民医連新聞

2023年1月24日

対談 これからの人権と倫理 当事者に学び、ともに歩む努力を

 全日本民医連は昨年、「旧優生保護法下における強制不妊手術問題に対する見解」(以下、「見解」)を発行。「見解」は優生保護法(解説)の問題だけでなく、私たちが現場で直面する人権や倫理の問題に、どう向き合うべきか問いかけています。そこで今回は、きょうされん理事長の斎藤なを子さんを招き、全日本民医連副会長の加賀美理帆さんと、優生保護法問題を切り口に、人権と倫理について対談しました。(稲原真一記者)

優生保護法の罪

斎藤 優生保護法は、障害のある人は劣っているから社会にいてはいけないとし、多くの人に不妊手術を強制しました。国が人間の価値を序列化し、社会に差別や偏見を生み出したことが根本的な問題です。国は明確な謝罪をしておらず、被害者との間で解決の目途(めど)が立っていない現状も問題です。

加賀美 法律にもとづき、実際の手術を行ったことは、医療従事者の責任が大きいと思います。特に医師は手術の可否を決定する立場にありました。記録では本人の同意はほとんどなく、だますことさえあったとわかっています。
 国が予算をつけて推進したこともあり、ある病院では医局にノルマが掲示されていたそうです。国の姿勢や法律によって、医療従事者が無意識のうちに影響を受けていた証しです。

斎藤 国賠訴訟が始まったあと、強制不妊手術に関与したと告白した医師がいました。私は続く人が出てくるだろうと期待しましたが、その後は誰も出てきませんでした。現在わかっている被害者は行政にデータの残っている人だけで、本当の実態は医療機関や障害者施設が知っているはずですが、掘り起こしはすすんでいません。

加賀美 民医連内でも記録はなく、記憶としてはあったようですが、当時を知る職員はすでに退職し、語り継がれてはいませんでした。問題意識があれば、次の世代につなげていたはずですが、それができていなかった。また違和感を覚えていた仲間もいたはずですが、その声にも寄り添えてこなかったのだと反省しています。

斎藤 国賠訴訟で国側が何度も主張するのが「当時は合法だった」という文言です。しかし、問われるべきは、その法律が人権に照らして正しかったか否かです。その視点がないために、もっとも目を向けなければいけない被害者の救済が置き去りにされています。人権の最後の砦(とりで)の司法が、今の姿勢でいいのだろうかとも思います。

人を大切にする社会へ

斎藤 2006年は国連が障害者権利条約(解説)に舵(かじ)を切った年です。一方で日本は同年、これと真逆の障害の自己責任を強調する障害者自立支援法を施行し、福祉に成果主義や応益負担を導入しました。
 こうしたことの根っこには、経済を最優先する日本の新自由主義路線の政治があります。この価値観のなかでは、経済的価値や生産性の低い人たちは、貧困や病気で生活に困っても自己責任。障害のある人だけでなく、生活保護やLGBTQ、海外ルーツの人などに対し、政治家などが差別的な発言をくり返すのも、その現れです。


障害者権利条約

 「私たち抜きに私たちのことを決めないで(Nothing About Us Without Us)」を合言葉に障害のある人への差別を禁止し、当たり前の権利を保障することを目的としている。障害のある人の困難は「その人が障害を持っていることが原因」とする従来の個人・医学モデルから、「多数派を基準につくられた社会のあり方が障害=困難を生んでいる」とする社会・人権モデルへの転換がはかられた。日本は2014年に批准。条約は差別の禁止だけでなく、社会へ合理的配慮による障害の原因の排除を求めている。


加賀美 まったく同感です。医療の世界は、高度経済成長期に右肩上がりに成長しました。しかし、経済優先の政治のもとで、社会保障が次々と切り下げられ、今では社会保障支出は国民皆保険制度を謳(うた)う国にあるまじき低さです。
 コロナ禍だけでなく、ウクライナの問題でも平和が脅かされ、第二次世界大戦以降、もっとも危険な時期だと感じます。戦時中、優生思想のもとで、生産性が低いと見なされた人たちは、差別や迫害を受け、真っ先に犠牲になりました。こうした世の中だからこそ、すべての人が平等に受けられる社会保障制度の確立を、求めていく必要があります。

斎藤 日本は昨年9月、国連から障害者権利条約の総括所見・改善勧告(解説)を受けています。私はこの内容が、これからの運動の羅針盤になると考えています。
 障害者権利条約が強調している「他の者との平等」とは、障害のある人に特別な権利を求めているのではなく、障害のない人に比べてマイナスの状況を改善するということです。これには「いのちや人権に優劣はない」ということが大前提にあります。


国連からの総括所見・改善勧告

 障害者権利条約にもとづき、日本政府のとりくみを国連の権利委員会が審査し、昨年9月9日に初めて総括所見・改善勧告を公表した。総括所見では、日本の政策への厳しい批判とともに、国内で起きた障害のある人にかかわる事件の検証や、ジェンダーなども含めた幅広い人権の擁護と差別の撤廃にも言及。条約の理念である、当事者を中心に据えた政策への根本的な方向転換を求めている。


優生思想を乗り越えるために

加賀美 私はまず、困難を抱えた人たちのことを、知る努力が必要だと考えています。「見解」でも強調したのですが、私たちはあまりにも知らなすぎました。その反省点に立って、いろいろな当事者に学びながら、いっしょに歩む努力をしなくてはいけません。

斎藤 「見解」を読みましたが、組織として重大な問題と捉えてとりくんだことに敬意を覚えました。問題をまとめるだけでなく、患者や利用者のため、これからの活動に生かそうとしていることに意味があります。当事者との結びつきを重視していることも大切で、身近なところでいっしょに行動していく人たちがいることが重要です。
 「見解」が指摘したパターナリズム()の克服は、総括所見が一番に指摘した「日本の父権主義的観点が人権モデルと調和しない」という点に通じます。障害のある人を自分とは違う存在として扱ったり、「支援対象」と見るのではなく、対等な人間として、その思いや声に向き合うこと。目の前の当事者が何を願い、それがどの水準で達成されているのか、この視点を握って放さないことが必要です。

加賀美 総括所見では、分離教育の見直しや脱施設の必要性も指摘されていますね。しかし、私は政府がこの内容を曲解して、何ら環境を整えず、同じ場所で教育を受けたり生活することのみを強調するのでは、と危惧しています。

斎藤 私も総括所見の指摘は、貧困な教育体制や地域資源をそのままに、対応だけ同じにすることではないと捉えています。就労に関しても、そもそも日本の労働市場そのものが壊れていて、労働者の権利が守られていません。
 障害者権利条約は障害のある人だけでなく、そうした人権の守られない社会全体へのイエローカードだと思っています。

手を携えて共同を

斎藤 きょうされんは、優生保護法問題の全面解決ができるか否かが、今後の日本の障害者施策を左右する最重要課題だと考え、とりくんでいます。
 今回のことをきっかけに、民医連とも本質的なところで手を携えて、いっしょに運動をすすめていければと願います。医療も福祉も、人間らしく生きる権利を保障する上で欠かせない領域です。今後も、当事者を中心に据えた価値観を共有していければと思っています。

加賀美 ありがとうございます。私たちもその思いを受け止めて、いっしょにこの問題にとりくんでいきます。
 今年、全日本民医連は同じことをくり返してはいけないと、組織的に人権に対する感度を高め、風通しの良い組織をつくることをめざし、「人権と倫理センター」という常設委員会を立ち上げました。期待も大きく重責を感じていますが、個人の問題意識を放置せず、自分たちをブラッシュアップしていきたいと考えています。
 ぜひ、今後、さらに連携や運動をすすめていきましょう。本日はありがとうございました。


※パターナリズム 強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援すること。


きょうされん

 1977年に16カ所の共同作業所が、障害のある人の権利保障を求め、前身である共同作業所全国連絡会を結成。現在はグループホームや相談支援などの事業所も加わり、2001年に現名称に改称。約1860カ所の事業所により構成されている。障害のある人たちが当たり前に働き過ごせる地域をめざして活動し、国会請願や政策提言、要望活動なども行っている。


優生保護法

 1948年、「優生上の見地から不良な子孫の出生防止」「母性の生命健康の保護」を目的に、不妊手術や中絶を合法化する法律として制定。1996年の改定まで、障害のある人や特定の疾患患者などを対象に“公益”を名目に少なくとも2万4993件の強制不妊手術が行われた。2018年から被害者が全国で国賠訴訟を起こし、判決の出た6件のうち4件で違憲判決が出されている。


斎藤なを子さん きょうされん理事長。鴻沼福祉会(社会福祉法人)の常務理事も務める。
加賀美 理帆さん 全日本民医連副会長。茨城・城南病院副院長で内科、リハビリテーション科が専門。

(民医連新聞 第1775号 2023年1月23日)

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