民医連新聞

2024年3月5日

ともに生きる仲間として―非正規滞在の移民・難民たち 第21回 在日コリアンの歴史に学ぶ ―在留資格により、暮らしが左右されない社会をめざして 文:大川 昭博

 暮らしが在留資格に左右される。国家の意向で国外退去のおそれがある。それは非正規滞在者も、正規滞在者もまったく同じです。
 そのことを理解するためには、現代日本の出入国管理政策が、戦後の在日コリアンに対する抑圧の歴史と地続きであることを知る必要があります。
 戦前の日本は朝鮮を植民地としていましたが、敗戦後の1947年5月2日、勅令で国内の旧植民地出身者を「外国人扱い」とします。そして1952年のサンフランシスコ講和条約により、旧植民地出身者の国籍をはく奪します。祖国にいったん帰国したものの、朝鮮戦争の混乱で日本に再入国する人たちを、「密入国者」として収容所に押し込みました。いまも続く入管収容の原型です。
 制度差別も温存されました。日本政府は日韓会談の場において、生活保護利用者を大韓民国が引き取るよう主張しました。「在日特権」を喧伝(けんでん)するヘイトスピーチによる「国へ帰れ」との主張は、当時の日本政府の姿勢と見事に符合します。1950年代前半には、在日コリアンの生活保護を強引に打ち切る「適正化」が行われます。この時の手法は、1980年代の臨調行革路線における生活保護適正化政策に受け継がれます。植民地政策の精算は何一つ終わっていないのです。
 現代においても「国益を利する」者だけ受け入れる、しかし定住化は可能な限り阻止する、という日本政府の姿勢は変わっていません。社会保障についても同様です。「外国人の生活保障は出身国が行うべきだ」という「本国主義」思想が、為政者の意識に根強く残っています。
 「管理」「差別」「排除」「定住の阻止」「生活手段のはく奪」「送還」、このサイクルが回り続ける限り、いくら「多文化共生」を叫んでも絵に描いた餅にすぎません。身分や暮らしが安定していなければ、将来の見通しももてません。歴史から謙虚に学び、外国籍市民が「希望」をもって生きていける法制度とすること、それが共生社会への第一歩です。


 おおかわ あきひろ 移住者と連帯する全国ネットワーク理事。『外国人の医療・福祉・社会保障ハンドブック』(2019年、支援者との共著)

(民医連新聞 第1801号 2024年3月4日号)

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