民医連新聞

2022年12月6日

にじのかけはし 第17回 米国での人工妊娠中絶に関する動き 文:吉田絵理子

 2022年6月、米国で衝撃的な出来事がありました。米国の連邦最高裁判所が、“人工妊娠中絶は憲法で認められた女性の権利”とした1973年の判決を破棄したのです。女性たちが長年かけて勝ち取った権利が覆された瞬間でした。結果、中絶を認めるか否かの判断は各州に委ねられ、すでに複数の州で中絶が禁止されました。暴行などによる妊娠であっても妊娠6週目以降の中絶を全面禁止した州や、中絶を行った医師を第三者が訴えることも可能とした州もあります。
 こうした政策は、安全で合法的な中絶医療へのアクセスを阻害し、結果として死亡率を増加させると言われています。また中絶を受けるために遠距離を移動できる恵まれた人たちよりも、所得が低かったり、もともと十分なケアを受けることが難しい人たちに、より大きく影響をおよぼし、健康格差を悪化させるとも指摘されています。
 連邦最高裁判所の判事は9人いますが、トランプ政権の間にトランプ氏が指名した3人が新たに就任し、この決定がなされた際には、保守派が6人、リベラル派が3人という構成でした。米国では最高裁判事の任期は終身制であり、この体制はしばらく続くと言われていて、今後同性婚の権利にも影響がおよぶことが懸念されています。
 この判決は一朝一夕でなされたものではありませんでした。キリスト教信仰にもとづき、「中絶は許されるものではなく、すべてのいのちを守るべきだ」と考える一部の人たちは、長い年月をかけて中絶に反対の意を示してきました。私自身もクリスチャンではありますが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(セクシュアリティーや生殖に関する健康や権利)を医師として守りたいと考えていますし、自身の性に関する健康や権利も守ってほしいと思っています。
 私は、米国のように宗教と政治とが密接に絡み合う社会は一筋縄ではいかないんだなと思いつつ、暗い気持ちでこの報道を追っていました。しかし日本でも宗教と政治が絡み合って、まさに性教育や夫婦別姓、同性婚が阻止されていることを、この時はまだ知りませんでした。


よしだえりこ:神奈川・川崎協同病院の医師。1979年生まれ。LGBTの当事者として、医療・福祉の現場で啓発活動をしている。

(民医連新聞 第1773号 2022年12月5日・19日合併号)

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