いつでも元気

2021年8月31日

けんこう教室 
在宅医療がめざすもの(下)

看取りを支える

大阪・八尾クリニック所長
大井 通正

 8月号では、「在宅医療がめざすもの」として、(イ)患者にとって「当たり前の日常」を取り戻すこと、(ロ)患者の「生きる意欲」を支えること、(ハ)自分がしてほしいケアを患者家族に提供すること、を挙げました。それは在宅看取りでも重要です。
 病院で病室の白い天井を眺め、小走りに廊下を急ぐ看護師の足音や、詰所の心拍モニター音に耳をそばだてて、死の恐怖と向き合う患者さん。面会が制限されるコロナ禍のなかでは、なおさら不安が募ると思います。
 そのような患者に必要なのは、自宅での家族との「当たり前の日常」ではないでしょうか。身体の自由は利かなくても、住み慣れた自分の部屋、毎日目に入る天井の木目、窓から見える庭の花、家族の声、顔、まなざし、交わす会話、料理の匂い、家族への気配り…。こうした日常をできる限り取り戻そうとすることが在宅医療の目標です。
 当たり前の日常のすぐ先に穏やかな死がある。在宅看取りの目標を私はそのように考えています。

「生きる意欲」を支えるとは

 看取りを支えるにあたり、初回の往診の際に家族写真を撮って、次の往診日に大きく引き伸ばし額に入れて差し上げます。とても喜んでいただけます。
 患者や家族に対してはできる限り傾聴に努め、指示的に接しないようにします。私自身はオカリナを演奏することもあります。患者さんの手を握り、「また来るね」と言って往診を終えます。総じて私たちの訪れを楽しみにしていただけるように努めます。
 がん末期の場合、痛みが患者を苦しめ、生きる意欲を削ぐので疼痛管理が必須です。積極的に医療用麻薬を処方します。投与方法は経口薬、座薬、貼付薬(貼り薬)、持続皮下注射、持続点滴など病状の進行に応じて使い分けます。
 食べられない場合でも味わうことは生きる意欲につながるので、患者さんの希望を聞いていろいろな食品にチャレンジします。細かくつぶした中トロやうなぎ、高級アイスクリームなどを口にした患者さんの表情は忘れられません。
 在宅看取り希望の場合、往診回数は当初週1回で始めます。病状の進行に従って回数を増やし、最後の1週間はほぼ毎日往診です。
 臨終が深夜の場合でも、必ず往診して死亡確認をします。翌朝の往診での死亡確認は法的には許されていますが、家族の心情を考えると翌朝まで待たせることはできません。

家族の負担を軽減

 在宅医療の現場では介護の主体は家族であり、その負担は私たちが想像する以上に大きなものです。大切なことは、患者と同じようにまたはそれ以上に家族の思いを聴くことです。私たちの「支援する」という気持ちや姿勢が家族に届かないと、在宅医療は成功しません。
 介護者の休養と患者の「生活の質」向上のために、デイケアやショートステイなど介護保険サービスを勧めます。私の経験から言って、介護者が倒れる原因の7割は脳・心臓疾患です。日頃から介護者の健康にも目配りするように注意しています(別項)。
 また患者と家族を真ん中に、多職種が連携する「在宅療養支援チーム」をつくることが大切です。ケアマネジャーが作成する患者のケアプランに基づき、多職種が参加するチームが力を発揮するためには、日常的な情報交換(電話、ファクス、メール、連絡ノートなど)が特に重要になります。
 私の往診時間に合わせて、患者宅で「サービス担当者会議」を開催することもあります。患者と家族には自分たちの療養を支援してくれるチームの存在が心強く感じられ、私たちは「顔の見える関係」になることで支援チームの力を強固にできます。会議終了時に患者と家族を囲んで、みんなで写真を撮ります。みんなの笑顔が患者と家族を励まします。
 自分がしてほしいケアを患者や家族に提供することも大切な視点です。このことを在宅医療に関わるすべての職種が意識することです。「今のケアでよい/仕方がない」と自己満足することなく、より良いケアのために立場を変えて考えます。

やさしさは“見えない薬”

 ある高齢の患者さんの往診に出かけた時、同行した医師志望の高校生が「医師や看護師さんに望むことは何ですか」と質問しました。
 「それは“やさしさ”です。やさしさは“見えない薬”ですからね」と患者さんは答えました。その時から私は、患者や家族に“見えない薬”を届けることが、 私たち医療に携わる者の使命であると思うようになりました。
 在宅患者にとって、私たちは人生の限られた日々に出会う数少ない「他人」です。「他人」である私たちが患者にできることは、究極のところ「やさしさ=寄り添う意志」を最後の日まで届け続けることに尽きる。
 今日も在宅患者さんの待つ街へ出かけます。コロナ禍のなか在宅患者と家族を守るために、往診日とは別の日に「ワクチン訪問接種」にも取り組んでいます。
 忙しくなりそうだ。

執筆者の書籍紹介

『続 患者と家族に寄りそう在宅医療日記』

著者:大井通正
出版社:文理閣
定価:本体1600円+税

いつでも元気 2021.9 No.358

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