いつでも元気

2008年10月1日

原水爆禁止2008年世界大会 世界から核廃絶のうねりを

全日本民医連事務局次長 大河原貞人

 世界に大きく広がる「核兵器のない世界」を求める声――ことしの原水 爆禁止2008年世界大会は、国連をはじめ三四カ国九九人の海外代表含む七〇〇〇人が参加し、政府と草の根の運動の共同を誓い合う場となり、大きな成功を 収めました。8月3~6日の広島大会のようすをレポートします。

 いま、世界の反核団体や各国政府は、二〇〇〇年の核不拡散条約(NPT)再検討会議で核保有国も合意した「核兵器完全廃絶の約束」の実行に力をあわせようとしています。

2年後のNPT再検討会議に向け

 国連事務総長の代理として参加した、S・ドゥアルテ国連軍縮問題担当上級代表は、「核兵器のない世界へ向かう長い歩みの中で、私たちはいくつもの山を越 えてきた」と語り、核軍縮をめざす世界的な運動が活発になり、主要国の元高官や指導者たちも新たな前進を求めていると報告。「困難があっても、くじけず前 進すると誓おう」と、参加者を激励しました。
 大会は、二〇一〇年春のNPT再検討会議に向け、核保有国に「廃絶の明確な約束」の実行を求め、国際共同のうねりをつくろうと呼びかけ。世界の共通行動 として、「すみやかに核兵器禁止・廃絶条約の交渉開始、締結」を求めるアピール署名(新署名)運動や、原爆展、被爆者の証言活動が提起されました。

1年目研修医全員が参加した!

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鹿児島からは1年目研修医全員6人が参加した(8月4日開会総会で)

 大会参加者の半数以上が一〇代、二〇代の若者です。その中に鹿児島生協病院の研修医たちの姿が。同院の一年目研修医六人は中堅医師二人とともに全員が参 加しました。開会総会では、全国の民医連参加者約一五〇〇人の代表として、太田健さんが発言。太田さんは、昨年から一年目研修医全員が世界大会に参加する ことになった経緯を報告しました。
 先輩医師の一人は「担当した患者さんが亡くなった時、自分の力のなさを痛感した。一人の命を救うために必死になる医療人として、一瞬にして二〇万人もの 命を奪った原爆は絶対許せない」と語り、ある医師は「核兵器はなくせないと無力感にとらわれていたが、世界大会に参加して、世界中の大勢の人々が真剣に核 兵器をなくそうとがんばっているのを知り、必ず実現すると確信した」と話しました。これらを受けて鹿児島生協病院では、「一生をかけ、命と健康を守る仕事 を始めた一年目医師が世界大会に参加する意味は大きい、多くの青年医師に経験してもらおう」と、議論したのだそうです。
 そして太田さんはこう決意表明し、会場いっぱいの大きな拍手を受けました。「たいへんな医療現場から八人もの医師を三日間送り出してくれた先輩たちに 『学んでこい』と激励された。来年は自分たちが現場を守り、新人研修医全員を派遣する」「世界の仲間の経験に学び、私も運動の輪を広げ引き継ぐ」

民医連交流会にリトアニア副大臣

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民医連参加者交流会で

 恒例の「民医連参加者交流集会」には、四五〇人が参加しました。うち九割が初参加。参加した県連すべてから、大会で学んだこと、平和への思い、地元での活動などが報告され、熱気であふれました。
 また、リトアニア保健省のジャニーナ・クンピエネ副大臣などが参加。副大臣は「チェルノブイリ事故で七〇〇〇人の若者が汚染除去作業に従事し、いまも後遺症で苦しんでいる。チェルノブイリ、ヒロシマ、ナガサキを繰り返してはならない」と語りました。
写真・森住卓

 

いつでも元気 2008.10 No.204

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