いつでも元気

2007年12月1日

特集1 “人間らしく生きたい” 「生存権裁判」は発信する

 二〇〇六年四月、生活保護の七〇歳以上の受給者の「老齢加算」が廃止されました。生活保護削減策として政府が最初に手をつけたも の。約二割の収入減となり、食費を抑え、入浴を控え、外出や交際を絶って過ごす高齢者の姿が民医連の調査でも明らかに。この加算廃止を「憲法二五条に違反 する」として、廃止の差し止めを求めた裁判が八都府県で起こされています。「生存権裁判」です。支援の輪もひろがっています。青森で取材しました。

老齢加算廃止で生活は

――恩人の死にお葬式へもゆけず

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原告の皆さん。「裁判を支援する会」企画の交流会で
(九月二四日)。 約六〇人の参加者 には民医連職員
や保健生協組合員さんたちも

 茂木ナツエさん(76)は青森市の原告の一人です。今年四月、市内の五人の人たちとともに、提訴しました。
 ナツエさんは夫の博さんが四〇代でパーキンソン病を発症していらい、付き添いの仕事をし、家計を支えてきました。四年前に博さんの病状が悪化、その介護 で家を長時間あける仕事が続けられなくなりました。年金収入だけになったとたん、生活がたちゆかなくなりました。
 「年金が二人で月約一三万円です。医療費やオムツ代、通院の交通費などで使うと、足りませんでした。一年分の年金を借り、着物やアクセサリーを売ったけ れど、それもなくなって…」。生活費の工面を考えると眠れず、死のうとまで思いつめたとき、近所の人に「生活と健康を守る会」を紹介され、生活保護を受け ることに。「役所に相談に行ったら一度目はダメだった。七〇歳を越えた私に担当者は『働く気はないのか?』って。四〇代の人でさえ仕事がないのを承知でい うの。よほど銭コ出したくないんだね」

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毎月25日が宣伝日。原告団長の茂
木ナツエさんは毎月ここに立つ。「お
父さんが『また行くのか?』ってきくか
ら、『私のためにしているのだから』っ
て答えるの。生きるためだもん、恥
ずかしいことはない

 生活保護は、世帯構成などから計算した基準額(最低生活費)に収入が届かない場合、不足分をカバーする形で支給されます。茂木さん夫婦も年金で足 りない分を受給していましたが、老齢加算が廃止された分基準額が下がり、年金との差がなくなりました。月約四万円だった保護費がオムツ代の一万七〇〇〇円 と通院の交通費だけに。ナツエさんの医療費約五〇〇〇円は自己負担になりました。
 毎月の食費を五〇〇〇円減らし二万円にしました。飲みこむ力が弱っている博さんにだけは、消化がよく栄養あるものを食べさせようと苦心しています。夫婦で食べ物が違うと心配するので「腹へったさけ、先に食べてるじゃ」と声をかけ、台所で先に食べています。
 毎日入っていたお風呂は週に夏一回、冬二回にしました。衣類も、デイサービスに行く博さんが恥ずかしくないよう、下着やズボンが安いときに買い、自分は一〇年二〇年たつ服を着ています。
 それにしてもつらいのは、交際費が出せないこと。生活保護をすすめてくれた人が三月に亡くなりましたが、恩人といえるその人ともお別れができませんでし た。「一緒に花を出そう」と知人に誘われましたが「お香典を出す」と嘘をいって断りました。気仙沼にいた博さんの姉が亡くなりましたが、見舞いにもお葬式 にも行けていません。「つらかった…」

 板橋アイさん(74)は八戸市の原告です。いま住居にしている旅館が廃業になるまで働いていました。年金が少ないため、失職してからは生活保護になりました。加算廃止で月一万五〇〇〇円の減収、食事と入浴と光熱費を削っています。
 一日三食で米一合、おかずは一品、味噌汁。汁は沸騰すれば火を止めて余熱でつくります。糖尿病のため、医師からは食事を一日三〇品目、バランスよく、といわれていますが、とても無理。
 日が暮れても電灯はつけません。夕飯はテレビの明るさをたよりにとっています。寒い地域ですが、灯油代の節約にストーブは朝晩一回つけて暖まるとすぐ消し、こたつに入り、一日中じっとしています。銭湯へは週一回、入浴料の三九〇円は大きな出費です。

憲法25条を国民の手にとり戻そう

「生活費足りない」6割

――民医連SWの加算廃止後調査から

 茂木さん、板橋さんのギリギリの暮らし。命はなんとか維持している、でも社会参加する余裕もない生活に、尊厳はあるのか? と感じずにはいられません。
 しかしこれは特殊な話ではありません。民医連のソーシャルワーカー(SW)たちがおこなった全国調査(「生活保護受給者老齢加算廃止後の実態調査」)で も、そのことがうかがえます。保護費の約二割を占めていた老齢加算が廃止された影響を、約四〇〇人からききとったものです。
 「食費」「被服履物費」「光熱・水道費」などの費用が、老齢加算の廃止で不足した世帯が六割を超えました。さらに不足した項目は一つにとどまらず、二~三項目で「足りない」という回答が最多でした(図1)。「脳梗塞後遺症があり、冷暖房を節約できない。食費を抑え朝は水でお腹を膨らます」「おかずが欲しくなるのでご飯は避けパンにする」「服は貰うか、数年に一度バザーで買う数百円の物。下着は安売りか一〇〇円ショップで年二、三枚程度」といった記載が目をひきます。

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 「老齢加算廃止の打撃は予想以上でした。生活保護は最低限度の生活を保障するもののはずで、『生活費が足りない』という項目が一つあっても問題なんです」と、SW委員会の吉原和代委員長。
 分析中のデータには生活に余裕がないため、地域、親戚・家族づきあいもできず社会生活から孤立していることを示すものも(図2・3)。地域行事に「全く参加しない」が七割、冠婚葬祭の知らせが来ても「全く参加しない」が五割、「ほとんど参加しない」をあわせると七割でした。

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 老齢加算は、高齢者の特質を検討した政府が、「高齢者はものを噛む力が弱るため、消化吸収がよく栄養に富んだ食品が必要なこと、肉体的条件から暖房・被 服や保健衛生費にとくに配慮が必要なこと、さらに近所・親戚づきあいや墓参りなど、社会的費用が余分に必要な世代だ」と、必要なものとして生活保護の基準 額に加えました。これまでおこなわれていた生活保護制度についての検討会でも、この必要性は確認されていました。それが突然、高齢者には特別な費用は必要 ない、と廃止になりました。
 廃止を決めた時の厚労省の検討班にいた識者はいいます。「保護の給付を引き下げるより、加算部分を削るのがいちばん手をつけやすい」「私たちは加算廃止には賛成しなかった。ところが『廃止』された。(加算廃止の)結論はあらかじめあったと思う」
 政府の二〇〇六年「骨太方針」にも「生活保護の見直し」は明記されています。

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「手助けせねば まいね(いけいない)」

ひろがる支援 街の反応は温かく

 

生活保護が唯一の指標

――基準下がればすべての生活に影響

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生活保護の縮小は連続して狙われている。 扶助基準
本体の切 り下げの検討が始められた晩、厚労省前で
緊急の抗議行動が(10月19日 木下撮影)

 青森県生活と健康を守る会の小浜秀雄会長にききました。
 「この裁判には、生活保護受給者だけでなく、生活保護以下の暮らしをしている年金生活者、勤労者、たくさんの生活がかかっています。たとえば最低賃金で す。青森は六一九円で全国一低い。せめて一〇〇〇円ないと、医療費や保険料・税金の支出を差し引きすると生活保護以下のくらしになります。しかし政府はそ ういう実態を逆に使い、加算廃止だけでなく、生活保護縮小の口実にしています。『生活保護の人がうらやましい』という人たちを放置していること自体が憲法 違反なのに」
 日本では、生活保護が生活の最低ラインを示す唯一の指標。この基準が下がれば、最低賃金や年金、課税最低限、就学援助制度といったものにも波及します。生活保護は全国民にかかわる問題です。
 「青森県では、母子加算廃止について訴訟をおこした原告も一人います。老齢加算の原告七人の後ろに県内で加算をうちきられた人が四〇〇〇人余、母子加算 では、原告一人の後ろに加算減額された一一〇〇人がおり、同じように苦しい生活を送っています」
 原告たちはそんな人たちからの期待も実感しています。「お母さん、えらいな」茂木さんは市場で見知らぬ人から背中をたたかれました。テレビで茂木さんた ちの裁判のことを見たそうです。街頭でカマボコを売り、生活している同年代の女性でした。夫が脳梗塞で倒れ、生活相談に行った役所でダンナが死んだら来 い、と帰された経験がありました。「オラたちのためにもがんばってけさい」と励まされました。
 「みんな苦しくているんだナ」と茂木さん。毎月の街頭宣伝には、欠かさず出ています。原告のタスキをかけ、背筋を伸ばした小柄な姿が今月も街頭に立ちます。

 裁判を支援する会は、県内に会員一〇〇〇人と広がっています。青森民医連も労働組合や他の市民団体などとともに「会」の事務局を担っています。
 「生活苦で医療を受けられない、という患者さんに日々遭遇し『こんなに人間が粗末にされていいのか?』と思うことも多い。『健康』という切り口でも、 『生活を守る』という切り口でも、『応援』でなく、『自分のこと』としてとりくみたい」と同県連の小池中事務局長。「今回は裁判というたたかいです。これ に勝つカギは、一人でも多く、支援者を広げることです」
 朝日訴訟を知らない若い職員も多い中、学習し問題意識を育てながらたたかいたい、と考えています。
 九月二五日の街頭宣伝に、宣伝初参加という湯沢陽子さんの姿が。青森保健生協が企画した学習会で裁判を知り、支援する会に入会しました。 
 「名乗ってたたかう原告の勇気…これは私も手助けせねばまいね(いけない)、と。特に青森は貧乏県、生活保護がどうなるかは生活にも影響する。一人ひとりの問題として、裁判の行く末を見届けたいと思ったの」
 「憲法二五条が国民に保障した『健康で文化的な生活』とは何か?」五〇年前、結核患者の朝日茂さんは命がけで発信しました。いま再び高齢の原告たちが立ち上がりました。「人間らしく生きたい」という願いは、共感をひろげています。
文・木下直子記者/写真・酒井猛

 1時間足らずで30筆を超す署名が。署名 した人たちにきくと…「福祉がどんどん抑制されている感じ。年金も少ないし先のことを考えると、応援したい」「私もギリギリの年金生活。娘が母子家庭。2 人の子を抱え、2つの仕事を掛け持ち…人ごとではない」「経済的に困ったが役所で生活保護の申請を断られた知人がいる」「保護を悪くいう人もいるが、人生 には病気や失敗はある。社会に復帰するチャンスも奪うのか? 成果主義の価値観を福祉にまで持ち込むのはおかしい」

いつでも元気 2007.12 No.194

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