いつでも元気

2007年5月1日

特集2 中高年の健康を脅かすものは? メタボリックより深刻、“メッチャ・ド・リスク”

過重労働や雇用不安をなくすことこそ

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服部 真
石川・城北病院産業医療科

  2008年度から40歳―74歳を対象に、新たな健診と保健指導(特定健診・特定保健指導=注)が始まります。最近話題のメタボリックシンドローム(内臓 脂肪が貯まり、血圧・血中脂肪・血糖が高くなる状態)の予防にだけ重点を置き、ほかの健診項目を切り捨てたもので、大きな問題を持っています。
 健診で異常が認められた人だけが二次検査として心電図、眼底検査、血算検査(赤血球や白血球などをはかる検査)などを受けることができ、胸のX線写真は 省かれてしまいます。健診後の保健指導も義務化されましたが、腹囲(へそまわり)や体重を減らす指導だけにしぼられています。
 さらに、健診・保健指導の実施率や指導の成果があったかどうかによって健康保険から出している高齢者医療への支援金を増やしたり減らしたりするしくみも作られました。
  対象が社員で比較的若く、健診・指導が徹底しやすい大企業健保は成果を上げやすく、支出を減らすことができます。一方、市町村国保や政府管掌健保は高齢者 が多い上、生活の場もそれぞれですから成果を上げにくく、支出が増え、保険料が高くなるおそれがあります。

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 日本人の健康を考える上で大事なことは、メタボリックシンドロームだけではないはずです。私は身体のリスクと社会生活のリスクがいくつも重なった状態をメッチャ・ド・リスク(めっちゃ・どえりゃー危険な状態を示す造語)と命名し、注意を呼びかけています。

小太りが最も長生き

 まず、減量が本当に健康によいのかどうか考えてみましょう。肥満を測る指標に、BMIという基準がありますね。「体重(kg)÷(身長(m)×身長 (m)」で計算すると出てくる数字です。BMIは22が標準で25以上だと肥満とされ、メタボリックシンドロームの診断基準の一つになっています。
 ところが、太りすぎは病気になりやすいと思っている方が多いかもしれませんが、実はそうではありません。むしろ日本人では、やせた人ほどがんや感染症などで死亡する人が多いという科学的な証拠があります。
 日本人の大規模・長期間の研究(図1)では、男女とも小太り(BMI23│24・9)がもっとも長生きで、BMI25を超えても死亡率に明らかな変化はありません。
 男性では、標準体重(BMI21│22・9)でもがんによる死亡が小太りより明らかに増え、やせればやせるほど、がんとその他(感染症や自殺など)による死亡が増えます。
 「やせ」ることで心臓病などの循環器の病気による死亡が減るということもありません。女性も同じ傾向ですが、軽度のやせから小太りまでは死亡率に大きな変化がなく、高度のやせと高度の肥満で死亡率が高くなっています。
 さらに、65歳以上の方が減量するとアルツハイマー型の認知症の発症が増加する(BMIが1減ると発症が35%増える)という論文もあります(NEUROLOGY 2005;65:892-897)。

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平均余命縮んだ原因は

 現在、日本の中高年者の健康を脅かしている最大の問題は、一生懸命働いてもくらしが楽にならない「ワーキングプア」、アルバイトや派遣社員などの不安定 雇用や収入減、過重労働、深夜労働、職業上のストレスなどの労働問題です。
 その象徴が働き盛り世代のうつ病と自殺です。たとえば、2000年にそれまで長寿日本一だった沖縄男性の平均余命が、いきなり25位に転落しました。原 因は、40歳代を中心とした自殺の急増でした(図2)。
 また、厚生労働省の集計でも、過労死・過労自殺の請求件数(図3・4)が近年増えています。これらの背後には、請求にいたらない多くの過労による病気や うつ病などがたくさん隠れていることが容易に推測されます。
 日本産業衛生学会「循環器疾患の作業関連要因検討委員会」がまとめた過労死事例の調査(1995年)では、過労死の3分の2が「高血圧、高コレステロー ル、糖尿病、喫煙など身体上のリスク(危険要因)」に、「過重労働、深夜労働、職業ストレス、社会的孤立、睡眠不足」など社会生活のリスクがくわわって発 症していました。
 城北診療所に定期通院中の糖尿病患者のデータでは、拘束時間が長いほどHbA1cが高くなっています(図5)。HbA1cは血中ヘモグロビンのうち、ブ ドウ糖と結びついたヘモグロビンの割合で、過去1カ月の血糖値が高いほど高くなるものです。城北病院の健診受診者のデータでも、職業がコレステロールに、 大きな影響をあたえています(図6)。
 さらに、社会的格差や不安定雇用が健康に重大な悪影響を及ぼすことは、イギリスの研究でも科学的に明らかになっています(図7)。このように、身体のリ スクと社会生活のリスクがいくつも重なると、「どえりゃー危険」になるのです。
 アスベスト・大気汚染・化学物質などの環境問題も重大です。

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社会とのつながりが

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 いまの日本では、肥満対策に税金・保険料や人手を注ぎ込む前に、過重労働・深夜労 働を規制して十分な質と量の睡眠を確保すること、正規雇用を拡大し雇用不安や職業ストレスを減らすことの方が先決です。社会的孤立から人々を守るために社 会的連帯を広げる施策や援助が緊急に必要です。
 近年、生きがいがあり自分が健康だと自覚できるかどうか(自覚的健康観)、また、社会とのつながりが多いかどうかが、健康や死亡に影響をあたえるという ことがわかってきました。その影響の大きさは、血圧や血液検査の異常や喫煙などの生活習慣と同じかそれ以上です。
 また、仕事や自分の人生をコントロールできていると感じている人ほど病気になりにくく健康であるという研究報告もたくさんあります。とくに、がんや循環器の病気に対する影響が強いとされています。
 これからは、健康のために体格(ヘルスプロポーション)を気にするより、仕事や生活、さらには環境や社会をコントロールする力をつけること(ヘルスプロモーション)が大切です。
 医療機関には病気の検査や治療だけでなく、受診する人に対してこうしたヘルスプロモーションの援助が求められています。

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共同組織の出番です

 同時に、住民や労働者自らが、生きがいづくり・つながりづくりにとりくむこと、健康のために仕事や生活、環境や社会をコントロールする力をつけるようみんなで勉強し合い、話し合い、できることから行動を始めることが最も大切だと思います。
 そう、まさに共同組織の出番です。

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いつでも元気 2007.5 No.187

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