民医連新聞

2022年1月5日

診察室から 私たち民医連が存在する意義

 私は経営大学院の学生をしています。今年度学んだ科目、「企業の理念と社会的価値」というレポート課題は「自社の生み出している価値は何か、どのようにしてそれを実現させているか、現状の課題は何か、どうやってそれを解決していくか」というものでした。
 泉病院は長年の念願だったリニューアルに向けて「地域から求められていて、私たちがやりたいと思える医療は何だろうか」について考えてきました。「何科をやるか」「どんな疾患を診るか」、それだけでは民医連加盟病院としての価値はどこに? 診療科の特徴を出す、「親切な医療」を行う、そんなのどこの病院でもできる、今時どこの病院も親切。そこで私はまず医療とは何か、医師とは何をする人か、から整理しました。
 医者の仕事というのは一般的には「病気やけがを治療すること」と考えられているかもしれませんが、治せない病気、消せない障害があることを、神経内科医である私は知っています。病気を治せない医師に、存在意義はあるのか?
 私は、医師の仕事は「病気とともに生きるあなたの人生の伴走者となること」、医療とは「病気やケガによって乱されたあなたの生活をあなたの手に取り戻すことへの支援」と捉えています。
 ではあらためて、私たち民医連の医療人のよりどころである民医連綱領にある「無差別・平等の医療」とは? 私たちは、病気を持っていても患者になれない人がいることを知っています。私たちの病院に来た人だけでなく、すべての人が医療を受けられるように、すべての人の受療権が守られるようにする活動、これこそが民医連の社会への提供価値なのです。
 クラスでそのプレゼンを行ったところ、クラスメイトはみんな大学院に通うお金と上昇志向のある人たちですが、まっすぐに受け止めてくれました。「お金がなくて受診できない人がいるなんて知らなかった」「自分にできること、何かしたい」と言ってくれる人も。仲間って、すてき。「日々、がんばろう」って思えました。(関口すみれ子、宮城・泉病院)

(民医連新聞 第1751号 2022年1月3日)

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