いつでも元気
2024年7月31日
けんこう教室 ジェンダー※と健康
「男性はこうあるべき」「女性はこうあるのが普通」といった社会通念が、高齢者のこころの健康に影響している―。
大規模なアンケート調査をもとに、興味深い結果を発表した金森万里子さん(京都大学 人と社会の未来研究院)の寄稿です。
私は現在、社会と健康の関係について研究していますが、研究者を目指す前は北海道で牛の獣医師として働いていました。毎日地域の農家さんへ車で往診するなかで、農家さんからいろいろなお話を聞く機会がありました。
都市近郊のベッドタウンで生まれ育った私には、地域のつながりを意識する機会の多い農村の暮らしは新鮮で楽しく、学びの多いものでした。しかし農家さんと親しくなるにつれ、地域の課題や健康問題について話を聞くことも増えました。特に「男性はこうあるべき」「女性はこうあるのが普通」といったジェンダー規範とこころの健康の関係について、強い問題意識を持ちました。
※ジェンダーとは文化的・社会的につくられた性差のことで、生物学的な性別とは区別される
男性も苦しい
ジェンダー規範とは、性別に基づいて望ましい行動や役割を決めるもので、社会通念として鋳型のように各人を縛っています。
例えば「男のくせに泣いてはいけない」「男は強くなければ」「女のくせに出しゃばってはいけない」「女なんだから料理くらいできないといけない」などといったものです。
一般的にジェンダーというと、女性が抱える問題と思われがちかもしれません。しかし、男性や性的マイノリティーを含むすべての人に、社会におけるジェンダー規範は影響しています。
私は農家の女性たちと一緒にこころの健康について話し合う中で、「男の人は見栄があって、困ったことがあっても自分からなかなか相談できない」という声を何度も聞きました。海外でも「男性はタフで強くあるべきだ」という男らしさの規範が、こころの健康維持に良くないという研究が注目されています。
私はさらに、日本の文化的特徴として「人目を気にする」ことに着目しました。もし地域社会の人々が多様性を認めない厳格なジェンダー規範を持っていると感じていたら、自分がそのような〝男らしさ〟〝女らしさ〟から外れたときに周囲から受け入れられないと考え、助けを求めたくても求められないかもしれない。これは男女問わず起こりうるのではないかと考え、研究を計画しました。
大規模なアンケート調査
私たちの研究チームは、日本老年学的評価研究(JAGES)の一環として、全国の高齢者を対象にアンケート調査を行いました。都市や農村を含めて、約2万6000人もの方にご協力いただきました。
質問項目の一部を資料1に示しました。みなさんはどう答えますか?
問1では、回答者が住んでいる地域の人の言葉遣いを通して「地域のジェンダー規範」を探りました。地域の人々が保守的なジェンダー規範を持っていると感じている人は、男女ともにメンタルヘルスの状況が悪い傾向にありました(資料2)。
例えばうつ症状で見ると、「地域のジェンダー規範を保守的だとは思っていない人」を1・0とした場合、「地域のジェンダー規範を保守的だと思っている男性」が1・85倍、「保守的だと思っている女性」が1・80倍多いという結果になりました。
問2は、男女の性別役割に対する回答者の考えを指数化するための質問例です。性別役割意識が強い人は、そうでない人に比べてメンタルヘルスの状況が悪い傾向が見られました(資料3)。
また、男女の性別役割にとらわれていない人ほど、地域の保守的なジェンダー規範の中でメンタルヘルスが悪影響を受けていることも分かりました。
悪気はなくても
「男は○○すべき」「女は○○すべきでない」などの男女を区別する言葉遣いは、話し手に悪気があるとは限りません。「そんなに悪いことなのか」と思った方もいるかもしれません。
私は現在、スウェーデンで暮らしています。この研究についてスウェーデンの研究者と話したときに、「スウェーデンではこういう質問をしても、ほぼ全員が〝そう思わない〟と答えるだろう。たとえ本当はどんなことを思っていても」と言われました。なんと、男女を区別する言葉づかい自体がジェンダーに基づく差別であり、社会通念上言ってはいけないことだと考えられているそうです。
ちなみにスウェーデンはジェンダーギャップ指数(2024年版)で、146カ国中第5位。日本の118位と比べると、はるかにジェンダー平等が進んだ国です。
そうは言っても、日本のジェンダー規範はここ数十年で大きく変化しました。高齢者の中には、人生の中で大きく考え方が変化してきた方もいます。周囲からずれることを恐れて、友人や隣人に自分の思いを隠している方もいるかもしれません。そのような葛藤がメンタルヘルスの悪化につながる可能性があります。
オープンに話し合う
この研究結果を受けて、メンタルヘルス対策に生かせることを2つ挙げます。
1つは、人目を気にする必要のない支援を誰もが受けられるようにすること。例えば、インターネットを使った相談・診療サービスが充実すれば、気軽に相談できる人が増えると考えられます。
もう1つは、社会におけるジェンダー規範を見直し、広くジェンダー平等を実現していくこと。実は調査の結果、資料1の問2のすべての質問において、男女ともに過半数の高齢者が「そう思わない」「どちらかといえば思わない」と答えました。
話し合う機会があまりないだけで、既に多くの人の意識は大きく変わっているのかもしれません。もっとオープンに、身近な人とジェンダーについて話し合ってみることも大切なのではと思います。
いつでも元気 2024.8 No.393
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