民医連新聞

2022年7月5日

いのちとケアが大切にされる社会へ④ ケアの価値を認め真の処遇改善の実現を

 コロナ禍で、医療や福祉の現場で働くケアワーカーの重要性に注目が集まりました。同時にその処遇の低さも明らかになり、国もようやく改善に動きました。しかし、その内容はまったく不十分なものでした。参院選でも問われる真の処遇改善には何が必要なのか―。介護現場の声を取材しました。(稲原真一記者)

労基法ギリギリでも人員過多!?

 今年2月から、介護職員処遇改善支援補助金(別項)が始まりました。これに対して「現場実態とかけ離れた制度」と指摘するのは、21世紀・老人福祉の向上をめざす施設連絡会(21老福連)事務局の中島素美さん(介護福祉士)です。
 中島さんが施設長を務める城東老人ホーム(大阪市)は、定員93人の特別養護老人ホームと定員50人の養護老人ホームに、ショートステイやデイサービスなども併設し、居宅サービスや訪問介護も行う複合施設です。職員は全体で132人(常勤換算約117人、22年4月現在)。介護職員だけでも配置基準の1・5倍、看護師も2倍の職員数がいます。「それでも現場は常にギリギリの体制」と中島さんは言います。
 入居施設の1ユニットは利用者10人に対して常勤介護職員を4人配置し、早出、遅出、夜勤などシフトを分担。日中は基本的に2人で対応し、夜勤は2ユニットを1人で見ています。食事や入浴の介助はパート職員で補い、急な欠員に対応できる職員も2ユニットに1人配置。しかし、病欠や休みが重なると、すぐに体制維持が困難に。「利用者一人ひとりの特徴に合わせて介助ができる介護職員は替えが効かず、常勤1人体制で12・5時間勤務になるようなことも少なくない。職員の自己犠牲で成り立っているのが現場の実態」と言います。
 中島さんは「厚労省は9000円の賃上げと言っているが、当施設の場合、実際の補助金では1人5000円にも届かない。これだけギリギリの体制でも、国の基準からすれば私たちの施設は職員が多すぎるということでしょうか。現場をまったく理解していない」と憤ります。

実態を見ない政策 根本にケア労働の軽視

 今回の補助金は事業所によって加算率が異なり、対象の職種・事業所が限定される上、補助の対象と見込まれている職員数も実人員ではなく常勤換算数です。全日本民医連事務局次長の林泰則さんは「引き上げの水準が低いことと合わせ、補助の仕組みが職場に無用な混乱や軋轢をもたらしている。岸田内閣の分配政策の一環だが、実際には“分配ではなく分断”といってよいのでは」と指摘します。「予算ありきで、コロナ禍前の全産業平均から月8~9万円低い介護の賃金引き上げには、到底足りない」。
 10月から財源を介護報酬に切り替えることについて中島さんは「厚労省は『持続可能な賃上げのため』と言うが、負担が増えれば本人や家族の生活は“持続不可能”になる。職員と利用者の分断にもつながる」と危惧します。林さんも「国の負担が4分の1に減り、財政的責任を後退させるもの」と言います。財源が介護報酬になると、現在の制度では増加分が利用料や保険料に跳ね返ります。介護サービスの利用困難をいっそうひろげることは明らかです。
 2人は「現状を変えるには、病院などで働く介護職員も含めたすべての介護従事者を対象に、介護報酬ではなく、全額公費による全産業平均水準の給与の早期の実現と、介護保険制度そのものの見直しが必要」と指摘します。
 根本にあるのは、歴代政権による社会保障に対する国の責任の縮小と、経済優先の政策です。「岸田内閣の言う『人への投資』の“人”とは、政府の経済成長政策に役立つ人的資源という意味。ケア労働を軽視する政府の姿勢は変わっていない」と林さん。

求められる価値の転換 いのち優先の社会へ

 こうした対応の根底には「介護や保育は、女性が無償で行ってきた家事労働の延長」「専門職でなくても誰でもできる」とする、ケア労働・ケアの専門性の軽視やジェンダー差別があります。しかし、中島さんは「介護には他の業種にも負けない専門性がある。コロナ禍で医療や福祉がなくては、社会が回らないと多くの人が気づいた。社会全体がケア労働への価値観を変える必要がある。軍事費を増やそうという動きがあるが、国民の生活が良くなくては一体何を守るというのか」と訴えます。
 林さんは「憲法25条は、社会保障を国の責任で行うことを要請している。9条を守り軍拡を止め、25条を生かし社会保障費の総枠を大幅に増やす必要がある。今度の参議院選挙は『大砲かケアか』が問われている」と言います。


介護職員処遇改善支援補助金

 介護職員の月収を9000円引き上げるとして、2022年2月より開始。サービス種類ごとに介護職員数(常勤換算)に応じた加算率を乗じて支給される。今年10月からは公費から介護報酬へ切り替わる予定。

(民医連新聞 第1763号 2022年7月4日)

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