声明・見解

2006年9月18日

【声明2006.09.18】厚生労働省のいわゆる「小児科医療の集約化」に対する見解 - 地域の小児医療における中小規模病院の役割と関連して –

2006年9月18日
全日本民主医療機関連合会・小児医療委員会

はじめに
 昨年12月、厚生労動省は都道府県知事に対し「小児科・産科における医療資源の集約化・重点化推進について」と題する通達を出し、早急に集約化・重点化 に向け具体策をまとめるよう指示しました。これは、日本小児科学会が発表した「小児医療提供体制改革の目標と作業計画」、および関係省庁連絡会議の下に設 けられた「小児科・産科における医療資源の集約化・重点化に関するワーキンググループ」が昨年11月とりまとめた「小児科・産科医師確保が困難な地域にお ける当面の対応について」という答申に沿って、社会保障審議会医療部会がまとめた「医療供給体制に関する意見」に基づくものです。
 小児科学会での検討経過からも明らかなように、この問題の出発点は「小児科医数の絶対的な不足から来る救急対応体制の危機」にありますが、実際には今後 のわが国における小児医療全体を大きく規定する内容になっています。今回の厚生労働省通達の内容をみると、それが画一的かつ性急に進められた場合には、病 院小児科のスクラップ アンド ビルドが無理やり行われかねないのではないかという危惧を私たちは感じています。私たちは患者・地域住民と共によりよい小 児医療を構築していく立場から、この問題についてあらためて分析し見解を明らかにしていく責任があると考えています。

1.地域の小児医療と中小規模病院の役割
 今回の厚労省の提案における問題点の第1は、小児医療の実情が地域によって著しくことなり、どの地域にも個別の歴史があって、そこで時間をかけて築かれ てきた患者・地域住民と医療機関との信頼の上になりたっているということへの配慮がまったくなされていないことです。第2には、これが救急対応体制の整備 という課題をもとに作られているため、日常的な小児医療・保健活動がそれによりどういう影響を受けるかという点での検討が不十分な点にあると私たちは考え ています。
 厚労省の「集約化・重点化」ではまったく評価がなされていませんが、今日の地域小児医療の中での中小規模病院の果たしている役割は非常に重要であると私 たちは考えています。日常の小児医療の大部分は、いわゆるプライマリーケアにあたるものであり、近接性、包括性、継続性、協調性、責任性が求められます。 今日のように医療の専門分化が進んでいる中で、大学病院や大病院に近接性や包括性を求めるのは難しいと思われ、さらに地理的条件が悪ければ継続性も困難で しょう。また、プライマリーケアはそれのみで完結しないので、当然入院医療が必要になりますが、そういう時に、日常的に外来で信頼関係ができている医師が そのまま対応できれば、不安を抱えている患者や家族にとって大きな安心と励ましになるのは言うまでもありません。勿論、疾患によっては高次医療機関への転 送が必要になる場合もありますが、その適応はそれぞれの医療機関の力量に応じて判断されるべきものであり、機械的に線を引くことはできないと思います。む しろ、いつでも気軽にかかれる医療機関で入院もできるからこそ、患者の重症化を防げると考えられます。そういう点から言えば、患者にとって身近な中小規模 病院の病床こそが、地域の小児医療の核となるべきものではないでしょうか。

2.「集約化・重点化」の地域小児医療に与える影響
 次に、二次医療圏単位でのセンター化の問題について触れます。いうまでもなく二次医療圏というのはかなり広い地域を包括しています。医療機関の状況は地 域によってまちまちですが、一部の都市部を除いては、いくつかの病院や診療所がその中に点在しているところが多いようです。もしここに小児センターをつ くって、現在機能している病院小児科を縮小もしくは廃止した場合にどのようなことが起きるでしょうか。1回の救急受診のみならば20~30kmの距離も我 慢できるかもしれませんが、日常のかかりつけ医療を必要とする患者や、慢性疾患を有する患者がこの距離を通うことは現実的ではないと思いますし、入院した 場合の家族への負担も少なくありません。したがって、小児センターの整備を目指すのは良いとしても、中小規模病院の縮小・廃止を前提にすることは、地域の 小児医療の混乱を招くことになると考えます。また、医療機関への受診患者のうち、センター病院でなければ実施しえない医療を必要とする患者がどのくらいあ るのでしょう。専門医療を要する少数の患者のために、また救急対応体制を整えるために(勿論それらの必要性を否定するものではありませんが)、大多数の地 域の患者にとって日常的にかかり難くなるような体制になるとしたら、本当にそれが子どもたちにとって有益な「小児医療の改革」となるのでしょうか。

3.小児救急対応体制の整備について
 救急システムについては、この数年間、それぞれの行政区単位で様々な取り組みがなされてきました。経営的理由などにより病院小児科の縮小が続く中で、困 難な問題を抱えながらも関係者の努力によって維持・運営されている現実があります。今後の救急システムのあり方を考えるに当たっては、各地域での現在の到 達点をふまえ、問題があればまずそれを個別に解決するための努力をするべきであり、地域の医療状況を無視して「これがあるべき姿」として画一的に進めるの は得策でないと考えます。救急をセンター化した方が良い地域と、輪番体制を充実させる方が良い地域と実情に応じて整備を進めていくべきです。知られている ように、時間外受診の95%は外来で対応可能な患者です。地域の小児病床を小児センターに集中した場合、センターは当然救急のみではなく日常的な入院医療 を重視した機能を果たすことになります。そのようなセンターに初期救急患者全てが集中した場合、十全に対応するのがかなり困難であることは、各地の実情か らも明らかではないでしょうか。開業小児科医の一定の協力はえられたとしても、他の病院勤務医にはそれぞれの事情があり、簡単に動員に応ずることも難しい と思われます。さらに中小規模病院で小児科を維持することが経営上困難になれば、勤務医の絶対数そのものが減ってしまうわけですから、センターへの参加な どありえないことになります。現在、小児の小規模病棟を持っている病院では、経営上の困難さを抱えながらも、小児科医が必死の努力で地域の小児医療を支え ているのです。学会の「集約化・重点化」の中では、一応「一般病院小児科」を位置付けておりその機能を規定してはいます。しかしその機能を維持するには経 営的に成り立つことが前提になります。診療報酬にリンクした形で行政からの集約化を急げば、これらの病院で継続が困難になるのは目に見えています。本当に 地域の小児医療を充実させるには、中小規模病院が小児病床を維持できるような診療報酬や補助金への配慮等、むしろここのところを十分に支える施策こそが、 今求められていると考えます。

4.小児医療にたずさわる医師の養成と中小規模病院の役割
 もうひとつ強調したいのは、今日の医師養成における中小規模病院の役割の重要性です。新臨床研修制度では、プライマリーケアを担える基本的力量の獲得が 求められており、小児科がその重要な構成要素であることは論を待ちません。最近では、大学等でもこの点での努力がされていますが、やはりこの分野での教育 には、大学や大病院よりも地域住民にとって身近な中小規模病院や診療所が相応しいと考えます。最近の医学生や若手医師の特徴として、従来のような専門性の 志向のみでなく、総合内科医や家庭医を志向する人たちが増加しています。こういう若手医師に小児科のプライマリーケアをしっかり教育することで、将来小児 科を専攻する医師や、小児科専門でなくても初期救急に携われる医師を増やすことができるのであり、この点でも中小規模病院の小児科の役割は非常に大きいと 思われます。小児も診ることのできるERの機能も、若手医師を中心に魅力的な職場と評価されていますが、彼らも小児救急医療の貴重な担い手です。今後の小 児医療の供給体制を考える場合には、そういうあたらしい医療形態への評価も必要だと思いますが、その点への考察は厚労省案でも学会案でも殆ど行われていな いようです。
 新臨床研修制度では小児科を必須科目に指定していますが、臨床研修病院でも小児科医師数は少数であるところが多いのが現実です。これらの病院で小児の病 床や小児科医師の減少が進めば研修そのものが成り立たなくなります。これは単に小児科だけの問題ではなく、厚労省の定めた研修制度そのものを見直さざるを えない事態になると思われます。今日、医学生の中には将来の専攻分野として小児科や産科を考える学生は決して少なくありません。それらの若手医師が2年間 の研修の間に何故減ってしまう現実があるのか、この点を正確に分析する必要があります。大学や大病院での最初から専門医療に組み込まれる研修ではなく、よ りプライマリケアに近い地域の病院小児科での幅広い研修が、小児科希望者を増やすことに繋がるのではないかと私たちは考えています。

5.小児科医の育成のためにも国の医療政策の転換を
 最後に指摘したい問題は、今回のこの案では今後いかに小児科医師を増加させるかという志向が見えないことです。このままでは、いずれ中小規模病院の小児 科は消滅するだろうから、今のうちに大学や大病院に小児科医を集中させておこうとしているようにさえ見えます。しかし、小児科医師の絶対数を増加させない かぎり日本の小児医療は成り立たなくなり、たとえ集中化したとしても、それらの病院で小児科医師の不足が深刻になるだけでしょう。そもそも今日の小児科医 不足の根源は、医師数の抑制や劣悪な診療報酬など、国の「医療費抑制政策」にあり、問題の解決にはこの点での抜本的な転換が必要です。

6.おわりに
 救急医療を含めて今日の小児医療がいろいろな問題を抱えているのは事実であり、抜本的な改革方向が求められているのは確かです。ただ、文化・生活様式や 健康保険制度が全く異なる米国のようなシステムは、必ずしもわが国のモデルにはならないと思います。患者が必要とした時、気軽に小児科専門医を受診でき る。必要な検査・治療をお金の心配なしに、差別されることなく受けられる。これは戦後日本の医療の伝統であり、この点では米国などよりも遥かに優れている と言えます。今回の「集約化・重点化」の考え方は一つの重要な問題提起ではありますが、今日の状況で性急にそれを実施すれば、むしろ地域の小児医療崩壊の 危機を招きかねないと私たちは考えています。 現在までのところの論議は、医療提供側に検討させた体裁をとりつつ、「小児救急」というキャンペーンとして 価値のある点のみを強調した見せかけの「小児医療改革」が殆どであり、実際には国の医療費削減政策の一環として進められようとしているというのが本質では ないでしょうか。今後は患者・地域住民の視点を十分に取り入れた検討が必要ですし、小児医療のみに限定せず、小児科医の役割である「地域の母子医療・保健 活動を支える」という観点からも、地域の病院小児科の役割を考えることが重要であると思います。

7.まとめ
 以上のような考え方をふまえて、この問題に対する私たちの見解を以下のようにまとめました。
 
1) 病院小児科のスクラップ アンド ビルドに繋がるような、画一的で性急な「集約化・重点化」には反対する。
2) 小児医療提供体制の整備にあたっては、医療提供側の意見だけではなく、地域住民の意見を十分に反映させる。
3) 中小規模病院小児科の地域医療に果たしている積極的な役割をあらためて確認する。
4) 「地域小児センター」の整備は、地域の小児医療を守ることを前提に、その実情を十分に検討した上で柔軟な進め方をする。
5) 小児科病床を維持することが病院にとって経営的負担にならないように、診療報酬の大幅な改善を求める。入院管理料区分の施設基準をできるだけ緩和して、小 規模病院でも小児病床の維持を可能にするよう配慮する。
6) 小児科医の絶対数、とりわけ病院勤務医を増加させるためにも、「医師数は充足している」という虚構に基づく医師数抑制方針を改めるよう、国民の幅広い層と協力して国に働きかけを強める。
7) 地域の一般病院小児科の臨床研修における役割を重視するとともに、学会を含め広く社会の知恵を結集して「小児医療をになう若手医師を育てる政策」を確立するために努力する。

以上です。

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