いつでも元気

2007年6月1日

天井崩れ、壁には亀裂 民医連が心のささえに 石川・能登半島地震

 三月二五日に起きた能登半島地震(震度六強)。被災地にある輪島診療所は全国の支援を受けながら、直後から避難所や一三〇〇世帯の奥能登健康友の会員宅を訪問し、地域を勇気づけています。
(全日本民医連事務局・横山健)

“ありがとう”涙ぐむ人も

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大きく崩れた家屋

  診療所と菜の花薬局の職員は震災直後、診療所に集結。建物は無事でしたが、カルテは散乱し、断水していました。倒れた棚を起こし、診療体制を整え、訪問と 電話で在宅患者さんの安否を確認しました。震災当日は三人の患者さんが診療所に。ストーブの上のヤカンがひっくり返り、やけどした人たちでした。
 翌日からは輪島市の要請で研修医の武石大輔さんが避難所を回りました。三月二八日の早朝四時には、診療所に「避難所にいる在宅酸素の方が苦しそう」と連 絡が。山本悟さんと武石さん、二人の医師が駆けつけて事なきを得ます。「山本医師の顔を見てホッしたようでした」と武石さん。
 地震の翌日から、金沢市内の城北病院や診療所、新潟・福井・富山などから支援に来た職員は、友の会会員さん宅に印をつけた地図を持って、地域をまわりま す。診療所付近で倒壊した家は少なかったものの、それは外観だけ。家の中は天井が崩れ、壁には大きな亀裂。窓ガラスが割れ、ベニヤ板で風を防いでいる家も ありました。

電話を受け、駆けつける

 三月二九日には「血圧が高くて心配」というお宅を訪問。「地震で、母の介護ベッドにタンスの引き出しが落ちてきた。たまたまトイレに行っていて助かった が、寝ていたら頭に直撃していたはず…」と、息子さんが地震当日の恐怖を語ります。

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医師が話をききながら不安をほぐす

 「ようやく話せるようになってきた。不安で不安で。聞いてくれて、ありがとう」と、涙ぐんで喜ぶ人もいました。
 この日も訪問活動中の職員から「体調不良を訴える方がいる」と診療所に電話があり、武石さんが往診に出かけました。
 訪問活動をした城北病院の理学療法士・木村創史さんは、「医師でもない自分でも、訪問して、困っていることや不安で話せなかったことを聞くことならでき るとわかった。話を聞いた後、みなさんから『ありがとう』といわれた。民医連は地域の心のささえにもなっていると実感した」と語ってくれました。

奥能登健康友の会事務局長
矢沢幸恵さんの話
 輪島市には義援金が集まっていますが、市は地震後一カ月たってようやく見舞金の申請方法を案内しました。罹災認定は、郊外では市街地と違って自分で申請 しなくてはならないため終わっていない家屋が多く、「誰も私たちのところに来ん。ほっとかれとる」という強い怒りがあります。行政の立ち遅れは深刻です。
 能登では震災後、災対連(災害被災者支援と災害対策改善を求める全国連絡会)ができ、活動がはじまっています。
 友の会員にも家を失い、避難所で仮設住宅の入居を待っている人がいます。そういう人のために健康チェックや相談会を開いていきたい。
 六五歳以上が四割を超える輪島市ですが、隣近所でささえあって暮らしてきた人も少なくなく、震災で離ればなれになったため「避難所を出たあとの生活が心 配」という声も出ています。こまめに声をきいて不安をとりのぞくためにもこれまで以上に班会を開き、つよく大きい友の会にして、要望を行政に届けたいと思 います。

いつでも元気 2007.6 No.188

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