。
 書字障害は、字を書くときにペンを正しく持つことができず、線は不規則になり、字も拙くなります。
 意志疎通がむずかしくなるので、リハビリとして、患者とスタッフがゆっくり向き合い話す体勢をつくります。コミュニケーションを深めるためにタッチング やジェスチャーを用います。意思を伝える能力をおぎなうため、ナースコールを患者の手または足に合わせて作ります。薬物治療は歩行障害と同じです。

錐体外路症状
 大脳基底核(図1)に障害が及ぶ場合にみられる症状です。2通りの症状にわかれます。
 第1は筋肉がこわばったり、動作がゆっくりになったり、体が傾いてもバランスを保てなくなるパーキンソン症状です。歯を磨くのが遅くなり、寝返りが困難 になります。オリーブ橋小脳萎縮症などでみられます。
 第2は自分の意思と無関係に起こる異常運動を中心とするものです。短時間、急激にビクッと筋肉が動くミオクローヌスや、手・足・顔面などに動機のないし ぐさが現れる舞踊運動などで、歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症でみられます。
 治療としては、パーキンソン症状にはドーパミン受容体作動薬、異常運動にはハロペリドール、リボトリールなどを投与します。

自律神経症状
 自律神経症状には次のようなものがあり、日常生活動作を制限する大きな要因となります。オリーブ橋小脳萎縮症で顕著にみられます。
■起立性低血圧症 軽度なら肩こりがしたり、頭が 重く感じます。中等度以上では立ちくらみや、霧がかかったように見える、眼の前が真っ暗になる、気を失うなどの症状がみられます。とくに朝に症状が強く、 暑く湿気の多い場所や、食事を大量にとったり、飲酒後、お風呂に入った後などに症状が強くなります。
 横になったときと立ったときの収縮期血圧(上の血圧)の差が20mmHg以上の場合、起立性低血圧とされます。食事中に血圧が下がるものを食事性低血圧 症といい、食事を開始して10~20分すると霧がかかり黄色く見えたり、物がふたつに見えたり、呂律が回らなくなったりします。
 また、起立性低血圧症は、横になったときに血圧が高くなる臥位性高血圧症を併発します。長い時間立った後、横になると顕著に血圧が上がり、しかも持続し ます。この現象は夜間多尿の一因となり、早朝の起立性低血圧の原因ともなります。
 起立性低血圧症では、下半身への弾性包帯、サポーターを着け、下肢に血流が下がりすぎないようにします。血圧を上げる昇圧薬も使います。低血圧による失 神発作を起こしても、あわてずに横にして休ませることが肝心です。
■排尿障害 頻尿(日に10回以上)、夜間頻尿(夜間2回以上)、尿失禁や、尿閉といって排尿がまったくない場合と、不完全にしか出ず残尿のある場合もあります。
 いつ尿が出たかなどを記録する排尿日誌をつけ、泌尿器科を受診し、必要であれば排尿機能検査を受け、病態の把握をすることが必要です。
 治療では、症状にあわせて薬を服用します。残尿が100ml以上あるときは、随時、管を尿道に入れて尿を外に出すか、専用の管を尿道へ入れたままにすることもあります。
■吸気時喘鳴、無呼吸発作 眠っていて息を吸うときに声帯が開かなくなり、「ロバのいななき」のような音を発します。これはいびきとは違って単調な高音の閉塞音で、部屋の外まで音が聞こえる大きな音です。
 オリーブ橋小脳萎縮症でみられる睡眠時無呼吸では、声帯の開きが悪くなって起きる閉塞性睡眠時無呼吸を呈します。出現時期は発症後、平均5・8年です。
 重篤なときは気管切開をしたり、睡眠時無呼吸に対して、空気で圧力をかけて喉を開く、鼻マスク持続的陽圧補助呼吸などをおこないます。
■便秘 3~4日以上便通がない、排便があっても量が少ない、便が固くて苦痛、残便感があるなどの症状です。便秘では、排便コントロールが重要です。消化のよい繊維成分の多い食物をとり、1~2日に1回は排便に行く習慣をつけます。下剤も積極的に用います。

嚥下障害
 症状がすすむと、飲食物を飲み込む嚥下運動がひどく遅くなります。嚥下反射(飲食物が喉に入ったことを感知して食事を喉の奥に送り込んだり、気道をふさ いだりする)が十分働かなくなり、誤嚥(気道に飲食物が入る)するようになります。
 むせこみやすい食物の種類、食事の摂取量とその内容、食事の時間などを把握し、必要なら嚥下造影(食べ物が食道を通るようすをX線で撮影する)もおこないます。
 食事の援助、食事の種類や一回量の検討をします。誤嚥の少ない姿勢にし、食事がつまったときに吸引できるよう準備します。

リハビリ、生活指導は

 小脳性運動失調に伴う歩行障害に対しては積極的、継続的に歩行を促し、リハビリテーション、とくに理学療法(バランス訓練、歩行訓練)をおこないます(図3)。
 療養は在宅での療養が基本で、定期的なリハビリや、各種検査、処置のために短期間の入院が必要です。また専門医、ホームドクター、保健師、訪問リハビリ スタッフ、ヘルパー、社会福祉スタッフと連携していくことが患者と家族の生活の質を維持していくと考えられます。

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■全国脊髄小脳変性症友の会
TEL 03―3949―4036

いつでも元気 2007.4 No.186

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