いつでも元気

2008年2月1日

特集2 立山運動器専科班会(下) 健康寿命をのばそう! 富山協立病院整形外科 石井 佐宏

自ら身体を調律せよ

 頭のてっぺんで吊るされたように立つ人は美しい! 人込みの中でも目を引きます。
それは、取りも直さず猫背の人が多いことを意味します。街中でも職場でも、なかなかの美人なのに惜しいかな、姿勢が悪いレディをよく見かけますなあ。

椎間板の老化

図1 前屈み姿勢での椎間板前つぶし圧力
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 猫背で背骨が前屈みになった姿勢は、椎間板にとくに大きな荷重がかかります。
 前屈み姿勢で椎間板が前つぶれになると、椎間板の中央にある髄核が後方に押しやられる(図1)。一方、椎間板が老化してくると、椎間板の後方に亀裂が入ってくる。そのため、椎間板の中で髄核が徐々に後方に移動して行き、ついには椎間板の後ろにある神経が圧迫されて腰下肢痛が現われる。
 腰椎椎間板ヘルニアの起こる機械的なしくみを簡単に説明するとこうなります。椎間板の老化は、なんと30歳前から始まるのです。

オットセイのポーズ

 そこで骨粗鬆症による円背(前号参照)予防だけでなく、若い方の腰痛対策にお勧めしたいのが「オットセイのポーズ」です(図2)
 欧米で広くおこなわれているマッケンジー法の代表的な体操です。日本ではあまり知られていないので、腰痛患者に腰を反らさせるとは、と驚かれる先生もいるでしょう。

図2 オットセイのポーズ
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図3 子犬のポーズ
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 下腹部をつけたまま腕立て伏せのように肘関節を完全に伸ばして上体を支え、ゆっくり息を吐き出しながらオットセイのように十分に背中を反らす。そして、息を吐ききったらうつ伏せになる。これを10回繰り返します。
 起床時と眠る前、そして前屈みを強いられる仕事の前後におこなってみてください。オットセイになれない方は、肘を曲げて床につける「子犬のポーズ」(図3)でいいでしょう。ぎっくり腰の場合は、うつ伏せになれたら胸の下に座布団を少しずつ入れて、ゆっくりゆっくり背中を反らしていきます。
 創始者のマッケンジー氏は「前屈みで後方にズレた椎間板の髄核が、背中を反らす体操によって少しずつ前方に戻る」と説明しています。
 この「機械的治療法」が長年の腰痛やぎっくり腰に劇的に効くことも珍しくありません。
 しかし決して万能の体操ではなく、手術が必要な症例には効きませんし、適切な運動方向の見極めには経験を要します。もしオットセイのポーズを何回かやる うちに、腰から太ももの痛みやしびれがだんだん腰の方に狭まってくるなら有効です。逆に、その範囲が下腿や足にまで広がってくるようなら中止してくださ い。
 とくに「散歩すると脚がしびれてきて、前屈みで休むと楽になり、また少し歩ける」という御高齢の方は、腰部脊柱管狭窄症である可能性が高いため、オットセイになってはいけません!
 腰部脊柱管狭窄症とは、脊椎の関節や靭帯が加齢による変化で変形・肥大化し、神経が通る管が狭まる病気です。進行すると腰を反らすだけで神経が圧迫されることがあります。

あし4の字

図4 あし4の字
うつ伏せ あお向け
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 腰痛は背骨や椎間板が原因と思われがちですが、実は股関節が原因の腰痛もかなりあります。あお向けになって片方の膝の上に他方の足をのせる「あし4の字」(図4右)になってみましょう。日常生活の中であぐらをかくことの少ない御婦人方は、意外と膝を床につけられません。ほら、股関節の動きが悪くなっていますよ。こうなると股関節自体の痛みを腰に感じることもあるし、股関節が伸びきらないために姿勢がくずれて腰に負担が掛かるのです。
 長崎・大浦診療所の富田満夫先生は、このタイプの腰痛に対して「あし4の字」ポーズのまま10回深呼吸するようアドバイスしています。足を膝の上に置く のがつらければ床の上でも構いません。このときに曲げた膝と反対方向に顔を向けると、全身の緊張が取れます。
 うつ伏せでおこなう場合は、曲げた膝と顔は同じ方向です(図4左)。どちらもゆったりラク~に脚の付け根が伸びてくるのを感じましょう。
 「班会で教わってから続けてみたら、不思議と腰痛が軽くなって足もどんどん前に出るようになった」とわざわざ知らせに来てくれた人がいます。
 皆さま、お試しあれ!

太もも筋トレ

図5 太もも筋トレ  
あお向けで イスに座って
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 もう一つ大切な運動、「太もも筋トレ」を伝授します。私の外来では中高年のほとんどの患者さん に指導しているかも知れません。変形性膝関節症のための運動療法ですが、膝を伸ばす太もも前面の筋(大腿四頭筋)が強くなるので、日常生活の動作も安定 し、転倒予防にもなります。
 (図5右)のように膝をしっかり伸ばして5秒間。左右交互に10回ずつ。息をこらえて力む必要はありません。(図5左)はあお向けの場合。片方の膝を立て、他方の脚はまっすぐ伸ばしてかかとを10センチほど浮かせて5秒間。
 この筋力トレニングは整形外科学会の全国調査によって、変形性膝関節症に対して消炎鎮痛剤に優るとも劣らない治療効果があることが実証されました。
 膝関節は最も関節軟骨が減りやすい関節です。痛くなれば膝関節を使わなくなる、使わなければ膝関節を支える筋肉が萎縮して弱くなる、弱くなれば膝関節は 不安定となる、不安定になれば関節がズレて関節軟骨が減る、代わりに関節周囲に骨のトゲができる(変形性膝関節症)といった悪循環に陥ります。だから、大 腿四頭筋を鍛えるのです! 「老化は脚から」ですね。
 筋力トレーニングは100歳になっても効きます。筋力が弱い人ほど、その効果を自覚できるでしょう。

四伸体操

 さあ、これまでの体操を上から復習してみますよ。
 肩を伸ばし(前号の肘まる体操)、背中を伸ばし(オットセイのポーズ)、股関節を伸ばし(あし4の字)、膝を伸ばす(太もも筋トレ)の四種で、名づけて 「四伸体操」です。なんとシンプルな体操でありましょう! 健康寿命の指針となる四伸体操です。
 「これらを毎食前、起床時、就寝時にうまく配して必ず習慣とせよ、メシより大事な体操なるぞ」と日本三霊山のひとつ、立山大権現のお告げがありました。
 四伸体操は「求める人が少なくても、必要としている人はきわめて多い」治療法だと確信しています。
 ちなみに、四伸体操は4500年以上の歴史をもつインドの「ヨーガ」に含まれています。たとえばオットセイのポーズは「コブラのアーサナ」として。東洋の叡智ですなあ。

ふたたび骨粗鬆症

 骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折から「四伸体操のススメ」になりましたが、転ぶと骨折しやすい部位は脊椎のほか、手首と肩、股関節です。骨折のズレがわずか ならば手首はギプス、肩は三角巾などで固定しても骨はつきますが、股関節の骨折は痛みで動けなくなり、骨もつきにくいため手術が必要です。
 このような「骨粗鬆症患者の転倒による骨折」をいかに予防するか? 3方向から対処します。
  (1)転びにくい住宅環境を整える。(2)散歩や太もも筋トレで転びにくくなる。そして(3)薬で骨を強くする。
  21世紀に入って、骨粗鬆症の薬は進化しています。薬で骨折が減らせる時代になったのです!
  カルシウム剤をたくさん飲んでもあまり吸収されません。それよりも、不足しがちなビタミンDを内服薬で補給しましょう。ビタミンDは腸管からのカルシウム吸収を促しますが、筋肉にも働いて転倒を減らします。
  カルシウムは魚介類、乳製品、野菜など食事で摂りましょう。塩分や加工食品(リンを多く含み、カルシウムを一緒に体外に出してしまう)は控えめに。

運動不足の果て

 おやおや、運動療法について京都大学の森谷敏夫先生が講演されていますよ。ちょっと聞き耳を。
 内臓脂肪、糖尿病、高血圧、高脂血症などこれまで成人病、生活習慣病といわれてきた病気が、現在はメタボリック・シンドロームとして注目されています。 これらが少しずつでも合併すると、動脈硬化が進んで心筋梗塞や脳梗塞を起こし、健康寿命の大きな障害となります。
 そもそもメタボリック・シンドロームは便利で快適な機械文明、車社会の中で、本来動物であるヒトがあまりに身体を動かさなくなったことが原因です。つま り、「運動不足病」なのです。それは「50年前と比べて糖尿病が50倍に増加」という数字からも納得できるでしょう(ただし、過食、肥満、運動不足によら ない自己免疫性の糖尿病も1割弱あります)。
 食事の高脂肪化も一因です。50年前には7%であった食事中の脂肪分が、いまや26%。高校生は30%を超えています。炭水化物と違い、脂肪は脳の中の 満腹中枢を刺激しません。だから、いくらでも食べられて、いくらでも太ってしまうのです。
 皆さま、まずお米をしっかり食べましょう! 炭水化物は脳の唯一のエネルギー源です。
 ご存知ですか? 世界の肥満人口は今や11億です。そして、世界の飢餓人口も11億…。

自律神経に活を入れよ

 さて、「メタボ腹」のあなたを勇気づける研究結果を公開しましょう。
  (1)肥満で活動的な人は、スリムで運動しない人よりも、あらゆる病気にかかる率が低く、その死亡率も低い。これは覚えておいてください。
 (2)諸悪の根源である内臓脂肪は、皮下脂肪と比べて運動で燃えやすい。しかも太っている人ほど運動の効果がある。
 (3)自律神経活動低下と肥満には深い関係がある。すなわち、太ると自律神経活動が低下する(太っているのに寒がりの人など)。逆に、自律神経が活性化すると脂肪が減少する。
  自律神経の活性化には、1日おきの散歩30分でも効果がある。散歩は足腰の筋力、心肺機能、バランス能力の向上にも有効である(膝が少し痛くても歩く方が よい。天気が悪いときは家の中で食卓に手をついて足踏み運動をし、運動習慣を途切らせないように)。
 (4)30分の運動で300の善玉遺伝子が活性化する。
 というわけで、多少の肥満を恥じることはありません。「運動しない」ことこそ恥じよ!
 一般に減量目的の運動というのはつらく、挫折しがちです。体重計の上で一喜一憂するのはもうやめましょう。発想を転換し、「自律神経に活を入れる」ために運動するのです。黙っていても減量はついてきます。
 「運動すると気持ちがいい」と体感できたら健康寿命がのび出します。

 以上をまとめます。
 「骨粗鬆症の老後を健康に生き抜くための戦略」とは、薬で骨を丈夫にしつつ、運動によって全身に血液を巡らし、自律神経を活性化し、筋力とバランス能力を向上させて転倒を減らすことです。

人生の二つの面

genki196_04_08 最後にインド・イスラム教の聖者、イナヤット・カーンの言葉を贈りましょう。

 人生には、二つの面がある。
一つは、人は環境によって
調律されているということ。
もう一つの面は、
環境にかかわりなく
人は自らを調律できると
いうことである。

 この誌上班会に参加して、皆さまが散歩など軽い運動を続けようかという気持ちになり、さらに全 国津々浦々の読者5万4000人のうち、何十人、何百人かの方々でも四伸体操を現実に習慣としていただけたら本望です。彼らを先達として、自ら身体を調律 する人々の輪がジワジワと広がっていくことでしょう。皆さまが『いつまでも元気』でいられることを立山にお祈り申し上げます。
 御清聴ありがとうございました。


余話(2)

 映画シッコ(Sicko、「病気の~」の意、マイケル・ムーア監督)をご覧になりましたか? 私が観たときの観客は数人でしたが、米国の医療崩壊の実態に打ちのめされました。
 米国は国民皆保険でなく、生命保険への加入条件が非常に厳しくなっています(未加入が5000万人)。また、保険に加入している2億5000万人も、救 急処置、検査、手術すべてに保険会社の許可が必要ですが、保険会社は容易に認めません。そして、些細な既往歴(過去の病気)をしらみつぶしに調べ上げ、保 険加入時に申請していないからと一方的に解約してしまうのです。
 この悲惨な医療崩壊に向かって、日本は今まさに突き進んでいます! 自らの身体を調律しつつも、「環境」を監視し、環境を整えていかなくてはならないと感じました。
 イラスト・石井 勉(絵本作家)

いつでも元気 2008.2 No.196

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