いつでも元気

2007年10月1日

元気スペシャル 2007年原水爆禁止世界大会・長崎 被爆者の願い、受けついで

青年は決してアキラメズ行動する!

大河原貞人
全日本民医連事務局次長

 

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国民平和大行進はことし50回。韓国からの参加者も、
ともに歩いた(©原水爆禁止日本協議会)

 ♪抱いてください いとしい人よ わたしが泣かずにすむように 力をください このわたしに 生きる力を このわたしに
 八月七日、「二〇〇七年原水禁世界大会・長崎」の開幕総会会場に、ジャズシンガー形岡七恵さんの心にしみいるような歌声が流れました。作詞・作曲は中西 英治さん。被爆者であり日本原水爆被害者協議会(被団協)事務局次長として核廃絶の先頭に立ってこられましたが、この四月、急性白血病のため急逝。六五歳 でした。中西さんには『いつでも元気』の編集にもご協力いただきました。
 中西さんが願ってやまなかった核廃絶の思いは、形岡さんはじめ若い世代にしっかり受けつがれています。ことしの世界大会は、青年の多さ、元気さが目立ち、「平和をつくり上げるには、決してアキラメズ行動すること」との決意を示したことが、大きな特徴でした。

7千人超す熱気であふれ

 メイン会場の長崎市民体育館は熱気であふれ、会場に入りきらない人びとのために第二、第三会場まで用意されました。参加者は七〇〇〇人をこえ、海外からは一九カ国から一〇七人の参加でした。
 海外代表の一人として発言した中国人民平和軍縮協会の牛強さんは、中国のことわざを引用して「青年は朝八時の太陽だ。若い太陽がこれからの歴史を作る」と述べ、青年を激励しました。
 国際平和ビューロー会長のトマス・マグヌスンさんは「一九五〇年代スウェーデンで、政府が密かに核開発計画をおこなっていることが明らかになるや、多く の国民・労働者が立ち上がり、政府の計画を断念させた」経験を紹介。「その後、時を経て当時の首相が市民集会に参加して、“あなた方の運動で間違いを犯さ ずにすんだ。本当に感謝している”とあいさつしました。いま、この世界大会の決意が世界や日本を動かし、近い将来、核のない平和な世界に必ずつながりま す」と述べました。

●熊本から原爆訴訟支援を報告

 熊本のくわみず病院ソーシャルワーカーの浜陽子さんは、原爆症認定集団訴訟で、国は判決を受け入れ、控訴をやめよと訴えました。七月三〇日に出た熊本地 裁判決でも、国は敗訴。認定行政の見直しを迫られています。熊本民医連は支援の一環として被爆者二七八人と非被爆者五三〇人の健康状態を比較する聞き取り 調査をおこない、被爆の実相に迫ることができたと報告しました。

●21万羽プロジェクトは50万羽に

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21万羽おりづるプロジェクトの小林さん
=中央(©原水爆禁止日本協議会)

 「青年たちの二一万羽プロジェクト」は、一瞬にして命を奪われた二一万人への思いを込めて、二一万羽の折り鶴をと企画されました。よびかけ人の小林秀一さん(元ボクシング日本ウエルター級チャンピオン)は、運動は大きく広がり、すでに五〇万羽に上っていると報告。
 田上富久長崎市長もあいさつし、日本政府に「非核三原則の法制化を迫る」と力強く決意を示しました。執行議長団として、全日本民医連の長瀬文雄事務局長、長崎大学医学部五年生で民医連の奨学生・領家由希さんが役割を担いました。

動いている国際政治

 世界をみると、六カ国協議のなかで北朝鮮の核施設の稼働停止と朝鮮半島の非核化に向けた動きが始まり、二〇一〇年のNPT(核不拡散条約)再検討会議に向けて、〇五年のような後退は許さないという世論が強まっています。
 長崎大会に先立ち広島で開かれた国際会議の「宣言」はこう呼びかけています。
 「世界の声となった『ヒロシマ・ナガサキをくり返すな!』という被爆者のねがいを、世界のすべての国でさらにひろげ、草の根の運動、市民社会と政府の連 帯した力で国際政治を大きく動かそう」「そのために『すみやかな核兵器の廃絶のために』の署名をはじめ、世界各地で…多様な運動をすすめよう。反戦平和、 主権、軍事基地撤去、公正な社会をもとめる多様な運動との連帯をさらにひろげよう」

●原爆症認定、6度、断罪された国

 一方、日本では長崎出身の久間前防衛大臣は「原爆投下はしょうがない」と発言し、少なくない閣僚が「日本も核武装を検討すべき」とくり返しています。
 しかし一瞬にして二一万人もの生命と生活を抹殺し、そして今なお二五万人余の人びとを、被爆の後遺症や差別、偏見で苦しめている原爆。これほどの無差別大量殺人は過去においてありません。
 原爆症認定集団訴訟は、「自分たちの病気の原因は原爆症であること」を認めさせ、「二度と原爆は使用させない」と、二六六人の被爆者が老齢を押して立ち上がり、全国二〇地裁・高裁で国に対して起こした裁判です。熊本地裁判決を含め、六つの裁判はすべて原告が勝訴。
 原爆被害の実相に目をつぶり、控訴し続けている国は許せません。

民医連参加者交流集会で「列島リレーピース」

 

ノルウェーからの医学生とも心ひとつに

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腹の底から歌った。演奏は心人(写真・中島浩二)

 原水禁世界大会・長崎には一一〇〇人を超える民医連職員・共同組織のみなさんが参加。八月八日 夜には、民医連参加者交流集会が開かれました。職員、共同組織の仲間が続々とつめかけ、会場いっぱい四四〇人の熱気に包まれました。青年職員が圧倒的に多 く、各事業所で平和活動を一緒にとりくんでいる共同組織の参加者が年々増えていることが特徴です。
 「列島リレーピース」と銘打った各地の報告は圧巻でした。

●いのちのSANBA九条の会

 埼玉協同病院・助産師の近沢直美さんは「いのちのSANBA九条の会」のとりくみを報告。「私たちは、生命を生み出す産婆(SANBA)です。『生まれ てきたこの子のかわいい足を戦場に立たせたくない。この手に銃を持たせたくない。このつぶらな瞳に争いを見せたくない』と若い父親、母親に訴え、赤ちゃん の足形でつくる九条署名を集めています。こうした活動を通じて、“夢の九条を守る子”にと『夢九』ちゃんと名づけられた赤ちゃんもいます」

●写真つきメッセージを925

 福岡・千鳥橋病院看護師の前田閑那さんは、九条と二五条にちなんで、仲間と一緒に九二五を目標に写真つきメッセージを集めたと報告。職場、地域、街頭、家族や友人に訴え、一人ひとりの思いが詰まったメッセージは九二五以上に。
 長崎民医連の青年は、被爆体験を語り続けてきた山口仙二さんを病床に訪ね、「若い人たちが学んでがんばること、継続こそ力」というメッセージをビデオに収めて伝えました。

●被爆者の証言に衝撃受けた

 ゲスト参加の長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄会長、坂本フミエ副会長、山田拓民事務局長は「こんなにたくさんの青年職員が平和活動にがんばっているのにビックリした。すばらしい活動をしている」と感想をのべてくれました。
 またノルウェー核戦争防止医師の会(IPPNW)学生代表として世界大会に初参加した医学生のグーロ・クリスティーンさん(三年生)、アンネ・ウェンスベルグさん(二年生)、トリグヴェ・ベルゲ君(五年生)ら四人も参加。
 グーロさんは「被爆者の証言に衝撃を受けました。ヒロシマ・ナガサキをくり返してはならないと、痛切に感じました。実りある大会の内容をノルウェーの学 生たちに伝えていきたい」。また、「民医連参加者交流集会に参加して楽しかった。私たちと同世代の青年がいろんな活動をしていることに励まされました」と 語っていました。

●医師・医学生が40人参加

 医師、医学生も約四〇人参加。福井医大一年生の前田亜里紗さん、鹿児島生協病院・一年目研修医の中島悟さんが決意を語り、全日本民医連医師研修委員長の 山本一視医師や長崎民医連反核平和委員長の菅政和医師が激励しました。会場は大きな感動でつつまれ、最後は、奏者「心人」とともに、「原爆許すまじ」など を腹の底から歌い、心をひとつにしました。

いつでも元気 2007.10 No.192

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