いつでも元気

2022年9月30日

けんこう教室 
不妊治療(下)

沖縄・とよみ生協病院 婦人科 町田 美穂

 今年4月から不妊治療が保険適用の対象になりました。
 患者さんの経済的負担が減る一方で、今後の課題や懸念も指摘されています。
 前回に続いて、沖縄・とよみ生協病院の町田美穂医師が解説します。

 前回は「そもそも不妊治療とは?」について、基本的なことを説明しました。この不妊治療が保険適用の対象になったことで、どのようなメリットが考えられるでしょうか。

自己負担の軽減

 従来の自由診療の場合、それぞれの医療機関が独自に料金を設定していました。これが保険診療になることで、全国一律の料金で治療を受けられるようになります。また、自己負担が10割から3割に減るため、経済的に楽になる患者さんが増えるでしょう(資料1)。
 例えば、体外受精準備のための「AMH検査」(卵巣予備能検査)も保険適用の対象になりました。AMHは採血でその値を測定することにより、卵巣内に残っている卵子の数を推測できるホルモンです。従来は6800円程度かかっていましたが、約2000円で受けられるようになりました。
 排卵に合わせて注入器で精液を子宮に届ける「人工授精」の場合、これまで1周期あたり3万円ほど費用がかかっていました。これが保険適用によって9000円程度の自己負担になります。
 1回あたり平均50万円ほどかかっていた「生殖補助医療」(体外受精・顕微授精など)は、約15万円の自己負担です。高額療養費制度を利用すれば、限度額を超えた分の払い戻しを受けることもできます。
 ちなみに保険適用された治療は、日本生殖医学会のガイドラインが、実績や有効性などから推奨度A(強く推奨)とB(推奨)に分類した技術です。生殖補助医療で言うと、凍結した受精卵(胚)を融解して子宮に戻す「凍結融解胚移植」や、精巣から精子を採取する手術(TESE)などが含まれます。一方で、推奨度C(実施を考慮)に分類された技術は、現時点では保険適用の対象から外れています。

肉体的、精神的なケアの体制を

 今後の課題や懸念についても考えてみます。まず、保険適用による医療の標準化は望ましいことですが、きめ細かなオーダーメードの治療はしづらくなる可能性があります。従来の自治体による助成制度がなくなったため、以前より負担が増えるケースもありえます。
 また不妊治療によって、すぐに妊娠できるとは限りません。治療が長引いた場合の費用負担だけでなく、肉体的、精神的なケアの体制が十分に整えられるかも心配です。
 制度について言えば、43歳以上の女性が生殖補助医療を受ける場合、保険適用の対象に含まれません。40~43歳未満は通算3回まで、40歳未満は通算6回までという回数制限も設けられています。
 さらに保険適用が見送られた「反復流産」の患者さんに対する検査や治療、第三者の精子・卵子を用いた生殖補助医療をどう扱うかという課題があります。
 社会的には、子どもをつくらないと決めているカップルに対して、周囲から不要なプレッシャーがかかることも懸念されます。

周囲の理解が必要

 「保険適用されて、不妊治療は受けやすくなったんでしょ?」と思うかもしれませんが、安直に考えてはいけません。費用負担の問題は、患者さんたちが抱える悩みの一部でしかありません。ぜひ、そのことを知っていただきたいと思います。

〈その言葉、NGです!〉

 両親や親戚、知人などから「子どもはつくらないの?」と聞かれることがよくあります。しかし、実際は本人たちが一番悩んでいて、すでに不妊治療に通っているかもしれません。
 子どもがいる場合でも、「ひとりっ子は寂しいよ」「女の子だったから、次は男の子ね」など、プレッシャーをかける言葉は枚挙にいとまがありません。本人たちにしてみれば、「私たちの幸せを勝手に決めないでほしい」と、悲しい気持ちになるのです。
 たとえ善意から出た言葉でも、このような言葉は本人たちを苦しめるだけです。本人たちが周囲に心を閉ざしてしまうこともあります。
 もしあなたが少しでも力になりたいのなら、「何かできることがあれば、いつでも言ってね」と伝え、見守ってください。

〈仕事との両立〉

 不妊治療の場合、月に2~3回の通院が必要なことも多くあります。患者さんの月経周期に合わせるため、受診日が直前まで分からないこともあります。
 職場で「仕事の調整も必要だから、前の月に休みの申請を出してね」と言われても、月経開始や排卵日が遅れるなど、本人にも不確定な要素が多いのです。ほとんどの患者さんが、職場で居心地の悪い思いを経験しています。
 不妊治療後の出産や育児まで見通すと、経済的にも仕事は辞めたくありません。そんな患者さんにとって、休みをもらいたいと口に出して伝えることがいかに心苦しいことか、想像してみてください。資料2からは、不妊治療と仕事との両立で苦悩する患者さんの声が聞こえてくるようです。
 厚生労働省「不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック」には、職場での配慮のポイントがまとめられています。同省の「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」には、企業の具体的な取り組みも紹介されています。

呼吸しやすい社会に

 最後に一言。不妊治療を受けたとしても、必ず妊娠できるとは限りません。医師は神ではないですし、本人たちの頑張りが足りないわけでもありません。でも残念なことに、周囲の人たちがカップルに心ない言葉をかけて傷つけてしまうことがまだあります。
 みなさん、もうとっくに2022年です。21世紀も4分の1にさしかかろうとしているのに、「子どもを産むことが幸せ」「子どもを育てて一人前」など、なぜまだこんなに息苦しい時代が続いているのでしょう。
 自分で産む幸せ以外にも、育てる幸せもあります。特別養子縁組制度や里親制度がそれにあたります。この覚悟のいる道を選んでくれた方々には、感謝の念をも感じます。
 不妊治療は「女性たちに子どもを産ませる制度」ではなく、「子どもが欲しい人を応援する制度」です。少子化対策という大義名分のもとで、子どもをもたないと決めた方々の生き方を否定しないようにしましょう。
 同じ世界を生きる他人を尊重することで、自分のことも大切にできる。「こうでなきゃいけない」に縛られすぎないよう、私も日々省みていきたいと思うのです。

いつでも元気 2022.10 No.371

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