いつでも元気

2022年8月31日

まちのチカラ 
海と暮らすおとぎのまち

文・写真 橋爪明日香(フォトライター)

まるで海に浮かんでいるかのように建ち並ぶ「伊根の舟屋」

まるで海に浮かんでいるかのように建ち並ぶ「伊根の舟屋」

 京都府北部、丹後半島の北端に位置する伊根町。
 伊根湾に浮かぶ約230軒もの舟屋群は“日本のベネチア”と称され、
 日本最古の浦島太郎伝説が伝わることでも知られています。
 世界でも類を見ない海と共生する美しいまちを訪ねました。

感染対策をしたうえで取材しています

 JR京都駅から車で約2時間。日本海では珍しく南に開けた小さな伊根湾には、湾の周囲5kmに約230軒もの伝統建造物舟屋が建ち並びます。海と暮らしが一体となったその美しい景観は、2005年に漁村では全国初となる国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。
 舟屋は400年前の江戸時代初期に建てられたのが始まりで、1階が舟を納めるガレージ、2階が離れとしての住居スペースになっています。すぐ後ろに母屋と裏山がある独特の景観です。
 舟屋は海面スレスレに建っています。「海水に浸かることはないのか?」と不思議に思いますが、3方を山に囲まれ、湾の玄関口に浮かぶ青島が天然の防波堤の役割を果たしているため、波はとても穏やかで潮の干満差も少ないのです。
 「個人旅行なら海上タクシー(小型船)に乗ってみませんか? 船長さんから直接話を聞けて、臨場感があるのでお勧めですよ」と、伊根町観光協会の大里晃司さんが呼んでくれたのは亀島丸。
 乗船して湾の中から舟屋群を眺めると、まるで海上に家が浮かんでいるかのよう。真下を覗くと魚の群れが泳いでいるのが見えるほどの透明度。イルカやクジラが湾に入って来ることもあるのだとか。この日はカモメが一緒に遊んでくれました。
 海上タクシーは約30分かけて湾を一周します。山田敏和船長の自宅でもある舟屋の前を通ると、妻の勝子さんが「マダコが捕れたよ」ともんどり(漁具)を見せてくれました。湾では他にもサザエやアワビなどご飯のおかずを調達できます。海と密着した豊かな暮らしに感嘆しました。

浦島太郎伝説

 続いて日本最古の浦島太郎伝説が残る本庄地区へ。町の北西部に位置し、標高400m以上の山々と田園風景が広がります。その中心部にある浦嶋神社は宇良神社ともよばれ、約1200年前の825年(天長2年)に、丹波の豪族だった浦嶋一族の業績をたたえて創建されました。浦島太郎として知られる浦嶋子を祭神として祀っています。
 神社併設の宝物資料室には、物語の様子を詳細に描いた「浦嶋明神縁起絵巻掛幅形式」(京都府指定有形文化財)があり、宮嶋淑久宮司が流ちょうな語り口で絵解き(解説)をしてくれます。
 「日本で最も古いおはなしが『浦島物語』です。時代ごとに地域の人たちに大切にされてきたことが、この玉櫛笥(玉手箱)からもうかがえます」と宮嶋宮司。絵解きの最後に亀甲紋櫛筺一合(玉手箱)を開けてくれました。そこには、室町時代に奉納された櫛や鏡など約30点が収められています。
 神社の西にそびえる雲龍山の麓から、浦島太郎が常世の国へ旅立ったとされています。昔のままの風がゆっくりと吹き、おとぎの世界へと誘います。

へしこ茶漬け

 町の郷土食といえば、丹後半島や若狭地域に古くから伝わる保存食へしこ。脂ののったサバやオオバイワシ(大型のマイワシ)を塩と米ぬかで漬け、樽に詰めて半年以上熟成させます。日本海独特の珍味を確かめようとお食事処 かもめを訪ねました。
 店は宮下愿吾さんと妻の禮子さんが、1995年に汽船の駅舎を改装して始めました。地元ならではの新鮮な魚料理を提供するほか、温かい家庭の味を知ってもらおうとへしこ茶漬けをメニューにしています。
 ぬかをあまり払わず1cmほどに切ったへしこを香ばしくあぶって白飯に盛りつけ、刻んだ海苔や錦糸卵などをふりかけて熱々のお茶をかければ完成です。
 へしこの塩辛さがちょうどよく和らぎ、発酵した魚の芳醇なうま味でご飯が進みます。体調の悪い時や夏場の食欲がない日でもすっと食べられ、優しくはらわたに染みます。
 「へしこは生でも食べられるんですよ。薄くスライスして日本酒を少々垂らして、酒のさかなにします」と、愿吾さんが通の食べ方を教えてくれました。個性が強く好みは分かれますが、ハマる人はとってもハマるそう。ぜひお試しを。

枕元に波音舟屋の宿

 最後にご紹介するのは、舟屋を改装した宿。現存する約230軒の舟屋のうち22軒が宿として息を吹き返し、貴重な舟屋暮らしを体験できます。
 多くは地元住民が運営している一軒一棟貸しで、素泊まりのみのシンプルな宿。今回は8部屋24人と収容人数が多く、料理も提供しているWATER FRONT INN 与謝荘に宿泊しました。
 1階部分はレストランとして生まれ変わり、海面の目線で地元の鮮魚料理を楽しむことができます。2階と3階には奥行きのある部屋があり、窓を開けるとまるで絵画のような景色が。
 「外国人客が多いですが、絵描きさんもよく滞在されます。ベランダで、公園で、一日中ゆったり絵を描いて過ごされていますね」とオーナーの倉野直也さん。浜風が頬をなで、忙しい日常を忘れてのんびり過ごせる心地よさが漂います。
 昔ばなしの世界のように時が止まった伊根町。夜には枕元に波音の子守唄が響き、ぐっすりと眠ることができるでしょう。

■次回は岩手県岩泉町です。

まちのデータ

人口
1987人(6月30日現在)
おすすめの特産品
岩ガキ、伊根ブリ、へしこ、地酒
アクセス
京都駅から伊根町役場まで車で約2時間、電車とバスで約4時間
問い合わせ先
伊根町観光協会
0772-32-0277

いつでも元気 2022.9 No.370

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