いつでも元気

2021年10月29日

けんこう教室 
歯ぐき病は万病のもと

にしだわたる糖尿病内科 院長 西田 亙

にしだわたる糖尿病内科
院長
西田 亙

 みなさま、こんにちは。愛媛県松山市で糖尿病専門クリニックを開院している西田と申します。
 私は12年前から、歯科医師の先生方や歯科衛生士さんたちと一緒に「医科と歯科の連携」に取り組んできました。最近の研究によって、歯並びや歯周病が私たちの全身に驚くほど影響を与えることが分かってきたからです。今回は内科医の立場から、お口の健康の大切さと歯周病の恐ろしさをお話しします。

「歯ぐき病」のしくみ

 歯周病は日本ではCMでも使われる言葉ですが、海外では専門用語と考えられ、一般向けには使われていません。分かりやすく「歯ぐき病」に置き換えられています。みなさんも今日からは、歯周病と耳にしたら歯ぐき病とイメージするようにしてみてください。
 正しい歯磨きを怠ると、歯と歯ぐきの間にバイキンの塊であるねっとりとした「歯垢」がたまり、放っておくと「歯石」になってしまいます。歯の垢と書くとお上品に聞こえますが、その実態は「歯糞」です。ウンチよりもたちの悪いバイキンがくっつき合い、ぬるぬるのバイオフィルムという状態になります。これが毒素を出して大騒ぎをしながら、歯の根っこへと進撃していきます。
 もちろん、体の中の警備隊である我らが免疫軍団も負けてはいません。バイキンをやっつけるために、歯ぐきの中でたたかいはじめます。歯ぐきが赤くはれるのは、免疫軍団が応援を呼ぶために血液を呼び集めているからです。炎症の結果、膿が出たり、歯ぐきや歯を支える骨が破壊されてしまいます(資料1)。
 つまり歯垢や歯石を放置すると、歯ぐきの出血からはじまり、やがては歯を支える顎の骨がぼろぼろになり、足場を失った歯は抜け落ちてしまいます。サメであれば歯はいくらでも抜け替わるのですが、残念ながら私たち人間の永久歯は一度失うと二度と生えてきません。
 人生100年時代、最期のひとときまで美味しい食事を味わうためには、神様と両親から授かった大切な歯を歯ぐき病から守り抜く必要があるのです。

糖尿病や認知症との関係も

 歯ぐき病の恐ろしさは、かけがえのない歯を失うことだけではありません。これまで長い間、歯磨きは歯を守るためと考えられてきましたが、これからの時代は「歯と全身を守るため」へと進化することでしょう。
 例えば私の専門である糖尿病は、歯ぐき病と密接な関係を持っていることが明らかになっています。歯ぐきで起きるバイキンとのたたかいは、炎症と呼ばれるボヤを引き起こします。ボヤから出てくるもくもくとした煙の中には「悪玉ホルモン」が含まれており、このホルモンは血管を通じて体中にまき散らされます。
 血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンは、この悪玉ホルモンにめっぽう弱いため血糖値が上がってしまうのです。糖尿病の患者さんが歯ぐき病を放置すると、いくら薬を飲んだりインスリン注射を打っても、血糖値が下がりにくい体になってしまいます(資料2)。
 逆に歯医者さんできちんと治療を受け、日々お口の正しい手入れに励めば、歯ぐきからの出血は止まり、ボヤが消え去ることで血糖値は下がります。その効果は、糖尿病の飲み薬1種類に匹敵するとも言われています。
 このため、日本糖尿病学会は2019年版の「糖尿病診療ガイドライン」において、「2型糖尿病患者さんには歯周病の治療を強くお勧めします」と宣言しました。歯と歯ぐきを手入れするだけで血糖値が改善するなんて、素敵なことですよね。
 さらに19年には、とんでもない事実が明らかになりました。歯ぐきの奥深くに住んでいる悪玉バイキン(Pg菌)が脳の中に移住して、神経細胞を破壊しながらアルツハイマー病を引き起こしているというのです。
 米国ではすでにこのPg菌に対する薬が開発され、実際に認知症を改善できるかどうか、600人のアルツハイマー病患者さんを対象にした臨床試験が実施されています。この試験は今年11月に終了しますが、晴れて薬の効果が認められれば、「歯ぐき病がアルツハイマー病の原因だった!」という、医学の歴史始まって以来の一大ニュースが世界中を駆け巡ることになるでしょう。

お口の精密検査を

 ここまでお読みいただければ、読者のみなさまにも歯ぐき病の恐ろしさを実感していただけたことと思います。それでは、どうすれば私たちは自分の歯と体を歯ぐき病から守ることができるのでしょうか?
 その答えは極めて簡単。まず歯医者さんを訪ねて、歯と歯ぐきの状態をチェックしてもらうことです。歯ぐきからの出血は自分では見ることができませんから、歯科衛生士さんにプロの目で念入りに確認してもらう必要があります。
 これは「歯周病精密検査」と呼ばれるもので、歯ぐきのまわりを丹念に調べて歯垢や歯石が付いていないか、出血はないか、歯はぐらぐらしていないか、詳細な状況を1本ずつ調べます。
 もし1カ所でも出血していたら要注意。歯は体内から外へ突き出る珍しい構造を持っています。これと良く似ているのが手の爪です。 もしも10本の指のうち、2本の爪の間からじわじわと何日も出血が続けば、みなさんはどうされますか?「これは大変!」と、すぐにお医者さんに駆け込むでしょう。
 でも日本人の多くは、なぜか歯ぐきからの出血には無頓着なのです。体からの出血はどこからであれ異常事態であり、病気の予兆でもあります。資料3の歯周病のセルフチェック表も参考になさってください。
 出血のない健やかなお口は、健やかな体づくりの土台であり、幸せな人生へとつながります。本稿がみなさまの「健口から健幸へ」の一助となれば幸いです。


(執筆者プロフィル)
にしだ・わたる/広島市出身/医学博士。日本糖尿病学会糖尿病専門医/著書に『全医療従事者が知っておくべき歯周病と全身のつながり』(医歯薬出版)、『にしだわたるドクターの歯医者さんに行きたくなるお口と糖尿病のお話』(クインテッセンス出版)、『糖尿病がイヤなら歯を磨きなさい』(幻冬舎)など

いつでも元気 2021.11 No.360

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