いつでも元気

2008年8月1日

特集1 医療再生へ幅広い共同のチャンス 後期高齢者医療制度は廃止に─茨城県医師会長と懇談

 後期高齢者医療制度はなんとしても撤廃を。茨城県医師会は、都道府県レベルの医師会でいち早く反対を表明し、独自のポスターをつくって、署名運動もすすめてきました。茨城県医師会の原中勝征会長と、全日本民医連・鈴木篤会長が懇談しました。

勇気ある最初の「反対」

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全日本民医連会長
鈴木篤さん
茨城県医師会会長
原中勝征さん

 鈴木 先生が、参議院の厚生労働委員会で、後期高齢者医療制度について参考人として発言されているのを中継で拝見しました。お年寄りの立場に立って問題点を端的に指摘しておられ、臨床の現場の心を伝えていただいて感激しました。
 原中 医者は、患者さんが目の前にいますからね。とくに私の 病院があるところは農村地帯で、年金はほとんど四万円前後です。この人たちが後期高齢者で独立した保険ということになったらどうなるか。私たちの県では、 間違いなく保険料が上がり、高負担になる、と最初から確信したのです。だから「負担増」というポスターをつくった。パンフレットも全国の医師会に送って、 撤廃を求める行動を起こします、と広げました。
 鈴木 県医師会として最初に反対の声をあげられましたね、勇気がいることだったと思います。
 原中 日本医師会の理事で、政治連盟の常任理事という立場ですから、壇上でただ一人反対の手をあげるというのは勇気がいりました。しかし今度の制度は、医者の立場から見すごせません。
 「後期高齢者診療料」のように、「おもな病気は一つだ」という考え方自体、お年寄りの場合には成り立たない。老化現象のなかに脳の血管障害、心臓障害も あれば、腎臓だとかいろいろな障害が出てくるわけです。がんとかね。おもな病気は一つだなんていえないでしょう。
 また本来なら、「かかりつけ医」「担当医」は必要だと思います。患者さんの家庭の事情もわかっていて、眼科や整形外科などにいって同じような薬をもらっ てきたとき診てあげるなど、そういう医師が近くにいることは大事です。しかし今度の「高齢者担当医」は、ほかの医者にかかりにくくするということですか ら。
 鈴木 医師会もこの間、地域で情報交換し医療連携していこうと呼びかけてきましたね。地域の協力は非常に大切です。ところが、この制度は逆の方向です。
 原中 医療費削減が目的で導入したのですから。「老人はお金 がかかる。国民医療費三二兆円のうち、一一兆円は老人に使っている」と厚労省はよくいいますが、本当は根拠がないのですよ。「老人のため」を口実に、高齢 者だけでなく若い人たちの負担も増やしていく。今度の制度で国の負担は、前の制度より二三四〇億円も減っていることもわかりました。
 七五歳以上の人は、国民皆保険のなかで、一番保険料を払ってきた人たちですよ。それに日本の男性に関していえば、平均寿命が七九歳でしょう。健康寿命が 七一歳くらいとすると、病気や障害をもつ可能性のある期間は一〇年にも満たない。このわずかな期間を、どうして支えてあげられないのか。やっぱり間違った 制度だと思うのです。

“保険料安くなった”は6.6%

保険料が「高くなった」42%
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(注)「どちらともいえない」は国保料の額がまだ決まっていないため。民医連6009人の調査から

 鈴木 制度がはじまってすぐ、民医連では全国で実態調査をし、六月中旬に発表しました。約六〇〇〇人に聞いて、保険料の負担が「高くなった」人が四割、「安くなった」という人は六・六%でした()。厚労省の「七割の人が安くなる」という話とまったく違ったわけです。本来、こうした調査は施行前に国がおこない、国民に明らかにすべきことです。
 原中 病気になる年齢の人を集めて独立した保険をつくったら負担が多くなるのは当然です。健診も、七五歳以上については自治体の義務ではなくなります。地方財政はどこも苦しいですから、やらないところが増えるでしょう。後期高齢者という差別のある「姥捨て山」的な医療ですね。
 鈴木 じつは、姨捨山という山が長野県にありまして、先日そこに私たちの仲間やお年寄りが集まってむしろ旗をあげたのですよ。
 原中 ほう、そうでしたか。

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「国民の怒りが、これだけ表に出てきたのはよかった。すべてを見直すいい時期では…」

国民が幸せになる政治なら

 鈴木 私、この後期高齢者医療制度というのは、まさに厚労省の「厚生行政過誤事件」ではないかと思うんです。この間、厚労省が打ち出した政策は間違いだらけでしょう。リハビリの制限にしても療養病床の削減にしても。
 療養病床の削減では、追い出された患者さんが体調をくずせば、救急病院に頼ることになります。近所の地域病院がなくなれば、ちょっとした病気でも大きな 救急病院に行かざるをえなくなり、一から検査なんてことになると、かえって医療費もかかってしまう。全体の制度設計が間違っているのです。
 二〇〇〇年に小泉医療構造改革が出され、〇五年の郵政選挙で小泉さんが大勝して以来、つぎつぎ大なたが振るわれました。毎年毎年二二〇〇億円、五年間で 累計三兆三〇〇〇億円も医療費を削減する。さすがにこんなことはもう無理だと、自民党厚労部会までいいだしましたね。
 原中 私たちの自由民主党がめざす政治というのは、本来ならば道路やダムを造るのでも、経済を活性化することでも、防衛力でも、その最終目的は国民が安心して暮らせることなのです。国民が幸せになる政治なら誰も反対はしません。
 小泉さんが郵政民営化ということまでやってしまいましたが、アメリカでも、あれだけ民営化の国でも郵便局だけは国営です。ヨーロッパを見ても一度民営化してもやはり国営に戻しているのです。

道路特定財源は国民のお金だ

 鈴木 郵政も国鉄も、明治以来、莫大な国民の財産がつぎ込まれてできているわけですね。この社会基盤は、切ったり売ったりするものじゃありません。
そしていま「医療崩壊」に直面している。公的病院が民営化や閉鎖で減らされ、医師数も絶対的に不足しています。
 原中 医師もですが、看護や介護で働く人がいなくなっている のも深刻です。国は医療費を、二〇年前からまったく増やしていない。物価は一・八倍、それから給与平均は二・一倍になっているにもかかわらず。まともな人 件費が出せないので、看護や介護の学校に進学する人もいなくなってしまいました。
 市場原理の価値観だけで社会保障をよくないものだとしてきたことが、今日の医療崩壊につながっていると思います。
 鈴木 日本の政府は、福祉というのは何か、お上が「与える」 というような感覚ですが、スウェーデンでは「オムソーリ」といって、悲しみを分かち合うというような意味だそうです。だれもがぶつかる病気や障害、介護、 貧困などの問題を社会全体で分かち合おうと。国のあり方として、お金をどこに使うのかということが重要になってきますね。
 来年の介護報酬改定では、軽度の要介護者を切り捨てるという、とんでもない話が出ています。
 原中 毎年毎年、医療費あるいは社会保障費を減らす前提で計 算して出される政策なのですね。高齢化がピークになる二〇二五年の医療費を、一九九五年には一四一兆円と推計していました。そして医療が国を滅ぼすと盛ん に宣伝した。今度は四六兆円に予測を引き下げました。実にいい加減ですが、この四六兆円が正しいとしても、そのうち国が負担する額はせいぜい二、三兆円な のです。この額が、ほんとうに出せない額なのだろうか。
 たとえば特定財源というのがありますね。あれは官僚のお金ではない。国民のお金なのです。
 鈴木 そうです。軍事費でも、クラスター爆弾の禁止条約ができましたが、日本がクラスター爆弾に二〇〇〇億円もかけているなんてのも、驚きました。

「再生プラン」を討議の素材に

 原中 今度の後期高齢者の問題で、これだけ国民が怒りをもって表に出てきたのは、むしろよかったと思いますね。国の歳入、歳出まで考えて、国民が安心して生涯を送れる国になるように、社会のすべての見直しをするいい時期ではないかと思っています。
 鈴木 おっしゃるとおりです。この間、茨城県医師会はじめ地 方医師会の先生方が先頭に立ち、議員を巻き込みながらがんばっておられます。私は、国民の怒り、痛みに医療界が共感して、国民といっしょになって、社会保 障費を増やそう、財源を引き出そうという力にならないかと思っていました。民医連では、財源論も含めた「医療・介護制度再生プラン」をまとめましたが、ぜ ひそうした討議の素材にしてもらえたらと思っています。
 たとえば、日本の企業は社会保障に対する事業主負担が少ない。保険財政に対してもGDP比二・四%です。フランスなんか一一%ですよ。財界は、消費税を 上げてさらに負担を少なくしようとしていますが、経済財政諮問会議などに集まっている財界人や学者が、国会にもかけず国の方向を決めていいのかというの が、非常に疑問です。
 原中 私も国会に参考人として呼ばれたとき、「国民が選んで いない人が、なぜ国会議員以上の権限を持っているのか」と申し上げました。医療問題を語るときにさえ、メンバーに医師が入っていない。あくまでも経済面か らしか話していないのです。これは国民にとって、大変マイナスでしょう。
 鈴木 医療のなかでも無駄がないわけではありません。とくに薬とか医療機器、医療材料は、アメリカなどから高く買わされていますよね。
 原中 医療でもっとも重要なのはそこで働いている人間です。 医療材料など物に対する価格は、国際並みに安くすべきですよ。技術は世界的にトップなのですから、この技術料に対して、きちんとした報酬が払われるべきで す。国民皆保険で、世界一の寿命を勝ちとっているにもかかわらず、たとえば再診料なんかはアメリカの一〇分の一。こういう評価は、非常に残念です。

「後期高齢者」潔く廃止に

 鈴木 医療は人の命と健康をまもる大きな産業です。これがきちんと回っていくこと自体が、日本の活性化になります。
 原中 公共事業より医療・介護の経済波及効果の方が大きいのですよ。だから、六五歳以上の医療費を無料にしても、国がつぶれるなんてことはないんです。
 鈴木 日本はすごい借金があって、医療も介護も「お先真っ暗だ」というような、間違った認識は取り払っていきたい。いろいろな立場の方が同じテーブルで知恵を出し合い、安心して暮らせる国をつくっていきたいですね。
 後期高齢者医療制度は、参議院で廃止法案が通り、衆議院では継続審議になりました。先生の見通しは、いかがですか。
 原中 なかなか廃止にはしたがらないでしょう。でもこれだけ修正を重ねたということは欠陥があることを認めているわけですから、潔く凍結、あるいは廃止にすればいいと思います。
 鈴木 秋の国会まで運動を途切れさせず、衆議院でもぜひ審議をさせて、廃止に追い込んでいきたいと思います。
本日は、ありがとうございました。
写真・酒井猛

いつでも元気 2008.8 No.202

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