民医連新聞

2004年1月5日

2004年新春肥田泰会長インタビュー 平和も医療の質も人権を優先する社会でこそ

医療安全対策すすむヨーロッパ視察から

 社会のあり方がするどく問われる中で迎えた年明け、総会もまぢかです。昨年末、医療安全問題でヨーロッパの三カ国を視察した肥田泰(ゆたか)会長にインタビューしました。(木下直子記者)

 いよいよ二〇〇四年の幕あけです。欧州の医療事故対策事業の視察のお話をする前にひと言、平和の問題に触れておかなければなりません。

「平和」でこそ成り立つ医療

 「平和」と「医療の安全性」は一見関係ないようですが、平和なくして医療は成り立ちません。尊い命を簡単に奪ってしまう戦争を許し、「医療の安全性」だけを叫んでも空論になってしまいます。

 大前提である「平和」が突き崩されようとしているいま、「このままイラクに自衛隊を派遣させてしまっていいのか?」「平和憲法を守れるのか?」という問題が鋭く問われている時、医療の安全や質を高めると同時に、平和そのものを守らなければならないと思います。

 若い職員たちが、各地で反戦の行動に立ち上がっています。沖縄の全国青年ジャンボリーで学んだ青年たちは、命の尊さ、平和への思いをあらためて強くしました。彼らとともに、私たちの主張を地域にさらに広げていきましょう。

 新年の冒頭から、大きな課題に直面しています。医師の研修制度が変わる、診療報酬も定額制拡大やさらなる切り下げ、こうした状況で日本の医療界も大きく激動します。

 その中で私たちには、「まず患者さんを守り、事業所の経営を守り、職員も守る」という、この間の困難を乗りきる際も堅持してきた三つの原点に、常に立ち返った活動が求められると思います。

 昨年、創立半世紀を迎え、二月には第三六回総会です。議論を深め、国民のいのちを守る砦として、激動の時代を耐えぬく気概をもって足を踏みだしましょう。

ヨーロッパの優れた人権感覚

 ヨーロッパの視察に話をすすめましょう。「ヨーロッパでは医療の質向上にどんな努力がされているか、民医連も見 に行きませんか?」とのお誘いがきっかけでした。よびかけてくれた大阪の医真会は医療安全に非常に努力されている医療法人で、八尾総合病院の活動は有名で す。理事長の森功医師は「医療事故調査会」を立ち上げ、医師に対する同僚評価もしています。

 訪問したのはドイツとスウェーデンとオランダの三カ国です。一一の機関を訪問し話を聴いてきました(概要は左ページ)。まず「優れた考え方だなぁ」というのが、参加したメンバー全員の感想だったと思います。

 印象的だったのはスウェーデンのシステムです。社会保険庁は「政府による患者の保護には四本の足(施策)があ る」と説明しました。(1)同庁は国内の保健医療を分析し監視する責任を持ち、医療過誤の届け出を受けます。(2)患者側からの申請をうけ医療人個人を監 査する組織(ホーサン)。(3)事故やミスにあった患者の補償・救済にあたる「患者保護局」(4)各県にある「患者局」がそれです。

 医療事故が起こるとまず、被害を受けた患者さんを救済します。そして医療機関に対しては評価と改善すべき点を第 三者機関が示す。ペナルティは、全く別の次元で考えられます。「ペナルティ」は「改善勧告」が中心です。ミスをした医者にも、資格停止・剥奪でなく、「何 年間これこれの医者のもとで勉強しなさい」といった教育的措置がされます。もちろん何回もミスを繰り返す人は問題になるし、麻薬常用者だった、などの問題 は別です。あくまでも「人間は誤るもの」を前提にした対応でした。

 オランダの病院の患者相談窓口や、外部の専門家でつくる苦情処理委員会も、興味ぶかい。「患者苦情権利法」の下に、医療機関に設置が義務付けられていました。

 「患者の権利を保障しよう」という姿勢に徹底できるのは、すすんだ人権感覚がベースにあるからだと思います。し かし、これらの国でも医療の質を重視する施策ができたのは最近のことです。オランダでは九五年、スウェーデンでは九〇年代です。患者の訴えや、医療の高度 化に伴う事故やミスの増加が契機のようです。そう考えると、日本でもやればできると思えます。

心ある医療人と手を結び

 帰国して日本の現状と照らすと、「発想の整理」が本当に必要だと感じました。

 「患者が被害を受けたらその被害を補償し、病院のシステムに問題があればその改善を指示し、医者・看護師個人に 問題のある場合は、教育的に改善を迫る」という三カ国の発想に学ぶ必要があると思うのです。私たち民医連が厚生労働省に要望している「安全問題、医療事故 対策の第三者機関の設置」の内容にぜひ反映させたいと思います。

 いま、厚労省が考えている措置は「第三者機関は医療機能評価機構に丸投げ」「患者の苦情は各県の医療安全センターでやれ」というもの。これでは患者にも現場の医療者の要求にも応えられません。

 医療機能評価機構は事故の情報を集め、分析はしても、個々に発生する事故への対応はできません。患者さんにとっても、解決の手段は「お金も時間もかかる裁判しかない」という最大の問題が残ります。ヨーロッパの三カ国にあるような裁判外で処理できるシステムが必要です。

 警察の関与の問題も「第三者機関が調査し、必要性を認めた時でいい」という問題整理ができます。警察は犯人捜しだけで事故発生の背景やシステム上の問題点の分析はしません。なのに資料を持っていってしまい、医療現場での事態解明が困難になるといった害が生じています。

 この視察での収穫は、欧州のすすんだ経験だけでなく、日本の医療界を良くしたいと考える人たちと知り合えたこ と。今回視察に参加した他の人たちも、それぞれの立場から、問題提起されるはず。私たちもいっしょに議論していきたいと思います。力を合わせれば、解決の 方向は出せると確信しました。

 私たちはこの間の痛恨の事件・事故を大きな教訓にして、全国で医療安全の向上にとりくんできました。経験を交流し、転倒転落調査、注射事故調査に基づいた提言をつくり、先駆的な役割は一定果たしてきました。そこには自信をもっていいと思います。

 この私たちの経験をほかの医療団体にもどんどん伝えたい。逆に、私たちだけがんばっているわけでも、常に正しいわけでもなく。ほかでの教訓やとりくみからも積極的に学んで、ともにすすむことが必要だと思います。

会長がみた3カ国患者保護のしくみは

スウェーデン

人口 約894万人
国土45万km2
 「社会保険庁」(=医療機関を管理する最上級機関)と、「健康と医療鑑査局=ホーサン」へ。また「患者オンブスマン」を置いている南病院を訪問。同国に は、事故届け出の義務を定めた「レックス・マリア法」がある。
●社会保険庁…医療機関の質的向上や医療機関の資格管理問題を扱う。地方事務局に持ち込まれる苦情は3500~4000件。改善や閉鎖させる権限ももつ。 病院に質向上の指導文書も配布しているが、やりかたは病院の独自性に任せている。
●健康と医療監査局(HSAN:略称ホーサン)…国の独立した行政局。患者の申し立てにより、医師の処分を決める。申し立ての97%が患者や家族から。苦 情を出した患者には『あなたが医療に満足しないときに誰が耳を貸しますか』というパンフを送る。この冊子は病院もおく義務がある。局の決定が不服の場合、 県や地方の裁判になる場合もあるが、年3200件の申請中、最高裁まで送られた件数はゼロ。
●南病院…530床、看護師1490人、医師603人。
患者の苦情をスムーズに聞くため「患者オンブズマン係」をおいている。係は院内の相談室に常駐し身分は県職員。院長の指揮下ではなく、あくまでも患者の味 方として存在。医療過誤の賠償請求も手助けする。

ドイツ

人口 約8,254万人
国土35.7万km2
 公的な資金で委託運営される「患者相談所」、医師会、裁判で患者の不利益を解消する役割をもつ「調停所」、病院、患者保護団体の5カ所を訪問。
●ベルリン医師会…医療過誤の問題を処理する「職業倫理裁判」を行っている。費用が安く、平均14カ月の短期間ですむ。非公開で報道もされない。年間 2000件の苦情が寄せられ、昨年はそのうち7件の裁判を扱った。調停所も持っている。
●北ドイツ調停所…医師会の関連機関。申し立ては3者の同意で開始される。費用は無料。決定のうち70%は医師有利、30%が患者有利だという。ここから裁判へと持ち込まれるものは10%未満。
●ドイツ心臓センター…大病院。診療部ごとにリスクマネジャー、クオリティーマネジャーがいる。
●ドイツ社会同盟患者相談所…「社会法第65条のb」に基づき、政府が全国に30の患者相談所を設置。毎年約6億円の予算が。運営は、福祉団体や消費者団 体に委託。訪問したのは弱者救済団体の相談所。患者の相談を受けアドバイスする。医療過誤対応もするが問題解決はできない。
●患者保護団体…スウェーデンの制度を目標に、患者の権利確立と補償の簡易化をめざす。医師会の調停や医師の姿勢は不十分だ、と見て、運動している。

オランダ

人口 約1,612万人
国土 4.2万km2
 「患者苦情権利法」により各医療機関に義務づけられている患者の苦情処理委員会のシステムについて聞くため、「MCH病院」を訪問した。ほか120の患 者団体と連結し、苦情や相談に乗る「患者消費者プラットホーム」と、政府機関の「オランダ医療監査局」に行く。
●MCH病院…受付の脇に苦情窓口を常設し、苦情処理に当たる。医療過誤の解決にも役立つ。処理しきれないものは、別の手続きに入るがその前段階で有効に機能している。
●オランダ医療監査局…この中に大きな医療事故を担当する部署がある。「医療機関の質法」、「苦情処理法」がつくられており、医療機関に遵守させる役割を もつ。医師の処分に関しては、風紀法がある。「間違いは起きるもの」との前提で対処している。
●患者消費者プラットホーム…州や国から助成を受け、患者の苦情や相談に応じ、アンケートなどの調査活動をしている。年間およそ1200件の相談に応じている。

(民医連新聞 第1323号 2004年1月5日)

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ